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【第2回】「HRテクノロジーと働き方改革」経済産業省伊藤禎則×弁護士倉重公太朗 

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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倉重:テクノロジーによって「働く」が「Uber化」するとしても、そこに労働法に何か近い(あくまで労働法そのものではない)保護を与えないといけないという議論がEUなどで起こってますよね。私、シンガポールも行ってきましたけれども、そこでも、喫緊の問題として議論されていました。

伊藤:そう思いますね。この問題については、これから厚生労働省の検討会での議論となるので何か結論を予断することはできませんけどね。

伊藤 :テクノロジーの話って本質的で、前回、今日のキーワードは「選択肢」だと申し上げました。ただ、これは別な言い方をすると「パーソナライゼーション」なんですよね。要するに個人化、個別化なんですね。

 つまり何かというと、私自身は、先ほどちょっと冒頭の自己紹介で人材政策を2年半やってきたと申し上げましたけれども、この7月からは、実は、経産省で、AI(人口知能)、そしてIT政策を統括するポジションに異動になりました。もちろん引き続き「人材」というのが関心の中心的テーマなので、そこは引き続きやろうと思っているんですけれども、思うのは、やっぱりAI時代、デジタル・テクノロジーの時代の本質は「パーソナライゼーション」なんですね。それは倉重先生がスマートフォンで検索をする、あるいは普通にいろんなものをダウンロードしていると。そういう中で例えばグーグルから広告が来ますよね。それはもう倉重先生が普段ごらんになっておられる雑誌とか、あるいはいろんなアマゾンで買い物をしているものの嗜好を全部。

倉重:私の趣味嗜好は怪しいですよ(笑)。

伊藤:怪しいかどうかは、あえて申し上げませんけれども、そういうことを全部踏まえた上でパーソナライズされたアドバタイジング、リコメンデーションが来るわけですよね。

倉重:そうですね。カメラを買おうとしたら、すぐカメラの広告が来ますよね。

伊藤:すぐ来るということになっているわけですね。実は、ある意味ではこのAI・データの本質はパーソナライゼーションで、働き方というのは先ほど申し上げたようにものすごく画一的な仕組み、「お仕着せ」の仕組みだったと。ところが、このAI・データによって、そこがパーソナイズされる可能性が出てきたということなんですね。逆に言うと、本当は会社という組織でまさに最大の資産が人材であるということであるとすれば、その資産をどうやって効用をマキシマイズするか。

倉重:正に、それが働き方改革の本質ですね。

伊藤:資金の効用のマキシマイズは「ROA(Return on Asset)」という概念があるわけですけれども、同じように「人材のROA」を高めるということをしなきゃいけないわけですね。そのためには、まさにパーソナイズされた人材運用、これは、採用から評価、そして人材育成までやらなければいけないわけですけど、私の今所属している経産省は3,000人の職員がいますけれども、3,000人一人ひとりに個別最適した人事運用なんてやっていないですよ。

倉重:御庁でもそうですか(笑)

伊藤:全くやっていないと思います。それは、日本の大企業のすべての企業でそんな人事運営はしていません。私が言っている「個別最適」というのは本当の個別最適で、つまり大学時代にどんな学びをし、そして、会社に入ってからどういう経験を積んできたから、だから今日、あるいは今週、こういうアサインメントを課すと。そういう個別最適された人事運営のことを言っているわけですけど、そんなことやってる企業はないわけですね。

倉重:今後は、そういった人事情報も、全部データで放り込むべきだということですよね。

伊藤:このAI・データを使うことによってそれができてくると。私は、それがたぶん「HRテクノロジー」ということのある種潜在的な威力だと思っています。

倉重:そうですね。ラーニングに関しても、その人の素顔というか、本質的に必要なものが出るようになっているでしょう。

伊藤:ラーニングに関しても、今、自分は何を求めているのか、そして、今、自分は何が不足しているのかというのが全部分かりますよね。したがって、この「HRテクノロジー」というものと「働き方の多様化」、あるいは「働き方改革」というのは実はコインの裏表で、やや我田引水になりますけども、倉重先生をはじめとしていろんなキーパーソンの方にお話をお伺いした2年半前から始めて、私は、もう初期の段階から「働き方改革」とこの「HRテクノロジー」はセットだと思っていました。

倉重:なるほど。3年前は随分早いですね。

伊藤:思っていました。「HRテクノロジー」という言葉は当時はまだあまり使われていませんでしたけども、AI・データの活用というものは、これは避けて通れないと思っていました。

倉重:なるほど。

伊藤:そこに倉重先生が仲間を引き連れて、さっそうと現れ、そして本を出されたわけですね。

倉重:私が編集代表をしている『HRテクノロジーで人事が変わる』(労務行政)ですね。ここにいろいろ出ておりますけれども(笑)。

伊藤:私も機会をいただいて特別寄稿という形で挨拶文を書かせていただいて、私に原稿料・印税はもちろん1円も入りませんけれども、個人的に、あの本はぜひ売れてほしいと思うんですね。

倉重:あの本はやっぱり本質を突いてますよね。

伊藤:はい。今、この局面において働き方改革がすごく注目をされ、今申し上げたようにパーソナライゼーションという大きな時代の流れの中で、これは日本だけじゃないんですね、全世界的に、このテクノロジーによるパーソナライゼーションという流れの中で、いよいよ日本の中でもこのHRテクノロジーというものを使うことによって、人、人材の魅力と能力を最大限に解き放つという、たぶん今、日本の企業が最も必要としていることが実現に近づいてきたと。そのHRテクノロジーをめぐって、でも、やっぱりさまざまな論点、課題があるわけですけれども、それについて今、包括的に分析をした本としては、ぜひあの本はお薦めだと思います。

倉重:そうですね。どこかのこの商品を買ってくださいなんて一言も書いてないですからね。全体の問題点は俯瞰(ふかん)する本ということで。

 結局、そうすると働き方改革というふうに、労働時間を短縮するだけの話ではなくて、一人ひとりの生活スタイルがまずあって、それに沿った働き方を最適化しようと、こういう話ですよね。

伊藤:そういうことですね。

倉重:そのときに企業は当然、賃金制度、人事制度だって変わっていかないといけないし、働き方改革をやったから「残業代が減った」、「手取りが減った」だけじゃ意味ないわけですよね。

伊藤:意味ないですよね。

                                                      (第3回へ続く)

【対談協力】  

伊藤 禎則 氏  経済産業省 商務情報政策局 総務課長

(略歴)

1994年 東京大学法学部卒業、入省。米国コロンビア大学ロースクール修士号、NY州弁護士資格取得。エネルギー政策、筑波大学客員教授、大臣秘書官等を経て、産業人材政策室参事官として、政府「働き方改革実行計画」策定に関わる。兼業・複業、フリーランス、テレワークなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育、HRテクノロジー推進などを担当。2018年7月から現職。経産省のAI(人口知能)・IT政策を統括する。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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