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どうして原油先物価格がマイナスとなったのか、先物取引の仕組みを含めて解説

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

 4月20日の原油先物市場で史上初の事態が発生した。ニューヨーク商業取引所のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物5月限は55.90ドル安のマイナス37.63ドルで引けた。一時マイナス40.32ドルに下落した。原油先物の指標のひとつといえるWTIの先物価格が初めてマイナスとなってしまったのである。

 今回の石油先物価格のマイナス化についてはいくつかの説明が必要になる。ひとまず原油価格そのものが下落した理由としては、新型コロナウイルスの世界的なまん延による経済活動の低下を受けて原油の需要が大きく後退したためといえる。

 価格は需要と供給によって決まるが、原油の供給そのものも過多となっていたところに、飛行機はそれほど飛ばない、人は移動しなくなるなどしたことで、石油そのものの需要が大きく後退した。先行きの需要も見えなくなっていた。

 米国内ではすでに原油在庫が貯蔵施設の能力の限界に達するとの見方が強まってきた。タンカーに積み込もうにも用船料が数倍に跳ね上がっているとの報道もあった。つまり供給過多で原油在庫が満タン近くとなっていた上に、需要が大きく後退し、供給は続くことで、まさに石油があふれんばかりとなりそうな事態となった。

 この需要減と供給過多で原油価格の下落圧力が加わったのである。それでも何故、原油先物価格はマイナスにまでなってしまったのか。

 今度は原油価格のそのものの動きではなく、「先物取引」の仕組みの説明が必要になる。日本の江戸時代の大阪堂島の米の先物が発端となって生まれたのが先物取引である。

 先物取引とは将来の一定期日に、今の時点で取り決めた価格で、特定の数量の、特定の債券(原商品)の受渡をする契約のことである。多くの参加者が一堂に会して取引できるよう、これらの項目を定型化し取引所で取引している。日本では大阪取引所に日経225先物や長期国債先物が上場されている。

 ちなみに江戸時代の堂島米会所では、米切手を売買するいわゆる現物取引の「正米商い」に加えて、米の先物取引である「帳合米商い」が行われた。帳合米商いとは1年を春夏冬の三期にわけて、それぞれ4月28日、10月9日、12月24日を精算日とし、各期に筑前・広島・中国・加賀米などのうちから1つを建物(標準米)として売買し、反対売買による差金決済を原則とする取引である。

 原油先物取引でのWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)とはこの標準米に相当するものであり、その名の通りの西テキサス地方の中質原油で、この原油は含有硫黄分が少なく軽質で、ガソリンや軽油が多く採れるといった特徴を持っている。取引量と市場参加者が多く、原油価格の代表的な指標となっている。

 堂島の帳合米商いで精算日があったように、WTI先物も精算日が存在する。2020年5月限(ぎり)の精算日は4月25日となり、3営業日前となる日が取引最終日となる。ただし、前月25日が営業日でなければ、25日の前営業日から3営業日前となる日に取引が終了する。つまり、WTI先物5月限の取引最終日は4月21日となる。

 原油先物取引で注意すべきは、その決済の方法にある。堂島の「帳合米商い」や日経225先物取引は、いわゆる差金取引で決済される。反対売買によって、売値と買値の差額で決済する方法である。取引最終日に建玉(たてぎょく)を残しても最終的には反対売買で決済される。

 これに対して長期国債先物取引や原油先物取引には現引き・現渡しという手段が存在する。最終取引日の最終取引までに反対売買を行うことで差金決済はできる。しかし、取引最終日に反対売買を行わなければ、買いと売りの建玉が残る。それは原油や国債現物の「現引き・現渡し」によって決済されるのである。

 通常の長期国債先物取引は1億円単位である(ミニは異なる)。もし個人が最低単位の1億円を買って、途中で反対売買した際に、大きな動きでなければ数万から数十万円単位での利益か損失が発生する(証拠金等は必要となる)。しかし、取引最終日に反対売買をしなければ、買い手は最低でも1億円相当の現金を用意して国債を引受けなくてはならず、売り手は1億円の国債を用意して渡さなくてはいけない。このため、大昔、長期国債先物の委託も受けていた私は、特に個人の取引の際には取引最終日の前に反対売買をしてもらうよう注意していた。

 今回の原油先物取引については、原油の生産者などに加え、ヘッジファンドなどが売買を行っていたとみられる。特に買い手が21日の取引最終日が迫り、もし現物、つまり原油そのものを現渡しされるとなれば、貯蔵する設備等が必要となる。WTI先物の現物を受け渡す場所があるオクラホマ州クッシングの原油貯蔵施設はあと数週間で満杯になると予想となっている。このため、保管についてのリスクが出てきたのである。クッシングは米国の中央部に位置することもあり、タンカーも使えないとの事情もあったようである。

 いずれにしても買い方が原油在庫を抱えるリスクを嫌がり、取引最終日が迫り、保管費用などを考慮するとマイナスの価格でも売却を急がざるを得なくなったというのが、今回の原油先物価格がマイナスとなった原因である。

 ちなみにまだ取引最終日が先となるWTI原油6月限は20日の時点でプラスの20.92ドルとなっていた(21日には11.57ドルに下落した)。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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