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ビットコイン問題に見る通貨とは何か

久保田博幸金融アナリスト

ビットコイン取引所のMt.Gox(マウント・ゴックス)のサイトがアクセス不能となり、当面全ての取引停止を決定したと発表した。ロイターによると、マウント・ゴックスは実質消滅した状態となっているそうである。ウェブサイトは停止し、創設者の所在は不明、東京の事務所は抗議する利用者を除いてはもぬけの殻となった。

この問題が今後どのような結果を招くのかは、現時点ではわからない。ビットコインについては、国や制度にとらわれない新たな国際通貨への期待もあったが、その発明者などははっきりせず、かなりグレーな部分も多く、利便性と信認が秤に掛けられていたような状況にあった。

今後もこのような仮想通貨が出てくることも考えられるが、そもそも通貨というものは突然生まれたものではない。ここで通貨の歴史を紐解いて、通貨というものは何であったのかを再確認してみたい(拙著「マネーの歴史(世界史編) Kindle版」より一部引用)。

通貨などのお金の役割として、交換ができること、その価値を保存できること、物の価値を測ることができるという3つがある。ビットコインは他通貨と交換ができなくなったことで通貨としての役割が失われたことになる。ちなみに日銀券には法律に定められた無制限の強制通用力がある(日銀法第46条第2項)。強制通用力を有する貨幣による支払いは最終的なものとなり、受取人は受け取りを拒否することができず、これにより決済は完了することになる。ただし、これも日本国の信認が低下し、仮にハイパー・インフレのようなことが起きれば、いくら法律で定められたといっても現実には受け取りを拒否されるような事態もありうる。

古代にお金として使われていたものは、共同生活において利用価値が高いこと、貴重なもの、さらに保存がきくといったものが選ばれた。これらは「物品貨幣」と呼ばれている。文献などに残っている世界最古の貨幣は、古代中国の殷王朝(紀元前1600~1046年)で貨幣として使われた「子安貝」とされる。「子安貝(タカラガイ)」は、当時たいへん貴重な貝の種類であった。貝という漢字も、タカラガイのなかの「キイロダカラガイ」という種類の形から生まれた象形文字だそうである。貨幣とか経済に関しての漢字には、「買」「財」「貴」「賓」などのように貝のつくものが多いことも、古代中国で貨幣として使われていたことに由来する。ちなみに「売」という漢字も元々は「賣」(旧字)である。

その後、お金の役割をしていた貝は、やがて自然のものから貝を真似て作られた銅製品に変化した。銅や銀は貝などに比べて耐久性が優れ、運搬性にも優れているため、金属が貨幣素材に利用されるようになった。その後、商工業などの発達に加え、銅や銀の産出や加工といった技術の向上により、金属貨幣が幅広く使われ始めた。金や銀、銅などの貴金属金属は腐ったりすることがなく耐久性があり、他の金属を加えることで硬くなり、また分割したり足し合わせたりすることが比較的簡単にできる。さらに少量でも交換価値が高いことで持ち運びにも便利となる。

古代においては「ソリドス金貨」や「五銖銭」、「開元通宝」などの通貨が数百年にわたり使われていた。これはそれらの通貨への信認とともに、流通量も多く使い勝手の良い通貨であったためと思われる。

中国の唐の時代の後期には、茶・塩・絹などの遠距離取引が盛んになるなど商業の発達に伴い銭貨の搬送を回避する手段として「飛銭」と呼ばれた送金手形制度が発生した。高額商品の売買には銭貨の「開元通宝」などでは量がかさんでしまう上、途中での盗賊などによる盗難の危険もあった。このため、長安や洛陽などの大都市と地方都市や特産品の産地などを結んで、当初は民間の富商と地方の商人との間によって「飛銭」という送金手形制度が開始された。

これはたいへん便利なものであるとともに、手数料収入に目を付けた節度使(地方の軍司令官)や三司(財政のトップ)などもこれを模倣した。飛銭を利用する際に使われた証明書(預り証)が、宋代になると交子・会子・交鈔・交引などと呼ばれ、証明書それ自体が現金の代わりとして取引の支払に用いられるようになった。特に四川地方で発行された交子は世界史上初の紙幣とされている。

中国で世界最初の紙幣が誕生したのは、貨幣の材料となり、貴金属などの産出が限られていたこともあるが、宋や元の時代の国家権力が強かったことも要因と指摘される。それとともに遠隔地との交易など商業の発達がそれを促したものといえよう。忘れてならないのは、紙そのものが中国で発明されたものであり、さらに印刷術も発達していたことが、紙幣の発行を可能にしたといえる。

紙幣はたいへん便利なものであったことで、その需要が増え、それに目をつけた政府は軍事費に当てるための財源として交子を乱発しその価値を失ってしまった。その後、新たな紙幣を発行するものの、やはり信用を落としてしまい、最終的には銅銭が復活することになった。

通貨として流通するものに対しては、法律による強制権がない場合には特に一定の価値が維持されていることや、人々の信認を高めることが重要となる。ビットコインは高度なソフトウエアのアルゴリズムに基づいて価値が保存されるとするが、この仕組みが広く一般に理解されることは難しい。さらに信認については、グレーな部分が大きくそれが拡がりを見せる前に問題視されて現在に至る。

貝だろうが石であろうが、金であろうが電子上のものであろうが、希少価値のあるものを通貨にしようとの試みは人類の歴史上、ずっと続けられてきた。しかし、現在は紙に印刷された紙幣そのものに価値はないにも関わらず、法律で定められた強制権を持つ紙幣がその価値を保存させ信認を得ている。

もちろんドルやユーロなどに比べて、小さな国の紙幣への信用度は異なるかもしれない。それでも国の発行する紙幣が現在は最も使い安いことも事実である。ただし、もしアマゾンやグーグルなどが取引に自らの通貨に当たるものを出してくると、真の意味でのグローバル通貨が出てくる可能性を否定はできない。ただ、ビットコインについてはどうやら「仮想」の通貨であった可能性が高いように思われる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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