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非正規格差に関する最高裁の初判断をどう読むか〜日本型雇用の終わりの始まり〜

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

正社員と非正社員の待遇格差をめぐるハマキョウレックス事件、長澤運輸事件という2つの訴訟の判決が6月1日、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)で言い渡され、労働契約法20条が禁じる不合理な格差についての初判断を示しました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180601-00007971-bengocom-soci

今回は極めて影響が大きい二つの最高裁判決が出ましたので、少し専門的な分野にも言及しながら、同判決の読み方を探っていきたいと思います。

【そもそも、本件の争点は何か】  

 労働契約法20条は、正社員と非正規社員の待遇差について「不合理」であってはならないとしています。ハマキョウレックス事件については同じドライバーの正社員・契約社員の比較、長澤運輸事件では定年前の正社員と定年後再雇用の嘱託社員(形式上は有期契約)との比較が問題になっています。

【労働契約法20条違反の効力は】

 法違反があった場合に労働契約内容を直接変更する効力を直律効と言います(労基法13条)。例えば、「残業代は一切支払わない」という契約をしたとしても、これは労基法違反で無効となるだけではなく、労基法に従った残業代の支払が契約内容となります。

 しかし、労働契約法にはその種の規定がありません。この点について最高裁は、労契法20条違反の場合であっても「同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない」としました。つまり、契約内容が書き換えられるのではなく、損害賠償請求が認められるのみ(賃金請求は不可)ということです。

【合理的と不合理の違い】  

 労契法20条は、不合理であってはならないという規定であるため、「合理的でなければならない」とは法律的意味が異なります。「合理的でなければならない」という意味だとすれば会社側が積極的に合理性を立証しなければ違法になってしまうからです。

 しかし、最高裁は、

労契法20条は、職務の内容等が異なる場合であっても,その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であるところ,両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては、労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。

として、労働条件の相違が不合理か否かを問題にすべきとしました。この点は、「不合理」性の立証が尽くされなかった場合には労働者側が敗訴することになるという立証責任論とも関わってきます。

【均衡と均等の違い】  

 ここで、整理しておきたいのは、均衡と均等の違いです。「均衡」とは、バランスを考慮して不合理でないということを意味するのに対し、「均等」とは、同じでなければならないことを意味します。つまり、一定の差を許容するか否かという点に違いがあります。

 今回問題となる労契法20条は均衡処遇を求めていますので、上で述べたように、最高裁は、労使交渉や経営判断にも尊重すべき点があるとし、合理性の立証までは求めていないのです。

【ハマキョウレックス事件の結論】

 同事件の大阪高裁判決で棄却されていたのは、住宅手当と皆勤手当についてでした(無事故手当、給食手当、業務手当、通勤手当という4つの手当については請求認容)。

 今回の最高裁は、上記4つの手当については結論を維持しつつ、皆勤手当について、その支給の趣旨は運送業務を円滑に進めるために実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する点にあるとし、トラック運転という職務内容が異ならない以上は、出勤を確保する必要性については差異が生ずるものではないとして、皆勤手当を支給しないのは不合理としました。

【長澤運輸事件の結論】

 同事件の東京高裁判決では、定年後再雇用においては賃金が下がることも一般的で社会的に許容されており、かつ、下げ幅も業界平均を下回る2割程度であったため、不合理ではないとされていました。

 今回の最高裁は、定年後再雇用という点を考慮するか否かについて

使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。

と判断し、労契法20条の「その他の事情」として、定年後再雇用という点も考慮すべきとしました。

 その上で、定年後再雇用の特殊性については、

使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。

として、定年前正社員との違いを述べた上で

有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。

として、各項目を個別に判断すべきとしました。

 

【長澤事件における各項目の個別判断】

1 嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないことについて、

本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給する

→不合理ではない

2 精勤手当について

一方、精勤手当については、精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができ、被上告人の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はない

→不合理

3 嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないこと

従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから老齢厚生年金と調整給の受給のある定年後再雇用者に対して支給せずとも不合理ではない。

4 役付手当が支給されないこと

正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるため不合理ではない。

5 嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違

正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は不合理

6 嘱託乗務員に対して賞与が支給されないこと

賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。嘱託乗務員は,退職金の支給を受け,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。また,年収額は定年退職前の79%程度であり,嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。

→不合理ではない。

【最高裁判決の読み方】

 このように、極めて個別的事情に踏み込んで各支給項目の不合理性を判断するということは、極めて個別的判断となり、裁判官によっても意見が分かれうることになります。おそらく、今後の裁判でも、地裁・高裁・最高裁で結論が分かれる事案が出てくるでしょう。結局のところ、評価の問題は当てはめ方によりどうにでもなるブラックボックスなので、企業としては、不安定な位置付けになる手当をそのまま残しておくことは実務的にリスクが高いといえるでしょう。

 では、一律に非正規雇用者に対して手当を支給すれば良いかというとそう簡単な話ではなく、以前も本連載https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180413-00083946/で述べたように、総額人件費が固定され、予算に限りがある会社においては、むしろ正社員の手当を無くす方向にインセンティブが働くでしょう。

 これは、正社員にとっては良いことなのでしょうか。また、入社時から定年、そして定年後再雇用も加味した賃金カーブの再設計も急務となります。若いうちの賃金カーブの上がり方が緩やかに抑えられる例も多くなるでしょう。

 また、今後は手当を廃止していき、基本給・賞与に一本化し、職務上の違い、異動の違い、人事評価、責任の違いを明確にすることが求められます。

 なお、今回の最高裁判決は、手当については同一にすべきと言っていますが、基本給については明確に述べていません。この点、基本給に関する同一労働同一賃金の考え方は、「同じ制度であれば同じ賃金を払え」というものですので、制度そのものが異なる(例えば、正社員は年功や職能的要素を加味する制度であるのに対し、非正規社員は現在の職務の習熟度合いに基づいて支払う時給制度になっているなど)場合、制度が違うこと自体は許容しています。要は、賃金制度が異なることについて説明がつけば良いのです。

 この点に関し、今国会で審議されている働き方改革関連法案による法改正では、同一労働同一賃金に関し、入社時及び要求時に正規・非正規の待遇差に関する説明義務が追加導入されます。

 そのため、企業人事としては、今後、正社員と非正規雇用の賃金制度はなぜ違うのか、手当についてはなぜ払われないのか、という点を改めて検討し、説明がつくようにしていくことが求められます。「正社員だから」給料が高いという古き(良き)日本型雇用の考え方は終わりの始まりを迎えたといえるでしょう。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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