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消費者物価指数を上げる工夫より重要なこと

久保田博幸金融アナリスト

6月26日に発表された5月の消費者物価指数は日銀が目標としている総合で前年比プラス0.5%の上昇、ベンチマークとなっている生鮮食品を除く総合、いわゆるコア指数は前年比プラス0.1%の上昇、食料及びエネルギーを除く総合、いわゆるコアコアは前年比プラス0.4%の上昇となった。

今回からは前年の消費増税の影響がなくなることで、この数字を前回までの日銀が資産した消費増税の影響分を除いたものと比較することになる。コア指数については前回が前年比ゼロ%となっており、また予想もゼロ%となっていたことで、やや予想を上回った格好となった。

生鮮食品を除く食料、宿泊料、外国パック旅行などがプラスに寄与した。しかし、原油安の影響により電気代、都市ガス代などのエネルギーが上昇幅を抑えた格好に。

今後の消費者物価指数はコア指数でいずれ7~9月あたりに前年比マイナスに落ち込むとの予想が出ているが、マイナスは一時的か。ただし、いずれにしても日銀の物価目標2.0%には大きな隔たりがある。

日銀の前田調査統計局長は、25日に内閣府で開かれた統計委員会で、日銀が公表している企業向けサービス価格指数の事務所賃貸と同程度の品質劣化が生じていると仮定すると、家賃は「消費者物価(CPI)全体を0.1ポイント以上、場合によっては0.2ポイント」押し上げるとの試算を示した。前田局長は統計委員会のメンバーで、個人的な意見と断った上で述べたそうである(ブルームバーグ)。来年8月に総務省は5年に1度のCPIの基準年改定を予定している。

消費者物価では「帰属家賃」が民間家賃から推計されて加えられている。持家の帰属家賃とは、「実際には家賃の受払いを伴わない自己所有住宅(持ち家住宅)についても、通常の借家や借間と同様のサービスが生産され、消費されるものと仮定して、それを一般市場価格で評価した概念的なものである。しかし、家賃はコアCPIの2割を占め、全体に与える影響が大きい。帰属家賃はほぼ一貫して前年同月比0.3~0.4%程度の下落率となっており、CPI全体の伸びを押し下げる要因になっていた。

日銀はこのあたりのことは重々承知の上で、2013年4月の量的・質的緩和政策を決定したはずである。2年程度の期間を念頭に置いて、2.0%の物価目標をできるだけ早期に実現するとした。この時点でも帰属家賃を加味して、原油価格の変動まで意識した上での2.0%のハードルは予想以上に高いものであったはずである。

しかし、前年比での物価が回復基調となっていたなかでの円安の影響もあり、異次元緩和導入後のコアCPIは1年後に前年比プラス1.5%まで回復した。しかし、それから1年後には途中、量的・質的緩和の拡大があったものの、前年比ゼロ%近くまで低下している。CPIがプラス1.5%となったのも、そこからゼロ%になったのも、日銀の大量の国債買入がどのように影響を与えているのかとの説明はなされていない。

日銀にとっては2年で2%で2倍といったような数字を前面に押し出したことが、かえって裏目に出たことになる。世界的なリスクの後退、米経済の回復とそれによる米国株式市場の上昇、そこに円安や公的年金当の買いも手伝って東京株式市場は上昇した。賃金等も政府の働きかけもあって回復している。

日銀がもう少しフレキシブルな金融政策であったならば、物価の居所はさておき、金融緩和の影響は出ているとの主張もできなくはなかったはずである。しかし、厳格な物価目標を設定したばかりに、その目標が達成出来ない以上、成果があったと言うことには無理がある。

日銀の前田調査統計局長の発言は、10年前の基準改定の際にも日銀が要望した「家賃の品質変化、特に建物の経年に伴う品質低下を指数に反映させることを検討してほしい」との意見の延長線上にあろう。しかし穿った見方から、CPIの基準の改定を利用して少しでも物価目標に近づけさせたいのかと取られてしまう可能性もある。

消費者物価指数は、量や気合いやレジーム・チェンジとかでは動くものではないことは、多くの日銀関係者は良くわかっているはずのものである。目標達成やその時期に縛られるのではなく、もう少しフレキシブルな金融政策に戻すことを考える時期に来ているのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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