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日銀の物価目標達成に審議委員から異議あり

久保田博幸金融アナリスト

日銀が公表した10月31日開催の金融政策決定会合議事要旨によると、「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の決定において、白井委員からいくつか記述に関する指摘があり、金融政策運営について、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた「道筋を順調にたどっている」から「道筋を緩やかにたどっている」に変更することを内容とする議案が提出され、採決の結果、反対多数で否決された。

佐藤委員からは、見通し期間後半にかけての物価見通しについて「2%程度に達する可能性が高い」から「2%程度を見通せるようになる」に変更する。中心的な見通しについて「2%程度の物価上昇率が実現し」から「2%程度の物価上昇率を目指し」に変更する、物価見通しのリスクについて「上下に概ねバランスしている」から「下方にやや厚い」に変更する、を内容とする議案が提出され、やはり否決された。

木内委員からも、見通し期間後半にかけての物価見通しについて「物価安定の目標である2%程度に達する可能性が高いとみている」から「上昇幅を緩やかに拡大させていくことが見込まれる」に変更する、などを内容とする議案が提出され、否決された。木内委員は11月26日の講演で、「私自身は、2年程度という短い期間で2%の物価安定の目標を達成することは容易でないだけでなく適当でもない、と考えています。」と発言している。容易ではないというより、適当でないとしている点に注意したい。

さらに11月13日の講演で宮尾審議委員は、中長期的なインフレ予想が高まっていく可能性が相応にあると私自身はみているとしていたが、経済・物価見通しに対するリスクについて私自身は全体としてみればやや下振れリスクを意識していると指摘した。「景気が良くなると物価が上昇する」という例を挙げており、物価を上げることを優先していたはずの異次元緩和の基本概念とは異なる見解を示した。

日銀のリフレ政策の基本概念を安倍氏に伝授したとされるアベノミクスの仕掛け人の一人、浜田宏一・内閣官房参与(イエール大学名誉教授)は15日の都内の講演で、2%の物価目標が達成できなくとも景気への好影響が確認できればよいとし、岩田規久男・日銀副総裁が物価目標未達を理由に辞任する必要はないと指摘した。こちらはすでに2%という錦の御旗を下ろしてもよいとの指摘である。

今年4月に決定された日銀の異次元緩和は、コアCPIの2%という物価目標に対し、2年程度の期間を念頭に置いて、早期に実現するのが目的である。その2年以内の2%の達成について異を唱える審議委員が少なくとも3人いることがはっきりした。それぞれ言い分は違うことで、各自の議案提示となったが、要するに目標達成は困難であり、それに縛られる政策から脱すべきとの意見であろう。

宮尾委員は講演内容を見る限り、執行部(総裁・副総裁)が主導する2%達成について異は唱えてはいないものの、金融政策で直接物価を上げるといった表現を避け、さらに物価を含めての下振れリスクを意識していることを表明し、執行部とはやや論調が異なることを示している。

2%の物価目標に対してはそれを持ってきた浜田宏一氏がすでに下ろそうとしているが、日銀はそう簡単に下ろせるものではない。4月の決定会合以降の会合では全員一致で現状維持となっており、一見一枚岩のように見えるが、実はそうではなく、審議委員6名中、4名がやや執行部と距離を置きつつある。残りの森本委員は動きづらい面もあろうが、銀行出身の石田委員の今後の動向も気になる。

日銀の金融政策は委員会制となっており、多数決で決定される。そのなかで執行部と意見を異にする委員が徐々にではあるが増えてきている。仮に9名中4名が意見を異にするとなれば、あと1人でひっくり返る。アベノミクスの勢いに押され、リフレ政策に一気に舵を切らざるを得なかった日銀ではあるが、その矛盾は次第に表面化する。29日には10月のCPIが発表されるが、今後のCPI予想については、消費増税の影響分を除くとまもなくピークアウトするとの見方が多い。そもそも異次元緩和が物価に働きかけないとなれば、物価目標達成のための追加緩和の意味はない。物価ではなく景気回復の後押しのための金融政策に舵を戻しておかなければ、追加緩和を含めて矛盾が拡がりだす懸念がある。慌てる必要はないが、壮大な実験はあくまで実験であり、正常な金融政策に戻すための方策もそろそろ考えておく必要もあるのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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