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3月の原油価格が急落した理由

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

国際原油価格が値下りしている。1~2月にかけては1バレル=50~55ドル水準の高値圏で取引されていたのに対して、3月下旬には47~50ドル水準までコアレンジを切り下げている。これは、石油輸出国機構(OPEC)が協調減産で合意した昨年11月30日以来の安値であり、原油価格に強力な逆風が吹いていることが確認されている。

原油価格は昨年2月11日に26.05ドルを付け、2014年前半までと比較すると約四分の一の価格水準まで落ち込んでいた。しかし、急激な油価低下はシェールオイルなどの高コスト原油に対して生産調整を促す一方で、世界経済の回復と連動して需要が大きく上振れした結果、昨年後半の原油価格は40ドル台後半まで値位置を切り上げていた。加えて、OPEC加盟国と非加盟国が協調減産の実施で歴史的な合意を行ったことで、年明け後の原油価格は2015年7月以来の高値圏となる50~55ドル水準まで上昇し、更なる上昇を打診する動きを見せていた。

特に象徴的なのが投機マネーの動向であり、NYMEX原油先物市場でファンド筋の買い越し枚数は昨年2月16日時点の15万8,987枚に対して、今年2月21日時点には55万6,607枚を記録し、原油価格の低迷は終わったとの投資判断を下した向きが急増したことが確認されていた。

では、なぜ3月の原油相場は突然に急落したのだろうか。そのきっかけになったのは、3月8日に米エネルギー情報局(EIA)が発表した米石油在庫統計だった。同日には3月3日時点の在庫が発表されているが、原油在庫が前週比821万バレル増の5億2,839万バレルと急増したのである。これは9週連続の増加であり、同日の原油相場は前日比で2.86ドル安の50.28ドルと急落し、翌9日の取引では50ドルの節目も割り込み、協調減産合意後の原油高の一服が強く印象付けられたのである。

仮にOPEC加盟国・非加盟国の協調減産が供給過剰状態に寄与しているのであれば、最大の消費国である米国の原油在庫は増加して然るべきであり、それが実現していないことが、供給過剰状態の解消が本当に実現するのか、懐疑的な見方を促しているのである。その後も米原油在庫は増加傾向を維持しており、直近の3月17日時点の5億3,311万バレルは、前年同期の5億0,152万バレルを実に3,159万バレルも上回っている。

原油相場が急落する前の2014年のこの時期の米原油在庫は3億5,000万バレル程度の水準であり、過去2年半以上にわたる原油安と年初から始まった協調減産によって、原油需給の歪みが本当に解消されたのか、改めて懐疑的な見方が広がっている。

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■シェールオイルの増産加速への恐怖心

ただ、米国の原油在庫増加については「特殊」要因の影響も大きく、マーケットではそもそも国際原油需給の指標として有効なのかは疑問視する向きが多い。実際に国際エネルギー機関(IEA)も最新の月報において、過剰な輸入、国内生産の上振れ、製油所稼働率の低迷といった米国独自の要因の影響を指摘しており、1~6月期の国際原油需給に関しては、昨年後半の在庫減少トレンドが維持されるとの楽観的な見方を示している。米国の原油在庫増加は驚くべきことではなく、ある意味で当然だとの評価である。

IEAによると、先進国の石油在庫は昨年8月時点から既に減少に転じており、少なくとも協調減産が実施されている1~6月期の国際原油需給の緩みに対しては、本気で警戒している向きは多くない。原油相場の急騰する必要性まではみられないが、50ドル台後半といった価格水準であれば、必ずしも投機的とは言えない程度の需給環境の改善は見込まれていた。

問題は、米原油在庫の増加そのものよりも、米国におけるシェールオイルの増産圧力がマーケットの想定以上に強いのではないかとの懸念が浮上していることである。

例えば、米ゴールドマン・サックス・グループは、シェールオイルの損益分岐点が2014年時点の1バレル=80ドルに対して、今年は50~55ドルまで低下しているとの報告を行っている。この価格水準にシェールオイルの増産を促すトリガー(引き金)があり、ここから更に原油価格が上昇すると、シェールオイルの増産圧力が指数関数的に強化される可能性があるという訳だ。

シェールオイル生産活動の指標となる石油リグ稼働数をみても、昨年5月27日の316基をボトムに、直近の今年3月24日時点では652基まで増加している。今年に入ってからだけでも127基(24%)の増加であり、このままリグ稼働数が現在のぺースで増加を続けると、年末には1,000基近くにまで達する可能性もある状況になっている。

加えて、米国ではトランプ政権がエネルギー生産の規制を緩和する大統領令に3月28日に署名する予定になっている。オバマ前政権下で強化された環境規制を緩和し、米国内のエネルギー生産を活性化させる目的である。今後はシェールオイル開発の承認手続きの迅速化なども想定されている。更に大型減税の議論が進めば、米国内の石油産業のコストラインが切り下がることになり、シェールオイルの増産トレンドが上方シフトするリスクにマーケットは脅え始めている訳だ。

■ファンドの強気スタンスは維持されている

こうした状況に対応するために、OPEC加盟国・非加盟国内では1~6月の協調減産を年後半まで延長する議論なども浮上している。供給過剰の解消から在庫の取り崩しを決定的とするために、年後半の需要期にも減産を継続するという訳だ。まだ協調減産の延長は議論が始まったばかりの段階であり、5月25日のOPEC総会までに結論が出るのか不透明感も強い。

ただ、シェールオイルの増産が在庫取り崩しの可能性を否定するのであれば、1)改めて原油価格を押し下げてシェールオイルに減産対応を迫るか、2)OPEC加盟国・非加盟国が協調減産を延長して、在庫取り崩しへの信認を取り戻すことが要求されることになる。

現状では、サウジアラビアを筆頭にOPEC加盟国・非加盟国は、政策(=協調減産)によって需給均衡化を目指す方針を崩していない。これまで減産期間の延長に慎重姿勢を示していたサウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相なども、今回の協調減産によって国際原油需給の安定化を達成したいとの意向を強く示している。

このため、マーケットでもファンドの強気姿勢が大きく崩れた訳ではなく、実は3月の急落局面でも買いポジションの残高には大きな変化は見られない。ただ、その一方で新規に売りポジションを構築する動きが観測され、更にはプットオプション(=値下りで利益が得られるデリバティブ取引の一種)の売買が活発化するなど、原油価格のピークアウトに備えた動きも活発化している。

現状では、50ドル台を割り込めばシェールオイルの増産ペースが更に加速するリスクは限定的とみられるため、上値は重くコアレンジは切り下がったものの、本格的な値崩れに対しては抵抗を見せている。下落したとは言っても40ドル台後半の値位置であり、50ドル割れで売り込んだ向きの一部は、早くもショートカバー(買い戻し)に動いて利益を確定している。

ただ、シェールオイルの増産力については、過去の統計が乏しいだけに正確な見通しを構築することは難しく、今後も原油価格は悲観と楽観との間を揺れ動く不安定な地合が続きやすい状況が続くことになる。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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