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私の大胆な金融緩和と安倍首相発言

久保田博幸金融アナリスト

安倍晋三首相は9月17日にメリルリンチ日本証券が都内で開いた投資家向けの会合にメッセージを寄せ「明らかに今の日本は買い」と強調した。ニュース報道によると、この際に次のようなメッセージがあったようである。

「日本は、15年もの間デフレに苦しみ、つい最近まで行き過ぎた円高にあえいでいました。しかし、私の「三本の矢」の経済政策によって、景色は一変しました。今年に入って年率3%以上の成長を遂げています。」

「明らかに日本は買いです。その理由は、私の大胆な金融政策だけではありません。日本企業の高いポテンシャルにあります。」

「そして、私の成長戦略は、規制改革を突破口にして、そのポテンシャルを、思う存分、発揮させるためのものだからです。」

いわゆるアベノミクスがスタートしたのは昨年11月からである。ユーロの信用不安が後退しつつあり、世界の景気が回復基調になりつつあるタイミングで、リフレ政策を登場させた。絶好のタイミングとばかり、ヘッジファンドの仕掛けも呼び込み、急激な円高調整とそれによる株高を演出した。たしかに景色は一変した。円安による日本経済への影響は当然あろうが、それは市場にサプライズを与えたことによる。

それについてはさておき、首相の今回の発言にはいくつか問題がありそうである。そのひとつ「明らかに日本は買いです」との表現である。これは投資において禁止されている断定的判断の提供に抵触する可能性がある。国のトップがその国への投資を勧めることには問題はないが、日本は買いとの表現に、いま日本の株を買えば間違いなく儲かるというような意味合いが込められているとすれば問題ではなかろうか。

実はそれ以上に問題となりそうなのが、「私の大胆な金融政策」という表現である。

「日本銀行法第3条第1項では、「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」として、金融政策の独立性について定められています。また、同第5条第2項では、「日本銀行の業務運営における自主性は、十分配慮されなければならない」として、業務運営の自主性について定められています。」(日本銀行のサイトより)

金融政策を決定するのは日銀の政策委員であり、多数決で決定される。政府のトップが決めるものではない。政府出席者には議案提示の権利や議決延期請求権しか与えられていないはずである。安倍首相は日銀法の改正もちらつかせていたが、その日銀法は改正されておらず、日銀の独立性は維持されているはずであり、この発言は問題であろう。

ただし、今年4月4日の日銀の異次元緩和は安倍首相の主張をほぼ100%取り込んだものとなり、首相が「私の」大胆な金融政策と称してもおかしくはないものではあった。事実はそうであっても、それを海外投資家の前で正々堂々と主張するのはいかがなものか。

人気ドラマの半沢直樹では「倍返し」というフレーズが何度も使われている。4月4日の日銀の異次元緩和もコアCPIの2%という物価目標に対して、2年程度の期間を念頭に置いて、早期に実現するため、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で「2倍」程度とし、長期国債の平均残存年数を現行の「2倍」以上にするというものである。つまりこちらも「倍返し」と言える。

さらにこのドラマでは「俺は上の指示で動いているんだ」との発言も何度か出ていた。まさか日銀も上の指示で動いていたわけではないと思うがどうであろう。もし異次元緩和の副作用が出た際に、「俺はそんなことを指示した覚えはない」との発言が上から出ることはないと思うが、とにかくトップの発言には細心の注意が必要ではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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