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【第1回】「働き方改革はどこへ行く」経済産業省伊藤禎則×弁護士倉重公太朗 

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
経済産業省 伊藤禎則氏と記念撮影

倉重:倉重公太朗の「労働法の正義を考えよう」の対談企画第4段は、経済産業省の伊藤さんです。本日は宜しくお願い申し上げます。

伊藤:今日は、楽しみにして来ました。 

倉重:早速ですが伊藤さん、簡単に自己紹介をお願いしていいでしょうか。

伊藤:ありがとうございます。経産省で、直近2年半、人材政策の責任者をしてきて、「働き方改革」、そして最近は「人生100年時代の学び改革」を担当してきました。

 ちょうど2年半前ですけれども、経産省にとってこれからの政策の中心的な課題は何かということを私なりに考えて、今まではどっちかというと「お金の流れを変える」というのが産業政策の中心的なツールだったんですね。昔の歴史でいうと「傾斜生産方式」から、最近の「ベンチャー支援」まで。でも、今は金余りの日本なので、一番大事な希少財は「人材」になるわけです。人材にいかに生き生きと働いてもらうか。個人からすると、いかにそれで生き方を改革していくか、自己を実現していくか、というところが一番のある意味での経済成長のドライバーになるので、そういう意味で、私は人材政策を担当し、その中で働き方改革という、ちょうどモメンタム、ブームと言ってもいいかもしれませんけれども、ちょうど来たということですね。

 その過程の中で、経産省の役割について、もちろん労働基準法は厚生労働省が所管していて、教育・学校そのものは文部科学省が所管していて、そういう意味では経産省は全体のストーリーづくり、敢えて言えば、プロデューサーだと思います。

倉重:正に経産省としての仕事は、日本全体の成長戦略をプロデューサーとして描く、ということですもんね。

伊藤:成長戦略も、政府全体でやる話なんですけれども、その中で例えば主役となるような俳優を誰にするかとか、脚本家は誰にするかとか、あるいは、そもそもそれを誰に対して売り込むかとか、そういうことをやるのが私はプロデューサーだと思うんですけれども、働き方改革のある意味ではプロデューサー的な機能を果たしてきたのが経産省の人材政策室という部署で、私は、そこの責任者としてこれまでやってきました。

倉重:今年の国会で働き方改革法は成立しましから、これからは企業でも働き方改革をどうするかということが問題になりますね。

伊藤:はい、今、主役はもう、企業のほうに移っているわけです。

倉重:伊藤さんは、「働き方改革」の仕掛け人ということですね。

伊藤:仕掛け人というとちょっとかっこ良過ぎるかもしれませんが、この仕事を始めたときに意識したのは、とにかくそういう志を持っている人、想いを持っている人、働き方改革も結果的にはある種ブームになりましたけれども、逆に言えばそれだけマグマがたまっていたということだと思うんですね。それは企業の側でも個人の側でも「やっぱり今までの働き方ってちょっと違うよね」とか。

倉重:「何か変えなきゃいけないよね」という想いは企業の現場にもあったということですね。

伊藤:「変えなきゃいけないよね。変わることによって、また新しい道が開かれてくるよね」という感じを何となくみんな持っていて、そういうことを考えていた人は結構いらっしゃったわけです。その志がある人をどうやって見つけ出して、そして、そういう方の声を大きなものにしていくかというのが、私の大きな関心事で、そういうプロセスをやっていたところに、倉重公太朗という、ものすごく尖った労働系の弁護士さんがいるという話を聞きまして・・・

倉重:よく見つけましたね(笑)。

伊藤:もう、これはぜひお会いしに行かなければいけないと。結局、お会いしたのは居酒屋でしたけれども。

倉重:赤坂の安居酒屋で(笑)。

伊藤:意気投合し、もう、私はこの方をこの労働法分野における指導教官としていろいろ教えていただこうと思って、それから付き合いだしたわけです。

倉重:もう3~4年前とかですかね。

伊藤:3年前ですよね、もう。

倉重:そんなになりますね。

伊藤:同じことを、アカデミアの人、そして企業の方、また実際にフリーランスで、自分でまさに個人の足で立って働いている方、そういったいろんな方とのある種のネットワークができてきて、そういう中で、この「働き方改革」という一つのモメンタムができてきたんだと思っています。

倉重:なるほど。見つけて頂いてありがとうございます(笑)

伊藤:いいえ、もう、いろいろと教えていただいてありがとうございます。

倉重:では、働き方改革の話に行きたいんですけれども、各企業で働き方改革対策会議とかやっているわけですけれども、実際やっている方って、「じゃ、残業時間はどうやって減らすの?」と。これがたぶん一番主流になっちゃっていて、ともすれば「働き改革=労働時間削減」と、そういうふうに捉えちゃっている向きもあるんですよね。

しかし、本質は違うところにあると想うので、そのあたり、仕掛け人としての想いをお願いしたいんですが。

伊藤:はい、私自身、あるいは経産省の人材政策室としては、この働き方改革の取り組みを始めたときから、1つのキーワードは「選択肢」だととらえていました。日本には、「第4次産業革命の技術革新」、そして「人生100年時代」という2つの荒波が来ているわけですけれども、その中で、さっき申し上げたように決まりきった、「お仕着せの」という言い方がありますけれども、決まりきった画一的な働き方とか、あるいはその企業構造というのが、やや時代遅れになってきている。もちろん、日本型雇用システムって今まで機能してきたのは事実だと思うんですね。

倉重:終身雇用・年功序列・職種無限定を謳う日本型雇用は、昭和の時代や平成前半にはマッチするシステムだったのでしょうね。

伊藤:その要素の一部がサステナブルでなくなってきているのも事実で、そこを手直しをしていかなければいけないと。そのときによく言われるような「職務の無限定性」みたいな「無限定正社員」と呼ばれる働き方、これがさっきの「画一的な働き方」の典型例なわけですけれども。

倉重:正に昭和的働き方ですね。

伊藤:そうですね。残業当たり前、土日出勤当たり前、転勤当たり前と。これが、特に出産・育児に直面する女性、そして、その女性の家族、さらに言えば、この5年ぐらいで急速に介護の問題が深刻化していることで、たぶん極端に言うと「1億総活躍」どころか、「1億総制約」になっていて、何かしらの制約を抱えながら仕事をするということが当たり前になってくると、やっぱり労働時間、特に長時間残業の問題というのは、これはそのまま看過できないと。働き方改革の最初の入り口はこの長時間労働の問題だったということだと思うんですね。そこに長時間労働という問題があり、社会的な関心がそこに集中をしたと。

 ただ、ちょっと変わってきたと思うのは、一昨年の議論の中で、労働時間を減らすのは大事だと。でも、待てよと。人口が減ること、これはもう間違いないですね、日本の構造変化として。そして労働時間も減ると。それだけだと経済が成長するわけがないので、その残業時間の規制強化というのは、これはやり遂げなければいけないわけですけれども、それを前提とした上で、やっぱり生産性を高めなきゃいけないということにもう一回議論が戻ってきたわけですよね。

 したがって、実は2016年から2017年にかけて、かなり「生産性」ということに政府も意識をしましたし、私自身、企業の経営者の方としょっちゅうお会いしますけれども、相当雰囲気が変わってきたと思います。ただ、そこでまたはき違えてはいけないのは、「生産性のために」仕事をする人はいないので、前回の倉重先生の対談のお相手だった、JINSの井上さんがおっしゃるように、生産性の概念ってよく気を付けて考えなければいけなくて、集中と生産性とか、コミュニケーションとか、そういったものに支えられる、そういう中で、生産性を支えるのは個人が自分で決められること、自分が選択できること。これが冒頭の「選択肢」のキーワードに戻ってくるんですね。

 そう考えると、テレワークだったり、兼業・副業だったり、場合によっては雇用という形態ではないフリーランスという形態だったり、限定正社員だったり、働き方のメニューも多様化しなければいけない。だけど、やっぱり今までの日本では、ともすると企業に長く勤めるということがデフォルトになっているので、いろんな制度がそうしたほうが得な制度になっているのも事実ですよね。

倉重:そうですね。やはり終身雇用を前提とした同質的な労働者、そして育児であるとか介護はもう奥さん任せで仕事に集中と。これが一つのロールモデルでしたよね。

伊藤:そうですね。それが残念ながら今までの仕組みが変わってきている中でやっぱり合わなくなってきていると。そうすると、今申し上げたように選択肢を広げなければいけないんだけど、それと合わせて「制度」も変えなければいけないわけですよね。実は経産省で研究会をやって、フリーランスや兼業・副業について、政府としては初めてですけれども、例えばフリーランスでいうと3,000人を対象とした実態調査を行って、「何が課題なのか」、「何について困っているのか」、「どういうことについて改善策を望んでいるのか」、そういったことを浮き彫りにしました。兼業・副業もやっぱりいろんな論点を洗い出しをして、それを厚生労働省にバトンタッチをして、厚生労働省で検討会も立ち上げていただいて、私もオブザーバーで入れていただきましたけども、それで各種のガイドライン、テレワークのガイドライン、あるいはフリーランスのガイドライン、兼業・副業についてのモデル就業規則を改訂しました。モデル就業規則も今までは基本的には「労働者は他の会社等の業務に従事しない」ということがデフォルトであったわけですけれども、これを既にモデル就業規則では改定をして、「勤務時間外においては他の会社等の業務に従事することができる」と。こういうことでだいぶその選択肢は広がるようになってきたんだと思いますね。

倉重:個人的には、労働時間の通算規定が残っているので、労基法も一緒に変えてくれたらいいなと思うんですけどね。

伊藤:私は、個人的には倉重先生と同感で、したがって、この制度の見直しはまだまだ終わらないんですよね。モデル就業規則を改定して、じゃ、あとは企業任せということにはならなくて、それに合わせて、じゃあ、労働時間の制度はどうするのかと。

倉重:通算規定や労災の問題ですね。

伊藤:もっと言うと、例えばフリーランスということについても、それは、全体として今の雇用労働法令上の扱いをどう考えるか、そういったことは国として検討しなければいけないので、これはまだオンゴーイングですね。

倉重:正に、フリーランスの労働者設定だって技術的な論点ですし、要するに、どうやって労働法「的」保護を与えていくかという話で、やっぱり安定性という意味では正社員と。フリーランスというのは仕事単位でしかお金をもらえないですから次から「もう、さようなら」というのはやりやすいわけですけれども、じゃ、一方で「Uber化」するには労働という中で必要なときだけ必要なスキルをというのはテクノロジーで、どんどん、どんどん進化していきますよね。

伊藤:おっしゃるとおりですね。

倉重:ただ一方で、企業にとってはそれは使い勝手はいいのかもしれないし、また、本当にスキルを持った一部の人にとってはそれがいいかもしれないけれども、じゃあ、大多数の通常のサラリーマンにとっては本当にそれでいい未来なのかというのが課題ですね。

伊藤:そのとおりですね。

                                            (第2回へつづく)

【対談協力】 

伊藤 禎則 氏  経済産業省 商務情報政策局 総務課長

(略歴)

1994年 東京大学法学部卒業、入省。米国コロンビア大学ロースクール修士号、NY州弁護士資格取得。エネルギー政策、筑波大学客員教授、大臣秘書官等を経て、産業人材政策室参事官として、政府「働き方改革実行計画」策定に関わる。兼業・複業、フリーランス、テレワークなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育、HRテクノロジー推進などを担当。2018年7月から現職。経産省のAI(人口知能)・IT政策を統括する。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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