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日米欧の量的緩和政策の違い

久保田博幸金融アナリスト

日銀やFRB、イングランド銀行、ECBなどが行っている(行ってきた)QEと呼ばれる量的緩和政策はそれぞれ違いがある。そもそもQEとか量的緩和という用語も適切なのかとの問題もある。このあたり歴史を追ってみてみたい。

QEとか量的緩和と呼ばれる金融政策は、通常の金利を操作する金融政策とは異なるものである。金融政策は政策金利と呼ばれる短期の期間で活発な取引が行われ、中央銀行が操作しやすい金利を操作目標にしている。日銀の政策金利は長らく公定歩合であったが、1995年3月の短期金利低め誘導以来、コールレートを操作目標にしている。コールレートのなかでも無担保コール翌日物はその取引量も多く、また日銀としてもオペレーションなどによってコントロールしやすいため、この無担保コール翌日物の金利が金融政策における操作目標とした。

この政策金利が実質的にゼロとなってしまった際に、新たな金融緩和策として登場したのが量的緩和策である。スイスやスウェーデンなどのように政策金利をマイナスとする手段もあるが、たとえば預金金利のマイナス化などはあまり現実的ではない。ECBもマイナス金利を導入したとされるが、あくまで政策金利の下限の部分である。日銀はいままで政策金利をマイナスにしたケースはない。短期債の利回りがマイナスとなったのは、日銀の政策金利とは直接関係してはいない。

日銀は2001年から2006年にかけて量的緩和政策を実施した。2001年3月に金融政策の目標を無担保コール翌日物金利から日銀当座預金残高という量に変更した。現在の日銀が行っている量的・質的緩和の目標はマネタリーベースとなっているが、これは市中に出回っているお金である流通現金と日銀当座預金残高を合計したものであり、違いは流通現金の部分だけとなる。あとの違いは国債の買入の量の思い切りの良さ、財政ファイナンスと認識されない施策も外して、長い期間の国債も買い入れるようにするなどとにかく大胆に国債を買い入れる点にあった。

2008年11月25日に米国の中央銀行であるFRBは総額8千億ドルのあらたな金融対策を発表した。内容は住宅ローン担保証券や証券化商品を買い取ることが柱となる。買取の中心となるのは住宅ローン担保証券(MBS)で、これを最大5千億ドル買い取る。さらに2009年3月18日のFOMCにおいては、向こう半年間に最大3000億ドルの長期国債を購入することを決定した。加えて最大7500億ドルのモーゲージ担保証券(MBS)と最大1000億ドルの政府機関債を年内に買い取ることも決定した。これらはFRBにより量的緩和第一弾(QE1)と呼ばれている。

2009年3月にイングランド銀行も量的緩和政策を決定したが、2009年の3月から11月の間に総枠2000億ポンドの資産(対象は主に英国債)を購入するといった形式を取っていた。つまり国債を買い入れる総額と期間を決めたのである。その後、3か月ごとに見直しがかけられ、同年5月7日に1250億ポンド、8月6日に1750億ポンド、11月5日に総枠の2000億ポンドといった総枠を拡大し。これが追加緩和のような格好となった。その期間中に予定額を買いいれればそれで終了となる。最終的には2012年7月に3750億ポンドに引き上げて、それ以降の引き上げは行っていない。

2010年11月3日のFOMCでFRBは2011年6月末まで米国債を6000億ドル追加購入するという追加緩和策(QE2)を決定した。2011年9月21日のFOMCでは残存期間6~30年の財務省証券4000億ドルを買い入れ、残存期間3年以下の財務省証券を同額売却するという、いわゆるツイストオペを決定した。

2012年9月13日のFOMCで住宅ローンを担保にした証券であるMBSを毎月400億ドル追加購入することを表明した(QE3)。2012年12月のFOMCでは、年末に終了するツイストオペの代わりに毎月450億ドル規模の米国債購入を決定した。ツイストオペでは、450億ドルの短期債を売って長期債を購入していたが、短期債を売却しない分、FRBのバランスシートは拡大する。MBS含めると月額850億ドルを買い入れることになる。このようにFRBは最終的には毎月の米国債とMBSの購入額が目標となった。このため、正常化に向けてはまずこの毎月の購入額を徐々に引き下げるテーパリングという作業が必要になったのである。

2010年5月に入り、ギリシャなど欧米諸国の財政不安にともなう市場の動揺に対し対応策が講じられた。5月9日に欧州中央銀行(ECB)は国債の流通市場に介入することを発表した。1999年のユーロ発足以来、欧州の中央銀行が国債の買入を実施するのは初めてである。ECBによる国債の買入目的は、日銀のように市場への資金供給が目的ではなく、あくまで市場機能の正常化が目的であった。金融政策への影響を避けるために、国債買入で放出した資金を回収する手段を講じた。

2012年9月のECB理事会では、市場から国債を買い取る新たな対策を決定した。買い入れ規模に上限は設けない。つまり無制限の買入であったが、これは実施されることはなく、欧州の信用不安の後退により、これは結局、なかったことにされた。そして、2015年1月のECB理事会で、FRBやイングランド銀行、日銀と同様の国債買い入れ型の量的緩和策の実施を決定した。これは信用危機対応型というよりもデフレ警戒によるものであった。ECBの指揮によりユーロ圏の各国中銀が2015年3月から国債を含めて毎月600億ユーロの資産を買い入れ、それを2016年の9月まで続け、買い入れ総額は1兆ユーロを超す見通しとなった。

ECBの毎月の買入額を決めて国債等を買い入れる形式はFRBと同様である。イングランド銀行は買い入れる全体の額をターゲットとしていた。それに対し、現在の日銀はマネタリーベースの規模そのものをターゲットとして、国債については日銀の保有残高や買い入れる国債の平均残存年数も示した。毎月の国債買入はそこから逆算し、償還分などを含めて決められる。日銀の場合には毎月の買入額がターゲットになっていない点により、テーパリングはFRBとは違ったかたちになる可能性がある。このあたりについては後日見てみたい。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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