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【インタビュー】H&Mジャパン新CEOは35歳で2児の母 日本事業のミッションを聞く(前編)

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
H&Mジャパンの新CEOに就いたアネタ・ポクシンスカ北東アジア社長 筆者撮影

H&Mジャパンの新CEOとして、アネタ・ポクシンスカ(Aneta Pokucińska)氏が今春着任した。ポーランド出身の35歳で、2児の母でもある。学生時代にアルバイトで入社してから15年余りで「H&M」の最年少リージョナルマネジャーに抜擢され、日本と韓国を管轄する北東アジア代表取締役社長を務めることになったアネタ社長に、前編では日本事業のミッションや成長戦略と課題を、後編ではこれまでのキャリアや、直近に手がけてきた変革について聞いた。

アネタ・ポクシンスカ/北東アジア代表取締役社長(日本・韓国)

Aneta Pokucińska/Regional Manager/CEO H&M Japan and South Korea

PROFILE:1986年生まれ、ポーランド出身。大学生時代の2006年に「H&M」でアルバイトを開始。大学院に進む一方で、2011年にはポーランドのエリアマネジャーに就任。2014年には東ヨーロッパ地域のマーチャンダイジング(商品計画)責任者に。2018年にスウェーデン本社のマーチャンダイジング・グローバル責任者に昇格。2020年からグローバル・トランスフォーメーション責任者として「H&M」ブランドのオムニ&リージョナライズ変革を率いる。2022年1月に最年少リージョナルマネジャーに抜擢され、日本に赴任し、北東アジア(日本・韓国)地域を率いることに。8歳と5歳の2児の母。趣味は街歩き。

――「H&M」ブランドの日本と韓国の社長に当たるリージョナルマネジャーに就任しました。日本の市場や消費者動向などについて、どのような印象を抱いていましたか?

アネタ社長:昨年12月に正式に就任が決まったのですが、コロナのためにすぐに来日することができず、時差のある中、朝4時からオンラインでミーティングするなどしてしばらく現地から指揮したり、情報収集したりしていました。並行して日本を理解するために本を読んで市場や文化を勉強したり、ネットフリックスを見たりもしていました。日本は経済規模の大きな国で、デジタル面でも発達している一方で、消費者は現代的な生活を送りつつ、とても伝統を大切にしていると感じました。着任してから2カ月半で店舗のある広島、福岡、京都、名古屋、静岡などを訪れたのですが、グローバルブランドはもちろんのこと、ローカルブランドもたくさんあり、エリアによってその顔ぶれも異なっていました。起業家精神に長けていて、かつ、クラフトマンシップもあって。日本の市場は独特だと感じました。人口も多く、年代も趣向も幅広い方々がいらっしゃるので、「H&M」にとって無限の可能性があると改めて感じました。

――H&Mグループにおける日本の位置付けと、アネタ社長のミッションは?

アネタ社長:「H&M」はリージョン(地域)制をとっていて、(成長性や収益性などによって)ポートフォリオで分類され、それぞれにミッションがあります。日本のミッションの一つは、成長し、成功し続けることです。私のミッションは、成長し成功を続けるために、「H&M」のグローバルと日本をつなぐことと、顧客に合わせてローカライズをさせていくことです。日本には特有の消費者動向があるので、商品もサービスも顧客体験もより日本のお客様に合ったものを提供していくことが重要です。そのために強固なプランを用意しています。インターナショナルブランドとして継承すべきDNAや世界観、ビジネスモデルなどを活用しつつ、ローカライズを実現することに注力していきます。

――具体的なローカライゼーションの中身は?

アネタ社長:商品もサービスもデジタル施策も、ペイメント(決済方法)や機能性、コミュニケーションまで含め、顧客の期待に応えていきたいと思っています。一つは商品のローカライズ化です。サイズは数年前から取り組んできましたが、まだ足りていません。お客様とのコミュニケーションを増やしたり、アジアの他国で展開しているパターンを日本でも展開するなど、日本のお客様にアジャストしたものも増やしていきます。また、欧州では夏にはタンクトップやノースリーブなどを着て肌を露出する人が多いのですが、日本ではその上に羽織りものを着るなど肌や腕の露出が少ないスタイルが多いので、軽めのジャケットやカーディガンを充実させるなど、品ぞろえをもっと日本に合わせていきます。とくに日本には四季があるので、どのタイミングでどれだけ商品を提供するのかというマーチャンダイジングも強化します。今までになかった新しい商品を日本人向けに開発することにも取り組んでいきたいと思っています。ちなみに、2021年に行った(ヒップホップ系に人気の)BlackEyePatchとのコラボは日本向けに開発したものですが、メンズだけでなくウィメンズにも好評でした。また、子どもが幼稚園生の年頃なのですが、学校などから「こういうものを持ってきてください」といわれるアイテムが足りていません。とくに日本の親御さんはファッションだけでなく、リアリティを求めています。機能性素材のアイテムなども含めて、商品を強化していきます。実店舗とオンラインストアの品ぞろえも最適化します。顧客体験についてはグローバルでエコシステムが確立されているので、それを活用しながら、決済や機能性なども含めて、お客様にとって身近なブランドでいられるように取り組んでいきたいですね。すでに実行しているローカライズ施策で、お客様からの反応の良いものもあります。自信につながり、方向性が明確になっています。

――H&Mグループでは、2040年までに「クライメット・ポジティブ」を達成することを目標に掲げてサステナビリティに取り組んでいます。日本市場では成長とサステナビリティの両立をどのように図っていきますか?

アネタ社長:H&Mは「ファッションとクオリティを最良の価格でサステナブルに提供する」をスローガンに掲げ、成長とサステナビリティの両立を目指しています。サステナブルとグロースを同時に進めるのは、両者は密接につながり、2つがセットであり不可分なものだから。ブランドが大きいからこそ、責任も大きい分、アドバンテージもあり、社会に与えられる影響も大きいし、環境負荷を軽減するのに効果を発揮しやすいという面もあります。ただし、日本では(サステナビリティやESG、クライメット・ポジティブなどが欧州などに比べて)認知度が高くない部分があったり、日本特有の期待があると思います。もっとお客様を巻き込みながら、生活者のライフスタイルを変えていけるように努めていくつもりです。

――服から服へのサステナブルな商品の取り扱いが増えたり、本国スウェーデンではリサイクルシステム「Looop(ループ)」を導入するなど、循環型の施策も増えています。日本市場での取り組みの好事例は?

アネタ社長:3月にオープンした池袋店では、ワークスタジオ社の「パネコ(PANECO)」と協業して、不良品や廃棄服から作ったパネルや什器などの導入を始めました。また、古着回収(ガーメント・コレクティング)も進化しています。(注:2021年には世界で1万5944トンの衣類を回収。日本では2013年の開始以来、累計6733トンの衣類を回収。Tシャツ換算で約1346万枚相当)。5月末には、よりサステナブルな古着回収サービスの実現を目指して、日本企業のファイバーシーディーエム社とパートナーシップを締結しました。ローカルでリウェア、リユース、リサイクル、エネルギーに仕分け・活用していくことによって、カーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)を削減することができます。これからもさまざまな観点から環境負荷の削減や、啓蒙活動などに取り組んでいきます。

――欧州で先行しているリセール(再販)やサブスクリプションなど新たなビジネスモデルを日本で導入する計画は?

アネタ社長:リセールはM&Aしたリセールプラットフォームのセルピー(SELLPY)を通じて、昨秋からスウェーデンを皮切りにオンラインで実験的に販売を開始しました。スケールアップするかどうかは各国で検討していますが、重要なのは、サプライチェーン全体を考慮して、真にサステナブルに提供できるかどうか。しっかりと見極めていきたいと思っています。

――サステナビリティ担当責任者だったヘレナ・ヘルマーソン(Helena Helmersson)氏が本国のCEOを務めているのも、サステナビリティに力を入れている証とも言えますね。

アネタ社長:サステナビリティに関しては、何を信じて何に取り組むかを決めることも重要です。彼女の経験に基づくものも多く、インスパイアされますし、学ぶことも多いですね。

――日本では、百貨店やファッションビル、ショッピングモールや路面店などが主な出店立地となっていますが、これからの出店戦略は?

アネタ社長:実店舗単独ではなく、オンライン・デジタルと、実店舗の両方、オムニで、迅速に成長したいと考えています。特に今はデジタルを拡大中で、サイトのファンクショナリティ(機能性)やUI・UXを高めて、使いやすく、買いやすく、お客様にインスピレーションを与えるものにしていきます。また、先日の池袋店の出店を決めた理由でもありますが、オンラインで買い物をしている人が多いエリアに出店をしていきます。今、日本では117店舗を展開していますが、まだ拡大の余地があります。出店タイプとしては、ショッピングモールがまだ出店しきれていないと感じています。交通量の多いハイストリートの路面店や駅前立地などにもまだまだチャンスがあります。コロナ禍によって小売業の成功パターンや消費者の心理や行動も変化しています。これらをしっかりととらえて対応し、成長させていく方針です。

――担当する日本と韓国の事業の直近の状況は?

アネタ社長:コロナ禍で小売業の売上げは全般的に厳しくなりましたが、その分、「H&M」でもオンラインストアが伸びました。最近は全体の売上げも回復傾向にあり、日本・韓国ともにリバウンドをしています。とくに日本は入国制限緩和で外国人観光客の受け入れも始まるので、大きく伸びることを期待しています。

――「コス(COS)」や「&アザーストーリーズ(& Other Stories)」「アーケット(ARKET)」など、グループの他のブランドについて、日本での今後の展開予定は?

アネタ社長:「COS」は2014年に日本に出店し、現在は4店舗(青山店、銀座店、お台場ダイバーシティ、マリン&ウォーク横浜)とオンラインで展開していますが、とても好評を得ています。「&アザーストーリーズ」と「アーケット」はすでに韓国では展開していますが、どう拡大していけるか、日本での展開も含めて、検討していきます。

――H&Mの経営陣たちにコンペティターについて尋ねると、「競合は自分たち自身」と答えることは承知しています。そのうえで、超ファストファッションと言われる「シーイン(SHEIN)」や、「ユニクロ(UNIQLO)」「ザラ(ZARA)」などの動向をどう見ているのか教えてください。

アネタ社長:(笑)。スウェーデン本社でグローバルのマーチャンダイジング(商品計画)の責任者を務めていたこともあり、アメリカ、中国などを含めて世界中を飛び回って競合他社を見てきました。「ユニクロ」「ZARA」「H&M」はビジネスモデルやオペレーティングモデルが似ていますが、それぞれが異なるポテンシャルを持っています。また、「SHEIN」は「リアルタイム・ファッション」だと自ら言っているように、全く異なるビジネスモデルだととらえています。そんな中でも私たち「H&M」が長けているのは、先ほどもお伝えした、ビジネスの理念である「ファッションとクオリティをサステナブルに」に基づき、価格に対して価値のある、ファッション性と品質が伴った商品をサステナブルに提供することです。これが私たちの強みであり、チャンスだと信じています。

(後編は後日公開予定)

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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