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中央銀行の情報流出(リーク)

久保田博幸金融アナリスト

ECBのクーレ専務理事は5月18日に、招待客のみを対象とした非公開の会合で、市場に影響を与える内容の発言を行ったとされている(ロイター)。クーレ理事はECBが5、6月の購入を月間目標の600億ユーロよりも多くすると発言し、これをきっかけに外為市場ではユーロが急落したのである。

クーレ専務理事によると、債券相場の動きには季節的なパターンがあり、大抵7月半ばから8月にかけて流動性が低いことをECBが認識している。「(ECBとユーロ圏18カ国の中銀で構成する)ユーロシステムはこれを念頭に、対象を拡大した資産買い入れ策の実施において5月と6月の購入額を多めにした」という(WST)。

あくまで技術的なことながら、市場はまるで追加緩和かのような反応をしていた。それだけECBの今後の国債買入に敏感になっていたこともあろうが、クーレ理事に直接話しを聞いていた参加者が、そのタイミングはさておき仕掛けていた可能性も否定はできないかもしれない。

そういえば、FRBも2012年のFOMC政策決定の情報をメドレーに漏えいした疑惑で司法省の調査を受けているとの観測もある。

日本でも昔、同様の事態が発生していたことがあった。1998年3月11日に大手銀行からの高額の接待の見返りに、金融動向に絡む日銀の機密情報を公表前に流したり、新しい資金取引への入札参加を認めたりするなどの便宜を図っていた疑いで、当時の営業局証券課長が逮捕された(接待汚職事件)。

この事件に伴い、当日の松下康雄総裁と、福井俊彦副総裁が辞任し、日商岩井相談役の速水優が総裁となり、時事通信社の藤原作弥と日銀理事の山口泰が副総裁に就任した。

この情報漏洩は長年に渡って組織的に行われたものとされていたが、それは市場参加者にとっては当時、公然の秘密のようなものとなっていた。私も実際に日銀短観が発表日よりかなり前に出回っていたものを見た記憶がある。むろん、それをみたところで債券市場で行動を起こして儲かるようなものではなかった。手口情報を含めて本来出てはこないはずの情報が、ここだけの話として市場に一気に広まっていたような時代でもあった。

接待汚職事件もあって現在の日銀は情報管理は徹底しているとされる。日銀短観も総裁がそれを知るのは当日とされている。それを事前に知らされるのはごく限られたメンバーとなり、市場に出回るようなことはない。

ただし、決定会合の内容や政策変更については汚職事件以降も、なぜかテレビ局などを含めて大手マスコミが事前にリークすることもあった。金融政策決定会合が開かれている会議室はかなり厳重に情報管制が引かれていたようだが、どうも一部に逃げ道というか、日銀だけでは守り切れない逃げ道もあったようである。

しかし、そのようなリークもここにきてなくなっている。特に大きな政策変更となった2013年4月の異次元緩和と2014年10月の異次元緩和第二弾は、市場にとって完全なサプライズとなっていた。これは情報管理が徹底されていた面もあるかもしれないが、その決定過程ではごく少人数しか関わっていなかったことも要因ではないかとみられている。どうであれ情報が漏れないことは重要であるが、時に金融政策は市場のサプライズを抑えるために事前にその可能性を指摘することもある。イエレンFRB議長が年内の正常化(利上げ)の可能性を事前にアナウンスしているのも、市場に悪材料は事前に織り込ませて影響を抑えることが目的となる。金融政策では緩和はサプライズ、引き締めは市場に事前に織り込ませることが原則であり、これはリークとは言えない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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