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こんな時だからこそ「日本と世界の架け橋になります」。大阪ミナミ・道頓堀ホテルがコロナ禍に目指すもの。

國本和成ライター・ディレクター
道頓堀ホテルグループ 株式会社王宮 専務取締役 橋本明元さん ※筆者撮影

-道頓堀ホテルグループ 橋本 明元さんインタビュー(後半)-

令和元年から続くコロナ禍の打撃をまともに受けた観光・宿泊業界。とりわけインバウンドに沸いていた大阪はコロナ禍による落差が激しく、その傷跡は依然として深く残っています。そんな大阪のミナミ(難波・心斎橋周辺)エリアを中心に宿泊業を営む株式会社王宮の橋本 明元氏は、業界の枠を超えて大阪・関西のビジネスパーソンに名の知れた存在。インバウンドの波をうまく経営に取り込んできた橋本氏は、事業を直撃したコロナ禍に何を思い、どう向き合っているのか。2回連載でお届けします。

(前編はこちら)

https://news.yahoo.co.jp/byline/kunimotokazunari/20220705-00303636

ホテルのサプライズがより気軽に ‐国内客向けの新サービス

部屋の提供から空間の提供へ。
部屋の提供から空間の提供へ。

段階的に営業を再開し、コロナ禍の停滞からの脱却を目指す道頓堀ホテルグループ。今後は従来のインバウンド戦略に加えて、もう一つの柱になる戦略を構築しているといいます。

橋本「もともと、当社の使命である『日本と世界の架け橋になります』は、海外からのお客様をいかにもてなすかを前提としています。一方で国内のお客様に向けた使命をつくる必要も長年感じており、コロナ禍を機に社員の皆さんと一緒に考えました」。

そこでできた新たな使命が「私たちは感動の輪を広げていきます」というもの。まずは「気軽にサプライズをしてみたい人に、思いをカタチにするお手伝いをする」をコンセプトに、サービスにさまざまなサプライズ要素を取り込んでいます。

一生の思い出に残るサプライズが、手軽に演出できるサービス
一生の思い出に残るサプライズが、手軽に演出できるサービス

例えば客室の「デコレーション」サービスは、客室をメッセージボードやバルーン、オーナメントなどでデコレーションし、更にはケーキやフラワーギフト、ドリンクも提供します。同様のサービスはどのホテルでも対応してくれますが、道頓堀ホテルグループではあらかじめテーマや予算をパッケージ化しており、客はその中から気に入ったものをセレクトするだけ。パッケージ化することでコストメリットも生まれ、無料~5,000円プランを展開しています。

橋本「レストランなんかでは気軽にサプライズを頼めても、ホテルとなると急にハードルが上がりますよね。サプライズをお手伝いする立場の私たちも、電話で個別に伺っていると、飾りつけの色や形といった微妙なニュアンスがつかみにくい。こうしてあらかじめパッケージ化しているとスマホから簡単に申し込んでいただけますし、より気軽に感謝の気持ちを表現していただきやすくなります」。

手軽にプランが選べるサプライズサービス
手軽にプランが選べるサプライズサービス

もう一つの新サービスが無料の「お手紙サービス」です。例えば出張で宿泊するパパに、子どもから心のこもったメッセージや、所属する会社の上司や経営者から感謝の言葉を簡単に届けることができます。普段はなかなか書けない手紙も、専用のフォームから入力するだけでスタッフがプリントアウトして客室に届けてくれ、有料のオプションとしておつまみやビールの差し入れにも対応してくれます。

お手紙サービスはデザインも選べ、ホームページ上で簡単に文章が入力可能
お手紙サービスはデザインも選べ、ホームページ上で簡単に文章が入力可能

SNSやスマートフォンが普及した現代だからこそ、手紙は心に響く
SNSやスマートフォンが普及した現代だからこそ、手紙は心に響く

橋本「『お部屋を提供する』から『空間を提供する』という発想への転換ですね。例えば大阪の人が大阪に宿泊する理由はあまりありませんが、『空間を提供する』となると話は変ってきます。更に、無料のドリンクをつけるといった機能的な価値よりも、手紙のような情緒的な価値というか、心の琴線に触れるサービスが提供できれば、お客様がSNSで発信してくれるというメリットも見込めます」

沖縄の空が決心させたこと

沖縄逸の彩(ひので)温泉リゾートホテル
沖縄逸の彩(ひので)温泉リゾートホテル

少し話は前後しますが、2020年12月には沖縄逸の彩(ひので)温泉リゾートホテルのオープンを果たした同社。コロナ禍のさなかでのスタートとなりましたが、沖縄都市モノレール線牧志駅近くの好立地と、大阪で磨いてきたおもてなしサービスが国内客の評判を集め、稼働率は好調を維持しています。

しかし、当初は「全然乗り気ではなかった」という橋本さん。出資者である香港の上場企業のあるオーナーからの熱心な誘いも、当初ははぐらかしていたのだとか。しかし「一度も場所を見ずに断るのか」といわれ、しぶしぶ現地を視察したところ、想像以上の好立地に「どう考えても成功する」と確信。しかし最終的に背中を押したのは、そうしたビジネス上の勝算よりも、「沖縄の空」だったといいます。

橋本「せっかく沖縄まで来たので、普天間で釣りをしていたんですね。のんびりしようと思ったのですが、空を見ると轟音を立てて戦闘機が飛んでいる。基地問題に対して意見を言える立場ではありませんが、『戦争が起こったとき、この街はどうなってしまうのかな』と、そんなことを空を見ながら考えていました」。

帰国後スタッフにこの気持ちを含めて相談したところ、数人のスタッフが手を上げてくれたこともあり沖縄への進出を決意。

橋本「このホテルに泊まってくれた子どもが、将来政治や軍事に携わるようになるかもしれない。そういう意味では、平和について考えさせられる沖縄という場所に、『日本と世界の架け橋になります』という使命をもつホテルをつくることには、意義があるんじゃないかと思っています」。

型破りな人材育成・組織づくり

質・量ともに高いレベルで展開する道頓堀ホテルグループ 新入社員研修
質・量ともに高いレベルで展開する道頓堀ホテルグループ 新入社員研修

沖縄逸の彩(ひので)温泉リゾートホテルの立ち上げは、「彼女が嫌と言えばこの話自体断ろうと思った」と全幅の信頼を寄せる入社3年目のスタッフが担当し、見事成功させました。このことからもわかるように、同社は「型破り」という言葉がぴったりくるほど、人材育成・組織づくりに力を入れています。

コロナ禍でも継続したように新卒採用には強くこだわり、時には年間2,000万円ものコストをかけながら手厚い研修を実施。他にも社員が20万円までなら自由に使うことができる経費制度も導入しています。なぜそこまで、と思うほど、人に対する投資を惜しまない理由は「社風をつくるにはとにかく時間がかかる」からだといいます。

橋本「組織改革をはじめたのが今から10年ほど前。最初の5年間は、どれだけ研修させたり、勉強させてもピクリとも変わらなかったんです。普通の経営者ならあきらめるところですが、私はスマートじゃないからやめなかった(笑)。6年目から徐々に変化が見えて、8年目にボーンと跳ねたんです」

そんな同社の人づくりの話を聞いていて、特に驚いたのが内定者への家庭訪問です。採用する全ての学生の自宅を訪ね、ご両親に直接気持ちを伝えるといいます。もちろん中国やネパールといった海外出身者であっても分け隔てなく、これまで何度も海外まで出向いています。

ホテル業界の地位をあげたい。「おもてなしホテル」への思い

しかし、中には子どもの就職を反対する保護者もいました。多くの場合は採用した理由をしっかりと伝えることで解決するといいますが「反対される理由として、ホテル業や接客業に対する評価が不当に低いと感じたことはありますか?」と質問したところ、自身が過去に経験したあるエピソードについて話してくれました。

王宮に入社してしばらくして中国に語学留学し、その後修行のために上海の大手ホテルに就職した橋本さん。ある日日本人客からクレームが入り、部屋を訪れたところ、階下のバーの音楽が筒抜けなことに怒り心頭だったといいます。 

橋本「大変なお怒りもごもっともな状況でしたから、すぐに謝罪して、スイートルームへの移動をお願いしたのですが『俺は動かない、どう責任を取るのか』と動いてくれません。ひたすら謝り続けて1時間が経とうとしたとき、「土下座しろ」といわれ、『これでようやくご納得いただける』と従ったところ、その方はわざわざ靴をはき、その足で私の頭を踏みつけたんです」。

それまでホテル業は「お客様の心に残る仕事をする、尊い職業」だと考えていた橋本さんは、この出来事に衝撃を受けます。同時に世間一般にはまだホテル業や接客業の地位を低く見る人がいることを痛感し、そしてそんな認識を変えるために、ホテル業の地位を向上させたいと強く思うようになったといいます。

こうした経験から、帰国後の橋本さんはこれまで一貫して『人によるサービス』が売りになるホテル、言い換えるなら「おもてなしホテル」を追求し続けてきました。

橋本「大手ホテルを中心に、業界は省人化、ロボット化の方向に進みつつありますが、人によるおもてなしに価値を見出す私たちのようなホテルが普及すれば、この業界で働く人たちが誇りをもてるようになるし、業界に対する偏見や差別もなくなると思うんです。だから2025年までには『おもてなしホテル』という新しいカテゴリを絶対につくりたいと思っています」。

使命があるからブレない

令和4年の7月現在、私たちはすっかりコロナ禍に慣れ、イベントや飲食をはじめとする制限も徐々に緩和されつつあり、海外からの渡航者制限の緩和にも期待が集まっています。一方で感染者数が下がりきることはなく、今なお予断を許さない日々が続いていますが、そんな状況でも橋本さんの視線は常に前に向けられています。

橋本「自分は中国人の父と日本人の母の間に生まれました。人生の中ではそれが原因で嫌な思いをすることもあったのですが、外国にルーツをもつ自分だからこそ『日本と世界の架け橋になります』という使命を掲げ、ブレずに目指し続けられるんだと思います。

もちろん、インバウンドが伸びていたときは時代の寵児のように言われ、コロナになると一気に突き落とされて、正直『なんでこんな経験をしなければならないのか』と思ったこともあります。それでもどん底と言われるホテル業界で、なんとか前を向いて頑張っている私のような人間がいることを知って、元気になってくれる人がいるとしたら、こんなにうれしいことはないですね」。

苦境を経験した橋本さんの言葉は、更に前向きで力強い言葉を帯びるように
苦境を経験した橋本さんの言葉は、更に前向きで力強い言葉を帯びるように

【道頓堀ホテルグループ】

道頓堀ホテルグループ 株式会社王宮

https://dotonbori-group.com/

道頓堀ホテル

http://dotonbori-h.co.jp/

ザ・ブリッジホテル心斎橋

https://bridge-h.co.jp/

大阪逸の彩ホテル

http://hinode-h.com/

沖縄逸の彩ホテル

https://hinode-h.com/okinawa/

※「筆者撮影」表記のない写真は全て道頓堀ホテルグループ提供

ライター・ディレクター

國本 和成  Kazunari Kunimoto株式会社knmt 代表大阪在住。1978年生まれ。関西を中心にビジネス、教育・研究、地域や食などさまざまなテーマで執筆・ディレクション・編集活動をしています。Web/Booklet/Movie など、媒体を問わず対応します。

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