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アベノミクスの最大の欠点

久保田博幸金融アナリスト

内閣官房参与の本田悦朗・静岡県立大学教授は23日の都内における講演で、日銀は来年4月以降に追加緩和を辞さない姿勢を明確にして欲しいと述べ、追加緩和手段としては、住宅ローン担保証券(MBS)などリスク性資産を買入れるのが望ましいとの見解を述べたそうである(ロイター)。

追加緩和は3%の消費増税で期待インフレが腰折れしないようにするためだそうだが、消費増税は当然のことながら、物価の上昇を招くことになる。たとえば、日銀の政策委員によるコアCPI予想(2013年7月の見通し)は+2.6~+3.7%だが、消費税率引き上げの影響を除くケースでは、+0.6~+1.7%となっている。

消費増税で庶民の物価観としても物価は上昇すると認識するのではなかろうか。むろん、消費増税による景気への悪影響で物価だけが上昇するが、景気は腰折れという事態は好ましくはない。これは私自身がいまだに良くわかっていないが、「期待インフレ」というものを低下させることになるのであろうか。本田氏の言うところの「期待インフレ」とはいったい何のことなのであろうか。インフレ予想ではないのか。

本田氏は、物価連動債と普通国債の利回り差を示すBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)は、「物価連動債の市場が薄いものの、期待インフレ率の大きな方向性は示している」とし、「現在は消費増税の影響を除いて1.3%~1.4%程度まで上昇している」と指摘した(ロイター)。

このBEIの1.3%~1.4%程度とは先日発行が再開された3000億円の物価連動国債ではなく、既発債の数値かと思われる。そこには当然ながら消費増税による物価上昇分も加味されている。ちなみに新発債のBEIは1%程度とみられ、異次元緩和による効果をここから測定するのは難しい。しかもこれは市場のなかでも一部の物価連動国債を売買している市場参加者の物価観を現しているにすぎず、需給や債券相場そのものの影響も受ける。市場参加者によるところの期待インフレを示すとしても参考程度にしかならず、その数値そのものも期待されるほどのインフレを示していないのが現状である。

ところで本田氏が述べた追加緩和におけるMBSの買入だが、たしかにその市場は決して小さくはない。日銀が資金循環統計発表の際に出した資料、「証券化商品残高の集計」によると機構MBSは6月末で10.6兆円となっている。

ただし、国債と同規模となっている米国でのMBSと比べれば、日本のMBS市場は国債市場に比べると極端に小さい。FRBがMBSを購入することで、金利全般を押し下げ住宅ローン金利に影響を与えた。しかし、日銀がMBSを購入することで、何に作用させようとするのであろうか。住宅ローンの金利を下げたいのであれば、変動であれば現在のゼロ金利政策を末永く行えば良く、固定であれば長期国債の利回りを抑える必要がある。つまりMBSを日銀が購入して、どこかに何かメリットがあるのであろうか。住宅支援機構がMBSを発行しやすくなるかもしれないが、発行に困っているわけではないはず。ちなみに国債も政府が発行に困っていないにもかかわらず、日銀が勝手に大量に購入している。

さらに本田氏は「第一の矢、強力な金融政策であり、これによるデフレ脱却前に成長戦略を進めると需給ギャップは拡大してしまう」との見解を強調したそうだが、それでは大胆な金融緩和は、何を通じて何の効果を与えるというのか。追加緩和にはリスク性資産を買い入れるべきとの発言を含め、どうも報じられた本田氏のコメントは矛盾に満ちている。アベノミクスの最大の欠点はこんなところに存在しているのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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