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上場したエアークローゼット天沼社長ロングインタビュー 洋服のサブスク・シェアリング事業の可能性

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
エアークローゼットの天沼聰社長。青山の本社で  写真:西岡克

月額制のファッションレンタルサービスを提供するエアークローゼットが7月29日、東証グロースに株式を上場した。天沼聰社長によると「モノのシェアリングサービスとしては初めての上場。ファッション業界で新しいコンセプトで上場するのは2007年のZOZO以来になる」とのこと。市況も芳しいとはいえないタイミングで、しかも赤字上場を敢行した狙いと勝算、今後の成長戦略などをじっくり聞いた。

――上場当日は日本橋の東京証券取引所で打鐘などセレモニーがあり、売り出し価格800円に対して初値は公開価格を13.8%上回る910円、直後の9時33分に1060円でストップ高となった。率直な感想は?

天沼社長:一つ節目として、とても感慨深かった。服のサブスクリプションサービスという市場もビジネスモデルも仕組みも世の中にない中で、仲間と一緒に、事業や行動の中心に置いているビジョンを信じて、ゼロから業務フローやシステムを作ってきた。それを社会に認めてもらえたのはすごく大事なこと。ファッション業界で大きく飛躍していくスタート地点に改めて立たせていただいた。

東京証券取引所で行われた上場セレモニーの一幕  写真:エアークローゼット提供
東京証券取引所で行われた上場セレモニーの一幕  写真:エアークローゼット提供

――上場を延期する企業も出るなど、市況もあまり良いとはいえないタイミングで上場を決行したのはなぜか?

天沼社長:私たちが重視していたのが、この事業基盤で、このビジネスモデルが長く成立するかどうか、そして、コストコントロールをして一人当たりの利益がきちんと出る体制を構築できるかどうかだった。昨年、長期的に持続可能な成長が見込めるようになり、上場準備が進み、レディ・トゥ・ゴーのタイミングになった。けれども、その後に社会経済情勢がガラッと変わってしまった。12月から市況が悪化し、今年に入ってからロシアのウクライナ侵略があり、コロナも再燃するなどマイナスなトピックスが増えていった。たとえば昨年の新規上場の資金調達額を調べてみると、平均200億円だったのに対して、今年前半には50億円前後と4倍近い差が生じていた。正直、どうしたものかと思ったが、立ち返って自分たちの事業を長い目で見たとき、大切なのは事業の成長であり、多くの人々のライフスタイルに浸透することであり、信用を獲得することであり、資金調達することだった。想定していた資金調達額とは大きく異なるが、事業が不安定な時期は脱していた。信頼性の獲得は早い方がいい。M&Aなどにも賭けていきたい。なので、事業成長の観点では大きな違いはないと判断した。

日本経済全体の中で、スタートアップのIPOや赤字上場という選択に対して一石を投じたかったということもある。赤字を投資と考えて成長しイノベーションを生んでいく企業はたくさんあるのに、市況の変化だけで投資家の方々の熱が急に冷めてしまっているように感じた。一気に芽を摘まれるような環境はおかしい。結果、今年初の赤字上場になったが、ファーストペンギンのように1社目がいないと続く企業が出てこられなくなる。人柱じゃないけれど、やってみてどうなるのか、多くの企業がこの後の株価も注視してくれるだろうし、チャレンジングな環境を作っていく姿勢が必要だと思った。

もう一つ、ファッション・アパレル業界は、コロナ禍の影響を直接受けて、我々を含めて苦労したところがたくさんあった。一方でウィズコロナ、アフターコロナに向けて気運を高めていくのは今しかないと考えた。それでスケジュールを変えないことを選んだ。私たちはファッションの力を信じている。人々のライフスタイルに彩りを加えるファッションは重要だ。このタイミングでの上場は、意思決定ではなくて、気概だ(笑)。

――どのような時代認識からこの事業・サービスを立ち上げることを決めたのか、あらためてうかがいたい。

天沼社長:起業に当たり、パッと流行ってなくなっていくサービスではなく、人々のライフスタイルが豊かになるもの、人の助けになれるようなしっかりとしたサービスを作ろうと共同創業者3人で誓った。超情報化社会になり、情報が溢れるだけでなく、物も溢れ、人生の限られた時間に対して忙しさが増している。多様性も広がっている。だからこそ一人一人の時間価値が向上していると考えた。一方、ビジネスシーンでは、AIのデータ活用や一人一人のライフスタイルに寄り添うパーソナルスタイリング、パーソナライゼーション、サブスクリプションなどがキーワードとして浮上していた。もう一つ、サステナビリティの意識の広がりも見落としてはいけない。大量生産・大量消費・大量廃棄の見直しが求められ、ファッション業界でも循環型経済の構築やシェアリングサービスが求められるようになってきた。

すべての人が平等に持っていながら、使い方や感じ方によって不平等になるのが、「時間の価値」「時間の使い方」だ。億劫だなとか面倒くさいなという時間が少しでも減って、ワクワクする時間が増えたらライフスタイルの豊かさにつながるんじゃないか。そんな時間価値を向上させる事業を創造しようと、「“ワクワク”が空気のようにあたりまえになる世界へ」をビジョンに、「発想とITで人々の日常に新しいワクワクを創造する」をミッションに掲げて、月額制ファッションレンタルプラットフォームを運営するファッションテック企業を創業した。「エアークローゼット」を提供することにより、時間の有効活用や、サステナビリティという視点で次の世代のファッション消費を提案する新しい選択肢になると考えた。

――現在の会社の状況は?

天沼社長:私を含む共同創業者3人がコンサルティングファーム出身で、経営メンバーには監査法人やメガベンチャー等の出身者を中心に多彩な人材が集まっている。現在、社員が100人強いて、エンジニアを含むモノ作りのメンバーも多い。社員の半数が女性の会社だ。約300人のスタイリストがいる。

先行投資で広告宣伝費への投資や、レンタル用の洋服の購入、それに伴う減価償却・減損損失の発生により、ずっと赤字を計上してきた。成長を加速しようというところでコロナウイルスが蔓延した。ファッション・アパレル業界には非常にネガティブな影響があり、9兆円前後だった市場規模が1~2年で7.5兆円にダウンするなど大打撃を受けている。当社も影響を受けたが、サブスクリプションが一つ強みとして現れ、安定的に会員にサービスを利用いただくことで売上げを成長させることができた。今後、規模の拡大に伴い黒字化を見込める。1配送当たりのオペレーションコストは毎年減少し、月額会員1人当たりの限界利益が増加している。

注:上場時点で発表していた2022年6月期の業績見通しは、売上高33億円(前期比16.1%増)、営業損益は5100万円の赤字(前期は3800万円の黒字)、当期純損益は4億2300万円の赤字(同3億4400万円の赤字)だった。その後、決算が確定。売上高は33億9000万円(前期比17.4%増)、営業損益は5100万円の赤字(前期は3800万円の黒字)、当期純損益は3億7800万円の赤字(同3億4400万円の赤字)となった。2023年6月期は売上高42億7700万円(前期比26.2%増)、営業利益は1億1000万円と黒字化、当期純損益は1億1400万円の赤字にまで圧縮することを予想する。

――事業を確立するうえで重要視してきたこととは?

天沼社長:事業モデル構築や仕組み化などはとくに創業メンバーが意識した部分だ。仕組みがちゃんと出来上がることと、仕組みが運用・運営されていくときに、しっかりと自浄作用があるかどうかを大切にした。たとえば、オペレーションを作るだけでなく、専用のサプライチェーンのチームをサービス開始当初から設けて、チームのミッションとして「オペレーション改善」に当たってきた。単に洋服のエアー(架空)なクローゼットを作るだけでなく、その中身を良い状態にしておかなければならない。だから、検品の品質や、スタイリング、流行なども大切にし、トレンドから外れてしまったものをフェードアウトさせ、トレンドの商品をタイミングよく取り入れていく、といった綺麗な仕組みを作ることをすごく意識してきた。

ファッションのレンタルサービスの想起は簡単かもしれないが、実際にモノが動く仕組みを作るのは大変だ。倉庫業務、発送に加えて、返却を受けてから、クリーニングして、再び発送するまでの仕組みも必要で、協力会社と共に循環型プラットフォームを構築している。創業時から物流専門チームを設け、バーコードや目検でなく、RFID(無線自動識別)を活用したアイテムの個品管理を実現。それを含めたWMS(倉庫管理システム)を独自に構築した。クリーニングも工場を分散型から集約型に変更した。常に課題を探す癖がある組織なので、問題や課題の種を見つけては改善し続けてきた。その積み重ねで効率が上がり、スピードアップができて、利益体質ができてきた。

――上場に至るまでを振り返って、大きな転機は何だったと考えるか?

天沼社長:幸い、ピボットせずにやってこられたが、事業基盤を作るところに意識を強く持っていたので、倉庫物流はいろいろ変遷してきた。サービス開始前に、多くの倉庫会社を回らせていただき、こういったビジネスモデルで事業をやりたいとお話しさせていただいたが、個品管理ができなかったり、拡張性が難しいとか、システム変革できるオペレーションがないとか、いろいろなところからお断りされた。そんな中で、寺田倉庫に出会わせていただき、事業をスタートする背中を押してくださったのは大きかった。

物流基盤というところでは、いわゆる共同倉庫から、専用化していくことで事業効率を高める転機があった。クリーニングも複数の工場で行う体制から、集合型の専用工場に変えていった。当初からホワイト急便に協力いただき、障害者雇用の施設や工場の空いているリソースなどを活用しながらクリーニングしていただいていた。けれどもそれだと仕上がり品を各工場から個別で送っていただくのに配送費がかさんでしまうことや、リードタイムが長くなってしまって服のシェアリングの効率が上がらないという課題が出てきてしまった。そこで、集中型へと体制を変えていただき、返却されたものを最短1日で再び出荷できることになり、効率が上がった。

――会員数や利用者の状況は?

天沼社長:サービス開始から7年間で会員登録者数は70万人、有料の月額会員数は3万2000人に達し、着実に成長している。売上げの内訳は、安定して発生する月額会費が全体の8割近くを占めている。レンタルして気に入った服を買っていただく販売売上高は約13%を占めている。有料の月額会員数を増やすことと、購入の両方の売上高を伸ばしていきたい。

集客方法はウェブ広告を使うことが多いが、これはオンライン事業にマッチしている。ゲーミフィケーションのように診断のコンテンツを作ることで、月間50万~80万の流入を開拓している。メインの客層は30~40代で、働く女性が90%以上(93.5%)。お子さまがいらっしゃる方が半数以上(55.8%)いる。お悩みとして「買い物に行きたくても行けなかった」方が71.6%もいて、洋服のコーディネートや着こなしに迷ったことがあるという方は92.0%もいる。そんな中で、パーソナルスタイリングと呼ぶ、一人一人に合ったスタイリングを提供するサービスが課題解決につながっている。利用期間が半年以上のロイヤルのお客さまが約半数の53%いらっしゃる。出会いを継続的に作っていくことが重要だ。有料会員はハードルが高いが、無料会員になっていただくにはメールアドレスの登録がメインなので、ハードルが低い。当社がレンタルなどで取り扱ってきた商品を販売する「エコセール」に興味を持っていただいている方が多い。

――利用者はどのようなステップでサービスを受けるのか?

天沼社長:まず、自身の体のサイズやファッションの好み、スタイリングの要望やどんなシーンで使いたいのかを登録してもらう。スマホからのアクセスがほとんどだ。その登録情報をもとに私たちのスタイリストが「スタイルカルテ」を作成し、それを参照しながら、毎月、3~5着のアイテムを届ける。料金体系は3つある(*)。ブランドを特定して利用したい方向け(ブランドセレクト1回2000円~)や、スタイリスト指名(1回500円)、アクセサリー(1回1000円)などのオプションもある。届いた洋服を楽しんでいただき、気に入ったらそのまま買い取っていただくこともできる。

*月1回・3着届くライトプラン6800円(税込7480円)と、1回3着を何度でも借り放題のレギュラー9800円(同1万780円)、月1回・5着届くライトプラス1万2800円(同1万4080円)

――貸し出す服はどのように用意し、どうやって貸し出すのか。その仕組みは?

天沼社長:そこはシンプルで、ブランドやセレクトショップに発注し、服を買取り仕入れしている。昔はトレンドを軸に商品をオススメするのが正解だったが、今は私たちのようなお客さまの志向に応じてパーソナルスタイリング、パーソナライゼーションを行うサービスが注目を集めている。AIによるデータ分析・レコメンドをもとに、登録している300人のプロのスタイリストが、クラウド上で一点一点コーディネートしていく。社長室直下のデータサイエンティスト、アナリストがデータ活用をしており、お客さまの体験データや着心地、サイズ感、コーディネートなどの感想やフィードバックを収集することで、より好みや利用シーンに合ったものを選ばせていただけるようになる。

――ファッションのサブスク市場の市場規模とはどれくらいあると見立てているのか?

天沼社長:事業がアプローチ可能な最大市場規模(SAM)は9400億円強と計算している。当社の売上高は2021年6月期が28億円、2022年6月期が33億円だったので、潜在的な成長余地は極めて高い。インテージの調査によると、当社のファッションレンタル企業としての認知度はわずか4%にすぎない。96%の人が知らないわけで、まずはこの余白を埋めて、成長角度を高めていきたい。ちなみにシェアリングエコノミー協会の初代理事としてアンバサダー的な活動をさせていただいているが、モノのシェアリング企業で初めてIPOしたことになる。まだまだ黎明期で、これから先に広がっていく市場だと思っている。

――今後の成長戦略をどのように描いているのか?

天沼社長:まずはセグメントの拡大だ。これまでのウィメンズに加え、新たにメンズ、シニア、キッズなど事業領域を広げていく。もともとウィメンズでスタートしたのは、女性の方がライフステージの変化も含めて時間を意識する機会が多く、ビジョンである時間価値の提供のチャンスが大きいと感じたからだ。ただ、創業メンバーが男性だったこともあり、将来的にメンズを展開することは当初から想定し、セグメントの拡張を前提として仕組みやシステム、倉庫物流などを汎用的に作ってきた。どんなアイテムもプラットフォームに乗りやすいが、とくにメンズ、シニアなどは、モノを仕入れる部分を拡張すればできることなので、それぞれのニーズやタイミングを見ながらやりたいなと思っている。アジアを中心とした海外展開も構想しているが、これは少し先になりそうだ。

もう一つ、これまで構築してきたオペレーションを他社に利用いただき、サブスク、レンタルなどのサービスをスタートされるときのハードルを下げる支援をしていきたい。エアークローゼットがサービスを立ち上げた際、クリーニングも倉庫も事業者にお願いすればスムーズにいくかと思っていたが、実際は想像以上に改善が必要で、長く改善活動を続けてきた苦労と蓄積があるからだ。また、メルカリよりも早くヤマト運輸とIT連携をしたりもしている。この事業は一朝一夕ではできない。ファッション・アパレル業界からの参入障壁は実は高い。そのハードルを下げるお手伝いをすれば、市場が広がり、私たちのメイン事業の啓蒙にもなる。BtoB(事業者間取引)ビジネスとして、ウィン・ウィンになれると強く思っている。

――ウィメンズ向けファッションのブランド数は現在300強とのことだが、取り扱いブランドの拡大は?

天沼社長:数を増やすよりも、データを活用し、評価が上がらないブランドは取引きを終了させていただき、新しいブランドと入れ替えさせていただいている。マーケットプレイス型の事業だと成長に向けて選択肢を広げるというのが一般的だが、エアークローゼットは、いかにお客さまにフィットする商品を提供できるかが重要であり、面が広がることがすなわちハッピーということではない。

――コロナ禍の影響も大きいが、米国ではファッション・サブスク企業の「ル・トート(LE TOTE)」が、米老舗百貨店チェーンの「ロード&テイラー(LORD & TAYLOR)」を買収したものの、コロナ禍もあり2020年経営破綻。ファッション・レンタルの「レント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)」は伸び悩み。AI×スタイリストを活用した「スティッチフィックス(Stitch Fix)」はレンタルからレコメンド型のECへと方針転換している。これらの状況をどう見ている?

天沼社長:「ル・トート」はサービス自体が難しくなった気がするが、百貨店の買収など、積極的に投資を先行させて事業推進をする点などビジネス文化が少し違うなという印象を受けた。「レント・ザ・ランウェイ」も売上げは上げているけれど、ほぼ同額の損失を出しながら事業を進めている。投資をすごくポジティブにとらえる欧米の思想が強そうだ。一方で、うまくいくときといかないときの分かれ道が極端になっている。2021年に「レント・ザ・ランウェイ」が新規IPOした際には時価総額が約13億ドル(約1500億円)に達したが、その後、一時は4分の1~5分の1ぐらいにまで急激に下がってしまった。これはコロナの影響だけでないのかもしれないと見ている。私たちは日本型なのかどうか、サブスクリプションという事業を見たときに、安定性を増していくことが大切だと考えている。一方で、投資や、「スティッチフィックス」のようなデータ活用方法などは参考にしていきたい。

――ブランドとユーザーとの出会いの機会の創出も役割として打ち出している。ブランドを絞り込んでサービスを提供するケースや、新ブランドのお披露目的な役割を果たすなど、マーケティングやプロモーションの支援という部分でもビジネスが広がりそうだが。

天沼社長:たくさん広告宣伝費をもらって事業として展開していく、という姿勢ではなく、モノをしっかりとお客さまに届けさせていただくという、仕入れの延長線上に位置づけている。その心として、我々は広告宣伝費で事業を成り立たせるよりも、いいブランド、いいファッションとの出会いをお客さまに提供すれば、エアークローゼットの魅力になるだろうと。それに広告収入をメイン事業にしたら、お客さまにも喜ばれないなと思う。より多くの企業やブランドとコラボレーションを広げつつ、本質的な出会いの価値を高めるところに注力し続けたい。ちなみに、アパレルではなく、生活必需品や消費財メーカーの広告売上げが増えているが、絶対オススメできるもの、こだわりがある商品に限らせてもらう。我々が作りたいのは、お客さまの感動体験であり、そこに向けて意思決定をしていく。

――集まったデータや情報は宝の山だ。ブランドや企業へのフィードバックや、その活用状況は?

天沼社長:お取組みの時に興味をお持ちの方々には「データ活用を進めていきましょう」とお話しさせていただいたり、試験的に取り組ませていただいたりしている。お客さまの体験データやスタイリングデータをこれだけお持ちのところはなかったし、顧客の声を聞くために大切なものだと思っている。ただ、データを渡すことはできても、データ活用に対する経験値が浅くてデータを読んでいくだけで活用につながらないところが多いのが正直なところだ。ただ、ファッションで新しいことを生み出したりトレンドを作り出す仕組みはやはり重要であり、消費者の声を生かしていくことと両面が大切だと思っている。お客さまの声を聞くだけだと、短期的には売上げ増につながっても、長期的にワクワク感が低下してしまうと売上げがシュリンクしてしまうのではないかと想定している。

――ファッションを通じた人材活性化にも注力している。

天沼社長:創業メンバーはコンサル出身が多いが、この業界で働く中で、ファッションが好きで、そのワクワク感が好きで働いている人の多さを実感している。一方で、スタイリストになりたくても、アシスタント時代の賃金や働き方などの問題から諦めてしまったという声もたくさん聞いた。そこで経済的な理由やライフステージの変化などの中でも仕事ができるように、パーソナルスタイリストとして活躍していただける仕組みを作った。従来のスタイリストのスタイリングは、雑誌や広告などでモノを際立たせることが求められることが多かったり、同じスタイリストが何人もいる現場というのは少なかったと思う。あるとしたらランウェイイベントぐらいだったかも。エアークローゼットでは、そこに横のつながりが生まれたり、パーソナルスタイリングの経験が積める。切磋琢磨してスタイリングのスキルを高めてもらえるように、毎月アワードを開催して表彰したりもしている。

また、ファッションデザイナーになりたい人を応援するプロジェクトとして、モード学園の東京・大阪・名古屋校と産学連携の取り組みを開始した。才能のあるデザイナーの卵が、経済的な理由や、モノを作るネットワークやコネクションがないことで開花しなかったという話もたくさん聞いた。200人の応募者の中からデザイン画で8人を選出。我々のコストで生産して、お客さまに着ていただき、フィードバックの声を作り手に戻す。社会でどのように受け入れられたのかが肌感覚でわかるため、今後の服作りに生かすことができるだろう。チャンスを与えることで、人材育成支援につなげたい。

――シェアリングサービスは、サステナビリティの文脈で語られることも多い。サステナビリティへの取り組みは?

天沼社長:自社で取り扱った商品は、前述した「エコセール」で販売するなど、洋服の形で活用できるものはそのまま最大限に活用する。破損したものなどについては廃棄衣料で作られたリサイクルボードの「パネコ(PANECO)」に活用するなど、焼却・埋め立て処分せずにリユース・リセール・リサイクルする“サーキュラーファッション”の基盤を築き、衣服廃棄ゼロを実現している。だが、これも模索中の部分がある。エシカルやエコの意識が進んだロンドンの大学に通っていたこともあり、以前から注視してきた。レンタルやシェアリングはロジカルで当たり前に合理的だが、配送を含めて脱炭素が実現できているかといえば、そうとは言い切れない。ただ、配送車が電気自動車などに変わっていけば排出量は削減されるだろうし、長い目で見たらシェアリングやサーキュラーファッションはサステナビリティにフィットしていると思う。企業の姿勢としても、社会責任としても重要なので、姿勢を正しながら取り組んでいきたい。

写真:西岡克
写真:西岡克

天沼聰(あまぬま・さとし)代表取締役社長 兼 CEO

1979年8月1日生まれ。千葉県出身。英ロンドン大学卒業後、2003年にアビームコンサルティングに入社しIT・戦略系コンサルタントに従事。2011年から楽天 (現楽天グループ)でUI/UXに特化したWebのグローバルマネジャーを務める。2014年にエアークローゼット(当時の社名はノイエジーク)を創業。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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