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市場からの過剰な期待に中央銀行は応える必要があるのか

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループが公表する「フェド・ウオッチ」というものがある。これはFRBの金融政策の誘導目標値となっているフェデラルファンド(FF)レート先物を基に算出される市場が織り込むFRBによる年内の利下げ確率となる。先物の水準から逆算して、市場が予想しているFRBの政策変更を読み取ろうとするものである。

 日本にもOIS(Overnight Index Swap)取引と呼ばれる、一定期間の無担保コールレート(オーバーナイト物)と固定金利を交換する金利スワップ取引があり、ここから日銀の金融政策の行方を読み取ろうとするものである。

 金融市場の現場を体験してきた自分としては、何故このようなものが必要となるのかという疑問を持っていた。債券市場の現場に携わっている人達は、当然ながら肌感覚で中央銀行のスタンスを嗅ぎ分けようとしている。このような指標など必要はないと思っていた。ただし、市場の肌感覚から一歩離れて、市場における中央銀行の今後の予想を数値化してみるためのメディア関係者などに向けたツールなのかとも思っていた。

 FRBの金融政策の今後のスタンスを示すものとしていわゆるドットチャートと呼ばれるFOMC参加者の予想の集計がある。ただし、これはあくまで予想の集計であり、それが政策変更を意味しているものではないはず。ただし、FRBが今後の動きを示唆するツールとして利用しているのではないかとの見方もある。

 これに対して「フェド・ウオッチ」は、あくまで市場参加者の予想を数値化したものであったはずが、これがどうやら市場関係者が中央銀行に対してプレッシャーを掛ける手段のようなものとなりつつある。

 7月5日に発表された米雇用統計を受けて、このフェド・ウオッチによると7月のFOMCでの0.5%の利下げの可能性が後退し、0.25%の利下げとの予想になったようである。市場が0.5%もの利下げを織り込んでいたというのは、どうみても期待しすぎであろう。

 米国の物価はそれほど低迷しておらず、足元景気についても堅調さが継続している。なんといっても3日の米株主要3指数は揃って過去最高値を更新していた。そのようななかで利下げが行われること自体、本来であれば考えづらい。

 たしかに米中貿易摩擦などから世界的な景気減速への懸念が出てきた。自分でまいた種にもかかわらず、トランプ大統領はFRBに利下げを要求してきた。市場もそれに乗っかる格好で利下げをフェド・ウオッチというかたちで要求してきたかに思える。

 FRBとしても景況感の悪化は無視できない。正常化に向けたステップは停止せざるを得なかった。そこに多少の景況感の悪化で市場は利下げを要求し、利下げならば株は買いと最高値を更新させてきたかのような動きとなっている。

 米株主要3指数は揃って過去最高値を更新するなかでの金融緩和という状況はやはり異常と見ざるを得ない。本当に景気が悪化した際に、FRBが切れるカードを失ってしまっている可能性も出てくることになる。まあ、金融緩和策は計算上は無限にあるとの見方もなくはないが。

 7月30、31日のFOMCで0.25%程度の利下げが決定されることはないとは言えない。しかし、ここで利下げカードを切ると、市場はさらなる利下げを要求してこよう。金融政策というのは経済実態に即したものとならなくてはならない。予防的措置も必要であろうが、それも金融市場が先読みして環境が悪化しているような場合に限ろう。株価が過去最高値を更新するなかで利下げする必要性が本当にあるのであろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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