日本の潜在成長率と長期金利
日銀の黒田総裁は会見で次のようなコメントをしている。
「わが国経済は、2回の消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。」
4月30日に発表された展望レポートの注釈によると、「わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、このところ「0%台半ば」と計算されるが、見通し期間の終盤にかけて徐々に上昇していくと見込まれる。」とある。つまり、黒田総裁が指摘している日銀推計の日本の潜在成長率は「0%台半ば」ということになる。ただし、展望レポートの注釈でも「潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当幅をもってみる必要がある。」ことも指摘している。
日銀の推計した潜在成長率が正しいものであるのかどうかはわからない。そもそも測定そのものが難しいことで日銀よりやや高めの数字を出しているとされる政府の推定値を含め、これを元に議論することは少し無理があるかもしれない。
たとえば2007年の福井総裁の当時も、総裁のコメントのなかに日本経済は潜在成長率を若干上回る成長を持続しているとのコメントがあった。消費者物価指数(除く生鮮)の推移を確認すると、2008年7月には前年比で2%を一時超えていた。グラフだけで見ると潜在成長率を上回る成長により物価が上昇したと見えなくもないが、当時の状況を振り返ると、原油価格や穀物価格などの上昇による石油製品や食料品の値上がりが主要因となっていた。翌年7月のコアCPIはマイナス2.2%となっていたように、潜在成長率との兼ね合いで説明することは難しい。
日銀の早川英男前理事は先日、ブルームバーグ・ニュースのインタビューで、経済の実力である潜在成長率が低下する中で日銀が掲げる2%の物価目標実現が近づいており、国債価格暴落の可能性が高まっていると警告していた。
早川氏は日銀が先月30日公表した展望リポートで、GDP成長率見通しを2013年度、14年度とも下方修正した一方で、コアCPIの見通しを据え置いたことについて、「成長見通しを大幅に下げて、物価は上がるとすると、それは普通に考えれば潜在成長率が下がったと考えるべきだ」と指摘した。
このあたり2%の物価目標ありきの展望レポートであり、潜在成長率の低下を意識しての数字であったのかどうか疑問である。そもそも展望レポートは日銀の調査統計局とかが算出しているものではなく、あくまで一応、日銀の政策委員の見方の集計である。
もし日銀は潜在成長率の低下により、デフレ脱却が可能としているのであれば、アベノミクスとはそもそも何が目的であったのかということになりかねない。むしろ政府の政策であれば、潜在成長率を高め日本の成長に向けた土台作りが求められるはずが、物価の上昇や雇用の改善をもって良しとして良いものなのであろうか。黒田総裁の発言には矛盾があるように思われる。
日本の長期金利は名目成長率と比較されることが多いが、ここにきても長期金利は0.6%という超低位で推移し続けているところをみると実質成長率と物価上昇率などよりも、日本の潜在成長率そのものだけを意識しているのではないかと思ってしまう。もちろんここには財政リスクプレミアムをほぼゼロと置いているというのも前提にあるのだが。
早川氏の指摘するような国債暴落が物価目標の達成と潜在成長率の低下で引き起こされるかどうかはわからない。長期金利を形成しているのは債券市場参加者の思惑であり、それに変化が生じるきっかけとなるかどうかは未知数である。ここにきての経常黒字の減少(2013年度は7899億円と比較可能な1985年以降過去最低)などを見ても、日本の基礎体力がなくなりつつあるように思われることも確かである。
今後の長期金利のシナリオを描く上で、日本の潜在成長力が低下しているとすれば、その影響をどのように捉えていくべきか、物価との兼ね合いを含めて考えておく必要がある。その意味で早川シナリオも念のため考慮しておくべきものなのかもしれない。