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未曽有の物価上昇に日銀はどう対応すべきか 「オイルショック時代」の教訓とは #生活危機

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

 総務省が1月20日に発表した2022年12月の消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が104.1となり、前年同月比で4.0%の上昇となった。これは第二次オイルショックの影響で物価が上がっていた1981年12月の4.0%以来、41年ぶりの上昇率となった。

 日本の消費者物価はすでにバブル崩壊によって失われた30年どころか、40年以上前の水準となっている。しかもその40年前は第二次オイルショックの影響によるものであったという。この物価の上昇を受けて、我々の生活はどうなるのか、オイルショックから得られる教訓とは何かを探ってみたい。

「オイルショック」とは何であったのか。

 「オイルショック」という言葉から連想されるものにトイレットペーパーがある。スーパーマーケットの店頭からトイレットペーパーがなくなったのである。

 同様の事態を我々は近年、経験していた。2020年に新型コロナウイルスの国内感染の拡大により、マスクだけでなくトイレットペーパーなどの生活必需品、体温計などが販売店から消えた。これは物価の上昇によるものというよりも、いわゆるパニック心理が働いたものといえるが、オイルショック当時の状況を確認してみたい。

 1973年10月に第4次中東戦争が始まった。エジプトとシリアがイスラエル軍を奇襲攻撃したのである。イスラエルとエジプト・シリアをはじめとするアラブ諸国との間で戦争が始まったのである。

 2022年の世界的な物価高騰の背景には、ロシアによるウクライナ侵攻も大きな要因となっており、戦争が絡んでいたという、当時の状況に似た側面があった。

 第4次中東戦争を受けてアラブ諸国は禁輸措置を実施し、石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の引き上げを実施した。この結果、石油価格は一気に4倍となり、1974年の卸売物価が前年比27.5%、消費者物価指数は前年比23.2%も上昇したのである。

内閣府「物価」

https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je12/h10_data05.html

 給油所は相次いで休業、買い占めや売り惜しみ、便乗値上げなどが相次ぐ。トイレットペーパーや洗剤、砂糖などが不足するとの思惑から、各地で買い占めが起きた。しかし、この物価上昇は海外要因だけによるものではなかった。すでに日本の高度成長は限界に達し、国内需給が逼迫しており、それに石油価格の高騰がまさに火に油を注いだといえる。

 このときの物価上昇は原油価格の上昇をきっかけとした商品価格の上昇とともに、賃金も大きく上昇していた。雇用者報酬の増加が大きく物価上昇に寄与していたのである。

 この物価高騰という異常事態に対して、財政・金融両面においてきわめて強力な総需要抑制策が実施された。当時の日銀の政策金利である公定歩合は1973年中に4.25%から9.00%に引き上げられた。1974年度も総需要抑制策は実施され、この結果、需給ギャップ(経済の供給の伸び率と現実の需要の伸び率との乖離のこと)は拡大し、戦後初のマイナス成長となり、いわゆるスタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時に進行すること)に陥ったのである。

 これが第一次オイルショックと呼ばれたものである。そのあと第二次オイルショックが発生した。

 1978年10月に今度はイランにおいて反政府デモが激化し、原油の生産量が激減、同年12月には石油輸出が全面的に停止された。これが第二次オイルショックである。原油価格は約3年間で約2.7倍にも跳ね上がった。

 1980年の卸売物価は前年比14.9%の上昇、消費者物価は同7.7%の上昇となった。第一次石油ショックの経験が生きたこともあり、第一次オイルショックほどではなかったものの、インフレが発生したこともたしかであった。

 その後、1980年をピークに物価の上昇は沈静化し、1981年12月の消費者物価指数は前年同月比4.0%となった。こちらも第一次オイルショックほどではなかったものの、賃上げによる上昇が寄与していたこともたしかである。

今回の物価上昇は何が違うのか

 これに対し、2022年12月の前年同月比での4%もの上昇のなかで、賃金上昇による寄与度は大きくはない。原材料価格や原油などのエネルギー価格、そして円安などにも影響されたいわゆるコストプッシュ型のインフレである。

 今回の物価上昇も第一次オイルショックほどではないものの、食料品の値上げや電気代やガソリン代などが上昇し、家計を直撃した。

 注意すべきは今回の物価上昇をオイルショック時と比較して、正反対の対応をしていたところがあること。それは日銀である。賃金上昇による影響が薄いからといって、物価の番人である日銀が利上げとかではなく、反対に金融緩和を進めていたのである。

 第一次オイルショックの際に1973年の日銀の政策金利であった公定歩合は、年9%と戦後最高の水準に引き上げられていた。第二次オイルショックの際の1980年にもやはり年9%に引き上げられていた。

 オイルショック時も欧米の物価は上昇したが、現在の物価上昇も世界的な規模で起きている。このため欧米の中央銀行は正常化を行った上で大幅な利上げを繰り返していた。

 これに対して日本では、企業物価が前年比10%を超えるほどの上昇となっていたのに対し、消費者物価の上昇は遅れていた。それでも価格転嫁が予想以上に進んだこともあり、消費者物価指数が前年同月比4%にまで上昇し、日銀の物価目標の2倍となってきたのにもかかわらず、異次元緩和を続け、正常化にすら動いてこなかった。

 日銀は2022年12月に少し動いたものの、長期金利の変動幅を0.250%から0.500%に引き上げたのがやっとであった。つまり、デフレからの脱却を目指すとして行っている異次元緩和を続けている。しかも戦時下に米国や日本が行っていたような長期金利を低位に抑え込むイールドカーブコントロールや短期金利をマイナスに誘導するマイナス金利政策も続けているのである。

 長期金利を抑えるため行っているのが、大規模な国債買入であり、それによって国債の発行額の半分を日銀が保有することとなった。国債の銘柄によってはほとんどの国債を日銀が買い上げてしまったものもある。

 これは日本の債券市場の機能を低下させるだけでなく、中央銀行が国債を買い上げている財政ファイナンスを行っているような状況となっている。

 景気や物価に応じた自然な国債の利回りの形成ができなくなり、日銀によって抑えられてしまっている。これは我々が本来物価に応じた利子を受け取れないということにもなる。国債の利回りが抑えられれば抑えられるほどその反動が大きくなるというリスクも当然あろう。

 現在のようなペースで日銀が国債を買い続けていくとなれば、日本の債券市場の機能低下どころか、市場そのものが消滅しかねない。その結果、買い手が日銀だけとなり、あらためて財政ファイナンスが意識されて、日本国債の信認を毀損させる事態となりかねないというリスクも生じる。

 ただし、黒田総裁の任期満了により、3月か4月には日銀総裁が替わり、物価上昇以前に非常事態でもないのに続けていた異次元緩和を正常なものに修正してくることが予想されている。

 イールドカーブコントロールが解除されると日本の国債利回りは当然上昇してこよう。しかも物価が前年比4%、欧米の長期金利が2%台から3%台にあることを考慮しても、少なくとも日本の10年債利回りが1%を超えてきてもおかしくはない。

 これを受けて債券市場の機能が完全に回復していない状態のなかで国債利回りが予想以上に跳ね上がるリスクも生じる。それは株式市場や外為市場にも影響を与えよう。

 国債利回りの上昇幅により国の財政にも多少なり影響が出ることが予想される。長期金利の上昇は住宅ローンの固定金利も上昇させる。その半面、個人向け国債の10年変動タイプの利子も上昇してくることになる。

 日銀の金融政策の正常化には、マイナス金利の解除も必要となるが、この解除だけであれば、たとえば住宅ローンの変動金利に与える影響はそれほど大きくはない。その後、利上げまで踏み込めるのかについては経済実態など次第となる。

 世界的な物価上昇はここにきてピークアウトしてきており、欧米の中央銀行による利上げもペースダウンしつつある。ただし、ロシアによるウクライナ侵攻は続いており、不安定要因も大きいこともたしかである。

 日本の物価指数については、企業物価指数などはピークアウトしてくる可能性がある。ただし、価格転嫁や賃上げがこれからさらに進むとなれば、消費者物価指数は高止まりが続くことが予想される。オイルショック時のように賃金上昇が物価上昇とともに進むのであれば良いが、追いつけないとなれば、我々の生活はその分苦しくなる。それは少しでも利子の引き上げによって補填されるべきものであるが、日銀がそれを押さえ付けているのが現状である。

 日銀が金融政策を柔軟かつ機動的に行うためにも、金融政策の正常化が望まれる。その過程にあって、これまで付いてこなかった金利が付いてくることになる。金利の上昇そのものを知らない世代もいるとみられる。

 そして今後の見通しについて注意すべきは、欧米が利上げを急ピッチで進めた反動での、リセションと呼ばれる景気後退への懸念である。第一次オイルショック後に日本を襲ったスタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時に進行すること)が発生する可能性も否定はできない。リスクシナリオのひとつとしてこれも意識しておく必要があるかもしれない。

私たちの生活への影響

 最後に、生活に直接かかわってくる物価に対して、私たちはどう対処していけば良いのか。

 消費者物価が高止まりしてくる可能性があり、物価に応じた賃金上昇が行われないと、苦しい状況が続く可能性がある。ただし、物価上昇をきっかけとして、これまで他国と比べても賃金が上昇してこなかった日本でもやっと賃金の引き上げに動くという期待もある。

 住宅ローンなどへの影響も考えてみたい。長期金利に連動する固定金利については、今後さらに上昇してくることが予想される。長期金利の1%台程度はありうると書いたが、2%や3%に上昇するかは物価や経済、海外の金利動向など次第となる。

 日銀の短期の政策金利に連動する住宅ローンの変動金利については、日銀がゼロ金利政策に戻ったところで上昇幅は限られよう。そこから本格的な利上げが可能なのかどうか。こちらはかなり慎重に進められるとみられる。それでも、0.25%から0.50%あたりまでの利上げが行われる可能性もある。物価が上がってきている以上、超低位の金利がこれからもずっと続くという認識はあらためる必要があるのではなかろうか。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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