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日銀と債券市場の仁義なき戦い

久保田博幸金融アナリスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

いずれ陥るであろうとされた日本銀行と債券市場との仁義なき戦いが始まった。そもそもの発端は、債券市場参加者が忌み嫌うリフレ政策を安倍政権が取り入れたこにある。日銀が大胆な金融緩和を実施すれば物価が上がり、デフレは解消するとしたのが2012年11月に登場したアベノミクスである。

その手段として取りあげられたのが、2013年4月に日銀が決定した量的・質的緩和であった。日銀が国債を大胆に買い入れる。量とともに期間の長い国債も買い入れることにより、出口政策を遠ざけ、背信の陣を敷いた。そして大量の国債を市場から吸い上げることで債券市場の流動性も後退させることになる。

市場から大量に国債を買って量を増やせば自ずと物価は上がるはずだったが、上がらない。そこで日銀は2014年10月にさらなる国債の買い入れ増額を決定する。量的・質的緩和の拡大である。これで国債の年間発行額の9割を日銀が買い入れることになる。これにより民間で買える国債の量はさらに減った。国債の利回りそのものも抑えられ、民間資金による国債の運用の場は狭まった。それでも市場参加者はなんとか耐えていた。しかし、その我慢に限界が来るのも時間の問題となった。そのきっかけは2016年1月に日銀が決めたマイナス金利付き量的・質的緩和であった。

日銀のマイナス金利政策に市場は素直に反応し、10年債利回りどころか20年債利回りまで一時マイナスとなった。しかし、これによる民間での資金運用にマイナスの影響が出始めた。大手銀行や生保などのトップから批判が相次ぐなど、日銀にとって無視できない自体となった。

その結果、それを修正してイールドカーブを立たせて民間に運用益を確保させようと決定したのが2016年9月の長短金利操作付き量的・質的緩和となった。過去の政策を否定できないため、次々と足し算しか出来なくなった日銀の金融政策は長期金利操作を加えるという荒唐無稽の手段に出た。それまで長期金利はコントロール出来ないという日銀の立場をあっさり覆したのである。

長期金利を中央銀行がコントロールできるのか。そもそも物価をコントロールできるのかという大問題はとりあえず置いて、長期金利のコントロールについてあらたな社会実験が始まった。

日銀の長期金利のコントロールは国債買入オペという手段を通じて行うことになった。すでに債券市場では日銀の国債買入による影響が非常に大きなものとなっていただけに、細かな買入調節(細かいといっても100億円単位だが)によって、国債の利回りの跳ね上がりや下がりすぎにブレーキを掛けようとした。しかし、これもあくまで金利が上がりにくい環境にあればそれも可能たったのかもしれない。

ところがすでにFRBは利上げを行うなど非常時の対応が必要な危機的環境からは正常な段階に移行しつつある。原油価格も下げ止まり、リスク回避による円高圧力も後退した。欧米では物価がしっかりしつつあり、日本でも足元のコアCPIは前年比マイナスにあるが、近いうちに水面上に浮上し、前年比プラス1%程度あたりまで上昇してくることが予想されている。

さらにもうひとつ日銀には大きな課題が課せられていた。国債買入への限界である。来年度の国債発行額の減額もあり、日銀は言葉にこそ出せないがあれを行う必要がある。だから1月の中期ゾーンの国債買入を1回スキップしたのである。あれとは国債買入額の縮小(テーパリング)であった。

そんななかにあってのファンダメンタルズに即した長期金利の上昇を果たして日銀が抑制できるのかという課題が生じてきた。日銀としてはイールドカーブを立たせるためある程度の長い国債の利回り上昇は好都合となる。ファンダメンタルズに沿った長期金利上昇も本来容認したほうが、テーパリングにも好都合となる。ところが、長期金利についてはゼロ%と言ってしまった手前、ここをどう落とし前をつけるのかが課題となった。

その結果が2月3日の変則的な時間帯(14時ではなく前倒しの12時半)の指し値オペとなった。これにより市場との対話どころか、完全に債券市場参加者の多くを敵に回してしまった格好となった。通常の国債買入で日銀に5年超10年以下を売った業者などが馬鹿を見た。さらに3日の通常オペのスタンスからはある程度日銀は長期金利上昇を容認とも読み取れ、売却した業者も多かったのではなかろうか。ところが日銀は0.110%という0.100%でもなく0.150%でもない、何を考えているのかというレベルで指し値オペをオファーした。

この指し値オペで7239億円の国債を吸い上げてしまった。これでなんとか市場と折り合いをつけた(ように見えた)1月の中期ゾーンの減額分をより長いもので補充してしまった格好である。これで市場参加者と遺恨も残すこととなってしまった。

3日の12時半の「指し値オペ」の実施は、日銀がコントロールしようとしている長期金利を決定している債券市場のマインドを日銀はまったくと言って良いほど読めていないことを示すとともに、日銀は慌てると何をしてくるのかわからないという不安感も市場に与えることとなった。

6日は3日のゴタゴタがなければオペなしでもおかしくはなかったが、5年超10年以下4500億円、10年超25年以下1900億円、25年超1100億円を日銀は通常時間で国債買入オペをオファーした。すでに市場参加者は何が起きてもおかしくないとみており、これを受けて動くのは止めたように思える。

そもそも日銀は市場と対話する気があるのか。本音で意見交換できるのか、もしそれがそれが無理となれば、市場は日銀がコントロールすることなどできないことを市場自らが示してくることも今後予想されるのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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