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緊張高まる中東情勢 原油高はどうなる? 想定される日本への経済リスクは

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとイスラエルの軍事衝突が続く中、中東情勢の不安定化が日本経済に与える影響について注意が必要な状況だ。中東は世界の原油供給の約3割(石油埋蔵量だと約5割)をカバーしているだけに、特に原油価格を巡る不確実性が増していることが警戒されよう。

国際的な指標となるNY原油先物価格は、5~6月の1バレル=70ドル水準での取引に対して、今回の衝突が始まる前の9月28日には1年2カ月ぶりの高値となる95.03ドルまで値上がりしていた。中国を筆頭に石油需要の拡大が進む一方、サウジアラビアとロシアが世界の原油供給の1%強を削減する供給調整をおこなっていることで、世界的に原油在庫の取り崩しが進む可能性が高いとの見方が強くなっていたためだ。それに加え、このタイミングで、中東情勢が不安定化しているため、市場関係者の間では今後の展開次第で100ドル台までの上昇を予想する声も浮上し始めている。

■イランの動向によって決まる原油価格

一方で、イスラエルとガザ地区は、中東とはいっても原油生産をほとんど行っていないため、実際の原油供給に何か大きな混乱が生じている訳ではない。あくまでも原油供給に混乱が生じる「リスク」が警戒されているだけであり、現時点では原油供給量に顕著な変化はみられない。

原油市場が注目している今後の焦点は、これまでハマスを公然と支援してきた主要産油国イランの動向だ。イランは近年、核開発を巡る欧米の制裁で原油市場における存在感を低下させていたが、今年に入ってからは原油生産と輸出が回復傾向にあり、原油価格の上昇を抑制する役割を果たしている。しかし、仮にハマスに対する直接的もしくは間接的な支援が明らかになると、欧米の経済制裁によって改めて原油供給が大きく落ち込む可能性がある。供給障害を伴わない地政学リスクのみが原因の原油高は短命に終わる傾向が強いが、仮にイランが紛争に巻き込まれる状況になると、国際原油価格への大きな影響は避けられないだろう。

ただし、国内では9月から新たな燃料油価格激変緩和措置が行われているため、一般消費者のレベルでガソリンや軽油、灯油価格などの目立った値上がりは確認できないと見込まれている。10月16日時点では、本来だと1リットル=209.3円のレギュラーガソリン価格を、激変緩和措置によって34.6円抑制して、市場価格は174.7円に抑えられている。少なくとも年内はこのまま175円前後の価格が続く見通しだ。更に政府は、11月に打ち出す総合経済対策で、激変緩和措置を来年4月まで期間を延長する方向で調整を進めている。

警戒すべきは、この軍事的な緊張が2024年に向けて継続・深刻化した際に、激変緩和措置でガソリンや灯油価格を抑制し続けることが困難になるリスクだ。燃料価格を抑制するための財政負担は拡大し続けており、激変緩和措置の対応力の限界を超えると、消費者レベルでも原油高を実感するようになる可能性はある。現時点では、いずれにしても来年5月以降は激変緩和措置を縮小していく見通しになっている。

■原油供給断絶というテールリスク

また可能性は低いが、実際に起きてしまった場合に大きなショックが生じる「テールリスク」としては、イスラエルとアラブ諸国との間の全面戦争にまで発展することで、日本経済に対しては壊滅的な影響が生じる可能性が警戒される。1948年から73年まで中東戦争と呼ばれる大規模な戦争が4度起きたが、それに近い状態に陥ると中東から日本に向かう原油供給が大幅に落ち込むことで、「オイルショック(石油危機)」が発生する可能性がある。

2022年の日本の原油輸入は全体の94%が中東地域に依存している。従来、中東依存の高さは経済安全保障の視点から危険と言われていたが、ウクライナ戦争の経済制裁でロシア産原油の調達も難しくなる中、中東依存度は高まる一方の状態にある。

イラン産原油の供給減少だけでもアジア地区の原油調達環境に大きな混乱が生じることが予想されるが、更にイランがペルシャ湾とオマーン湾の間に位置し、エネルギー供給の大動脈であるホルムズ海峡を封鎖するような事態になると、日本はもちろん世界の経済活動が急速に縮小するのは避けられないだろう。株式を筆頭に資産価格も大きなダメージをうけることになろう。それはまさに「オイルショック」の再来である。

■インフレと景気減速による生活苦のリスクはある

また、中東情勢の混乱が加速して国際原油価格が大きく上昇した際には、日本のインフレ環境に与える影響も警戒される。日本の9月消費者物価指数は変動の激しい生鮮食品を除く総合指数が前年同月比2.8%上昇と高い伸び率を維持しているが、原油価格動向によっては国内のガソリンや灯油価格は激変緩和措置で抑制できても、物価全体への上昇圧力は避けられないだろう。

8月の実質賃金(=物価変動の影響を差し引いた賃金)は前年同月比2.5%減と17ヵ月連続でマイナスになっている。これはインフレに賃上げが追い付けていない状況にあることを意味するが、更に実質賃金の目減りが更に進めば家計部門への影響は避けられない。特に消費行動に際して、従来の生活レベルを維持することは難しくなろう。

その際には、日本銀行はいよいよマイナス金利政策を解除して、本格的なインフレ抑制に乗り出すことになる。諸外国よりも積極的な利上げを行えば、急激な円安傾向に歯止めが掛かろう。逆に慎重な利上げに留める一方、米国などが積極的な高金利政策を採用すると、円安が加速する可能性もある。円相場を取り巻く環境も大きく揺れ動く可能性がある。

■原油価格急騰のリスクは低いが、対応を誤ると大惨事になる

以上で中東情勢の不安定化が日本経済に与える影響を検証してみたが、これまでの歴史を踏まえると、軍事衝突は短期間で終了すると考えられ、原油価格が大きな混乱状態に陥る可能性は高くない。実際に、中東で激しい戦闘が繰り広げられていても足元の原油価格が急騰している訳ではなく、多くの原油市場関係者は一時的な混乱状況に留まると見ていることが窺える。

ただし、この問題は大きな不確実性を抱えており、各国が対処を誤ると数ヵ月後の世界経済を取り巻く環境は悪い方に一変している可能性がある。戦闘状態が長期化するほどに不測の混乱が発生するリスクが高まるため、人道的な観点からはもちろん、経済リスク軽減の観点からも早期に和平を実現することが求められている。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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