2008年に原油価格が高騰した際の日銀の対応
日本時間7日のロンドン市場で、北海ブレント原油先物の期近物が1バレル139.13ドルまで上昇し、2008年7月以来の高値を付けた。米国市場のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の先物は一時130.50ドルと期近物として2008年7月以来の高値を付けた。
原油先物価格が最高値を付けたのは2008年7月11日であった。この日のWTI先物価格は1バレル147.27ドルに達した。原油価格の上昇は消費者物価指数の大きな上昇要因となる。2008年7月の日本の消費者物価指数(除く生鮮食料品)の前年同月比はプラス2.4%と直近でもっとも高いものとなっていた。
当時の日銀はこの原油価格の急騰に対してどのような対応をしていたのか。
2008年7月の内外情勢調査会における講演において、日銀の白川総裁(当時)は、エネルギー・原材料価格の上昇という供給ショックに対して金融政策運営面でどう対応すべきかの考え方を示していた。
白川総裁は1970年代の石油ショックの経験なども踏まえて、先進国中央銀行間で共有されているオーソドックスな考え方として2つのポイントを指摘している。
「第1に、供給要因に基づく輸入コストの一時的な上昇に対しては、金利引き上げで抑え込むことは適切ではない、第2に、インフレ予想の上昇などを通じて二次的効果が発生する惧れがある場合には、金利引き上げで対応すべきである」
今回の商品市況の上昇は、中国やインドなど新興諸国を中心とした世界的な需要増加によるものであり一時的なものではない。このためインフレ予想などを通じての二次的効果(second-round effect)が発生するかどうかが注目点となるとしている。
白川総裁は輸入コスト上昇の下での金融政策運営という点で3つの判断ポイントを指摘した。
第1、原材料価格の高騰に伴う所得流出による内需の減少と、新興国・資源国を中心とする世界経済の強さを背景とした輸出の増加という異なる方向の力が、日本の景気に及ぼす影響をどうみるか、
第2、そうした景気情勢が物価に与える影響をどう評価するか、
第3、国際商品市況の上昇やその下での現実の物価上昇が、消費者のインフレ予想や企業の価格設定行動をどう変化させるか
この3つの判断ポイントを指摘した上で白川総裁は次のように述べている。
「現在のような経済情勢の下での金融政策運営について、よく「景気・物価の両睨み」という表現が使われます。しかし、単に両者のバランスをとるという折衷的アプローチではありません。景気と物価が異なる動きを示す際、金融政策運営上の判断基準が必要ですが、日本銀行を含め多くの中央銀行は、上述の第3のポイント、すなわち、予想インフレ率の安定が確保されているかどうかを重視しています。」
つまり物価の上昇リスクと景気減速のリスクが高まる中にあり、それぞれのリスクを注視する必要があるが、金融政策の運営にあたっては「予想インフレ率の安定が確保」されているかどうかがポイントとしている。
「現状、賃金の伸び率は前年比1%前後と落ち着いており、他のデータと併せて考えると、二次的効果が発生している訳ではないと思います。」と白川総裁は指摘している反面、「日本の経済主体のインフレ予想が変化する可能性も否定できません」としており、そのリスクもないとはいえない。
しかし、そのリスクが顕在化するまでは「利上げ」という選択肢は選びにくい半面、そのリスクを完全に否定できない限りは景気を重視しての「利下げ」という選択肢も取りにくい。以上のことから、当面の日銀の金融政策運営は「様子見姿勢」ということになったとみられる。
この際にはサブプライムローン問題という新たなリスクも発生していた。今回はロシアによるウクライナ侵攻がエネルギー価格をさらに上昇させる要因となるなど、2008年7月と状況は大きく異なる。しかし、日銀によるエネルギー・原材料価格の上昇という供給ショックへの対応は、とりあえずは当時と似たようなものとなるのではなかろうか。