現在の金融市場を取り巻く状況は、30年以上市場を見続けてきた自分には異常にみえる。しかし、この異常な状況も結果として我々が選択してきた結果ともいえる。この状況が続いて、行き着く先はどのような景色になっているのかは想像できないが、あまり良い状況とはなっていないと思われる。

 米国と中国という大国が、覇権を巡って争い、通貨安競争まで仕掛けようとしている姿は1930年代を連想させる。

 1929年のウォール街の株価大暴落を契機として世界経済は恐慌に陥ったが、その際、各国は他国の輸出機会を抑え、自国産業の保護に傾斜した。各国の相次ぐ為替切り下げが実施されるとともに、1930年の米国のスムート・ホーレイ関税法の制定が各国の関税引上げ競争を激化させ、1931年のフランスの輸入割当制の導入が各国の報復的措置を招いた結果、貿易額は大幅に縮小し、景気低迷の長期化に拍車をかけた(経済産業省のサイトにアップされた資料より)

 たしかに「各国の関税引上げ競争」から「各国の相次ぐ為替切り下げ」あたりの状況は1930年代に似ている。1930年代の日本といえば、あの人が活躍していた。

 「1931年12月12日に犬養毅に組閣の大命が下り、高橋是清が再び蔵相に就任したときから、1936年の2・26事件で凶弾に倒れるまでの間、帝人事件で斉藤内閣が瓦解した直後の1934年7月から11月を除き、高橋是清は岡田内閣まで蔵相を務めていました。この期間において高橋是清蔵相が打ち出した政策が高橋財政と呼ばれています。」(拙著「聞け! 是清の警告」)。

 高橋是清は円安を放置させ、日銀による国債引受による財政政策を実施している。現在の日銀がデフレ脱却のためとして大量の国債を購入している姿は当時の日銀の動きと酷似している。むろん財政法で日銀による国債の直接引受は禁じられているが、市場から購入するとしても、大量の国債を日銀が買い入れていることにかわりない。

 いわゆるアベノミクスと高橋財政に酷似点があり、高橋財政がどうなったかを教訓に日銀は早期に出口に向かうべきとしたのが、「聞け! 是清の警告」を書いた理由であった。しかし、日銀は出口を模索しながらも深みにはまってしまい抜け出せない状況となり、今度は世界情勢が1930年代の状況に酷似するという状況に陥っている。

 「高橋是清発案の日銀による国債引受方式により、財政拡大の手段を与えてしまったことで、これにブレーキが掛けられなくなってしまったのです。その後の軍事費の増加により財政悪化には歯止めが掛からず、金利機能の活用を排除した統制措置に依存せざるを得なくなり、しかも結局は財政インフレーションの大規模な進展を阻止することはできませんでした。」拙著「聞け! 是清の警告」)

 「聞け! 是清の警告」を書いたのは2013年なので、2016年にまさか長期金利コントロールまで日銀が採用するとは考えてもいなかった。しかし、結果として「金利機能の活用を排除した統制措置」のような状況となってしまっている。

 1930年代のブロック経済が何を引き起こしたのか、高橋財政は結果としてどうなってしまったのか。それは言うまでもない。米中の「貿易摩擦」がいつのまにか「貿易戦争」と呼ばれるようになっていることも気掛かりではある。