何故、日銀は戦力の逐次投入をしないのか
7月11日の日銀の金融政策決定会合は12時前に終了し、金融政策については全員一致で現状維持を決定した。4月4日の異次元緩和と称された「量的・質的金融緩和」の導入以降、4月26日、5月22日、6月11日と今回の7月11日の会合すべてが、全員一致での現状維持となっている。
この間の足下の景況感については、下記のように表現が変わってきた。
4月4日、「わが国経済は下げ止まっており、持ち直しに向かう動きもみられている」
4月26日、「わが国の経済をみると、下げ止まっており、持ち直しに向かう動きもみられている」(展望レポート)
5月22日、「わが国の景気は、持ち直しつつある」
6月11日、「わが国の景気は、持ち直している」
7月11日、「わが国の景気は、緩やかに回復しつつある」
7月11日で7か月連続での足下景気の上方修正となり、7月1日の日銀短観での景況感の改善もあり、7月11日は表現が大きく変わり、2011年1月以来2年半ぶりに「回復」との文字が入った。政府の先を越しての回復宣言となる。
東京株式市場は5月に米FRBの量的緩和縮小観測などをきっかけに、いったん調整が入ったが、再び回復してきており、市場から日銀に対する追加緩和要求は後退しつつある。日銀の黒田総裁は「戦力の逐次投入はしない」と発言しており、追加緩和の要求を退けている。これは市場のセンチメントも大きく変わりつつあり、中央銀行への過剰な期待そのものも後退してきていることも、戦力投入の必要性を後退させている。
ECBやBOEは追加緩和をする変わりに、フォワード・ガイダンスを導入し、中央銀行の保有資産の拡大から、いわゆる時間軸政策に軸足を移している。FRBも年内に量的緩和政策を今年の後半に縮小するのが適切との見方をしているFOMCの参加者(投票権を持たない地区連銀総裁含む)が半分近く存在している。縮小緩和時期については、予断を与えないようにしているが、早ければ9月あたりから開始かとの見方もある。裏を返せばそれだけ状況が好転してきていると言うこともできる。
2007年のサブプライム問題の発生から、2008年のリーマン・ショックを経て、2010年にはギリシャをきっかけに欧州の信用不安が強まり、世界の金融市場を混乱させるとともに、世界経済にも大きな影響を与えた。その結果が、日欧米の中央銀行の次元を超えた緩和策の投入となった。そのリスクは大きく後退した。中国などのリスクあるにせよ、米国さらには震源地であった欧州の景気についても今後は改善してくることが予想される。日本ではアベノミクスによる円安誘導も手伝い、いち早く景気回復に漕ぎ着けた面もあり、日銀が追加緩和を行うような状況にはない。
日銀としては株式市場や外為市場の顔色を伺いながら、政策を変更する必要はない。リフレ的な異次元緩和を行ったことで、政府が日銀法改正をちらつかせて追加緩和要求を突きつけるような状況にもない。
本来であれば、そろそろ日銀も出口を意識してきて良いはずであるが、物価目標がそれを許さない。日銀が戦力の逐次投入をしないですむ環境がこのまま続くとなれば、欧米の中銀からみれば非常時の対応であったはずの異次元緩和を続けざるを得ない。
このまま景気が回復基調となり物価もプラスに転じれば、日銀の予想していたような好環境となるが、それでも物価目標が達成されない限りは、ブレーキは掛けられない。年末までにFRBが量的緩和を停止できるような状況となれば、日銀だけが一人、異常な緩和策を継続することにもなりかねない。
高橋是清はインフレの兆候が出てきたところで、ブレーキを掛けようとして失敗した。日銀は緩和策としての戦力の逐次投入はしないのかもしれないが、金融を取り巻く環境が変化すればそれに応じた金融政策が求められる。金融政策は当たり前だが、緩和だけをするわけではない。景気が回復したと認めた以上は、今後の政策についても見直す必要が出てこよう。もちろんすぐに手を打つべきというわけではないが、あらゆる局面を想定しておくことも必要となろう。