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日銀総裁の発言の矛盾点

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

9月21日の黒田日銀総裁の会見内容と26日の黒田総裁の講演要旨が日銀のサイトにアップされた。ここから黒田日銀総裁の発言内容について確認してみたい。

イールドカーブ・コントロールに関して、「「総括的な検証」で示した通り、「量的・質的金融緩和」は、経済・物価の好転をもたらし、その結果、日本経済は、物価の持続的な下落という意味でのデフレではなくなりました。その主たるメカニズムは、実質金利低下の効果です。これを長短金利の操作によって追求する「イールドカーブ・コントロール」を、新たな政策枠組みの中心に据えることとしました。」としている(黒田総裁会見より)。

消費者物価指数の前年比マイナスが続く状態で「デフレではない」と主張することに矛盾はないのか。「デフレではない」とするのであれば、出口政策に何故転じないのか。実質金利の低下の効果を長短金利の操作によって追求することがどのようにしたらできるのか、などの疑問が浮かび上がる。

「イールドカーブ・コントロールを中心とする新しい枠組みでは、マネタリーベースや国債保有残高の増加ペースを操作目標とする従来の枠組みに比べて、経済・物価・金融情勢の変化に応じてより柔軟に対応することが可能です。結果として、政策の持続性も高まるものと考えています。」(黒田総裁会見より)

なぜ政策目標をこのタイミングで変更したのかといえば、最後の「政策の持続性」が意図されたことは確かであろう。結局、量と質で勝負できなかったので、昔の金利のスタイルに戻した格好となった。

「次に、「オーバーシュート型コミットメント」について説明します。日本銀行は、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続するという新しいコミットメントを導入しました。」(黒田総裁会見より)

ここで注意すべきところは「生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで」というところで、何気に物価目標をこれまでの総合から、いわゆるベンチマークのコア指数に変更している。もともと日銀の展望レポートでの物価の予想数字もコアであったことでコアに変更したのであろうが唐突な変更でもあった。

「金融政策には効果が現れるまでにラグがあることを踏まえると、実際に 2%を超えるまで金融緩和を続ける、というのは極めて強いコミットメントです。」(黒田総裁会見より)

さてここで26日の総裁の講演内容を確認すると興味深い指摘がある。

「当初「量的・質的金融緩和」は想定通りあるいは想定以上に大きな効果を発揮しました。消費者物価は2014年4月には1.5%まで上昇し、予想物価上昇率も明確に改善しました。」(黒田総裁の講演要旨より)

消費者物価指数は異次元緩和を導入した2013年4月あたりをボトムに前年比はプラスに転じ、2014年4月には1.5%まで上昇した。金融政策には効果が現れるまでに「タイムラグがある」としながら、まるで即時効果があったような指摘に矛盾がなかろうか。

消費増税が開始される2014年4月までの物価の上昇の要因は、欧州の信用不安の後退にともなうリスクオフの巻き戻しによる円安株高、さらに消費増税に向けての駆け込み需要と便乗値上げの動きなどが重なったものではなかったろうか。このあたりの分析は本来日銀が最も得意としているところだけに、このタイミングの物価上昇を無理矢理に異次元緩和の成果とするのは、その後の物価の落ち込み理由の分析を含め、日銀の説明にはかなり無理が生じることになる。

「この間の経験で分かったことは、わが国における予想物価上昇率の形成は、過去の実績に引きずられる傾向が強いということです。」(黒田総裁の講演要旨より)

これについてはいろいろと解釈も出てこようが、これで仮に物価の低迷を説明するとなれば、異次元緩和でもそのように予想の引き上げはできなかったことになる。今後についても足元の物価が前年比マイナスの状態となっている以上、「フォワード・ルッキングな予想形成」を一段と強化することは、かなり困難ということにもならないであろうか。

「マイナス金利導入後はさらに低下し、特に長めの年限の金利低下が顕著です。このマイナス金利と国債買入れを適切に組み合わせれば、2%の「物価安定の目標」の実現のために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促していくことができると判断しました。」(黒田総裁の講演要旨より)

これが今回の最大の矛盾点というか、良くわからないところである。マイナス金利導入後の長期金利の急低下を成果とするのであれば、何故その目標値をマイナスではなくゼロとしたのか。そもそもイールドカーブの形成がどのように物価に働きかけるのか。日銀が動かせるのは金利である以上、金利を操作したいのはわかるが、そこから物価にどのように波及するのか、その波及経路が明確にされていない。

「貸出金利は、厳しい競争環境の中でトレンドとして低下してきましたが、マイナス金利の導入によって低下幅が大きくなっています。また、長期金利や超長期金利の過度な低下は、保険や年金などの運用利回りを低下させるほか、企業における退職給付債務の増加などにもつながっています。こうした現象が、直接的にマクロ経済に及ぼす影響はそれほど大きくないと考えられますが、将来における広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性もあります。」

今回のイールドカーブ・コントロールの目的はここにあったと見ざるを得ない。マイナス金利と低下し過ぎた国債利回りにより、国内の金融機関は悪影響を受けた。さらに国債市場の機能低下も指摘されている。これはイールドカーブをスティープニングさせることで少しでも解消に向かうことが期待されることになる。今回の日銀の政策効果はさておき、あまりに国債の利回りに低下圧力を加えてしまったことで、それにブレーキを掛けたということになり、それにより政策の持続性も高めることが目的となろう。つまりそれで物価がより上がりやすくなるわけではないことで、説明に矛盾が生じているように思われる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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