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インフレを知っているか

久保田博幸金融アナリスト
(写真:イメージマート)

 米労働省が12月10日に発表した11月の消費者物価指数は前年同月比6.8%の上昇、変動の大きいエネルギーと食料品を除いたコア指数は同4.9%の上昇となった。前年同月比の伸びは、CPIは1982年6月以来、コア指数は1991年6月以来最大となった。

 米労働省が12月14日に発表した11月の卸売物価指数は前年同月比9.6%の上昇となった。前年同月比では2010年11月以来の大幅な伸びとなった。

 ドイツ連邦統計庁が11月29日に発表した11月の消費者物価指数は前年同月比5.2%の上昇となった。上昇率は1992年6月以来の大きさとなった。

 英国立統計局が12月15日に発表した英国の11月の消費者物価指数は前年同月比5.1%の上昇となり、2011年9月以降で最高となった。また英国の小売物価指数上昇率は7.1%に加速し、1991年3月以来の高水準となった。

 そして、日銀が12月10日に発表した11月の「企業物価指数」(速報値)は前年同月比プラス9.0%と、オイルショックの余波を引きずっていた1980年12月以来、約41年ぶりの伸び率となった。

 この物価水準がいつ以来の水準となったのかを確認すると、いまから30年程度から40年程度前の水準になったことがうかがえる。かろうじて現役世代でインフレ経験はいるものの、これほどの高い物価上昇を知らない世代がほとんどとなっている。

 私もインフレを知っている年代であり、金利があって動いていた時代を知っている。しかし、現役世代の多くは、物価は低迷し金利はほとんど動かない状態が日常であったかと思う。つまり我々のような戦後世代が戦争中の出来事は親たちの世代の話や記録映画などで知ってはいてもどこか昔話のように感じるように、多くの人達はインフレというものに実体験がない。

 それでは記録映画ではないが、昔のインフレの時代の状況を再確認してみたい。

 1973年10月、第4次中東戦争が始まる。アラブ諸国は禁輸措置を実施し、石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の引き上げを実施。この結果、石油価格は一気に4倍となり、卸売物価が前年比30%、消費者物価指数は前年比25%も上昇した。給油所は相次いで休業、買い占めや売り惜しみ、便乗値上げなどが相次ぐ。トイレットペーパーや洗剤、砂糖などが不足するとの思惑から、各地で買占めが起きた。日本の高度成長は限界に達し、国内需給が逼迫し、それに石油価格の高騰がまさに火に油を注いだ。

 この異常事態に対して、財政・金融両面においてきわめて強力な総需要抑制策が実施された。公定歩合は1973年中に4.25%から9.00%に引き上げられた。1974年度も総需要抑制策は実施され、この結果、需給ギャップは拡大し、戦後初のマイナス成長となり、いわゆるスタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時に進行すること)に陥った。

 1978年10月、イランにおいて反政府デモが激化し、原油の生産量が激減、同年12月には石油輸出が全面的に停止された。これにより第二次石油ショックが起きたが、第一次石油ショックの経験が生きたため、これによる影響は限定的となった。

 国債の流動化があまり進んでいなかったころに、国債は一度大きな暴落を経験した。それが、「ロクイチ国債」と呼ばれた国債の暴落である。1978年は当時とすれば低金利局面であり、4月にそれまで発行された10年国債の最低利率である利率6.1%(通称、ロクイチ国債)の国債が発行された。

 1979年4月以降は、本格的な金利上昇局面となり、国債価格は大きく下落した。景気拡大や原油価格の上昇により、6月にロクイチ国債の利回りは9%を超えてきた。1980年に日銀は2月、3月と立て続けに公定歩合を引き上げ、長期金利も大きく上昇し、ロクイチ国債は暴落した。4月にロクイチ国債の利回りが12%台にまで上昇し、金融機関がパニック状況に陥った。これがのちにロクイチ国債の暴落と称された。

 1985年10月に東京証券取引所に日本ではじめての金融先物市場が誕生した。債券先物取引(長期国債先物取引)が開始されたのであるが、この債券先物の標準物と呼ばれるものの利率は6%と設定され、現在に至っている。現在の債券先物の価格が150円台と100円で償還されるものが50円もオーバーしているのは、この6%という当時の利率が影響している。

 1986年1月から1987年2月にかけて5回にわたり、当時の日銀の政策金利である公定歩合が5.0%から2.5%にまで引き下げられた。特に第四次(1986年11月1日、3.5%→3.0%)、第五次(1987年2月23日、3.0%→2.5%)の引き下げは、円高対策のために行われた。その後、2.5%という公定歩合の水準は2年間維持され、これに伴いマネーサプライは、年率7.5~11.5%で上昇を続け、実質成長率も4~5%と高い伸びを示しました。いわゆる「バブル」が始まった。当時の2.5%という公定歩合は、かなり低金利との認識であった。

 この日本のバブルは、プラザ合意後の急激な円高に対処するための、度重なる利下げによる未曾有の金融緩和に加え、公共事業拡大による財政出動が要因とも言われていた。そのバブルの崩壊とともに、年功序列・終身雇用制度が失われ、賃金上昇は抑えられ、物価も低迷し、金利も低下した。その時代が30年あまり続いたのである。

 つまり現在の足下の日本の企業物価や欧米の物価水準は、まさに日本での失われた30年の前の水準に戻りつつあることがわかる。この水準が異常で、ゼロ%近辺にいる日本の消費者物価指数が適正な物価水準を示しているとの見方もあろうが、日本の消費者物価の異常な低さを疑問視する人もいると思う。

 新型コロナウイルスの感染拡大は世界の経済や物価を取り巻く状況を大きく変化させるとの見方がある。そうであるならば、物価水準そのものが変わり、インフレが懸念されるような状況となる可能もありうる。

 FRBはいち早く金融政策の正常化に向けて舵を切った。これは今後の物価上昇リスクもその要因であろう。少なくとも非常時ではなく平時の対応に戻した上で、あらたな状況に対応できるように修正してきたともいえるのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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