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減反廃止で農業保険を導入へ、なぜコメ先物取引を使わない?

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

日本のコメ農政が転換期を迎えている。政府の産業競争力会議は10月24日、主食用米の生産量を絞って価格を保つための生産調整(いわゆる減反政策)と、農家に補助金を一律支給する個別所得保障制度について、3年後から5年後の廃止を目指して抜本的に見直す議論を開始した。

本格的な減反政策はコメ余りが顕著になった1970年に始まり、現在は農林水産省が設定した「生産数量目標」を各都道府県、市町村に落として配分し、各農家に割り振る形で転作などを促している。形の上では、農家の自主判断、経営判断に委ねられているが、実際の所は補助金を駆使して生産調整に「参加して頂く」ように利益誘導する形がとられている。

しかし、年内の合意を目指す環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で海外から安価なコメが大量に国内市場に流入する事態になれば、もはや減反政策はその存在意義がなくなる。国内で幾ら生産調整を行ってもコメ市況の維持には効果がなくなるためだ。

このため、「補助金をゼロベースで見直し、農家の意欲と創意工夫を高める」(競争力会議農業分科会の改革案)形で、TPP参加交渉と平行して、コメ産業の国際競争力の強化を図る方向に動き出しているのが、最近のトレンドである。

現在の小規模農家中心のコメ生産体制では外国産米に対抗することは難しく、大規模農家への集約を進める一方、民間企業の参入も促すことで、低コストで需要に見合った主食米を生産できる体制への転換を目指すのが、日本のコメ農政の新たな流れになりつつある。

もっとも、「コメは聖域」と聞かされていた農業団体にとっては晴天の霹靂であり、政府は減反政策廃止によるコメ価格の下落に備えて、農家向けの「収入保険」(仮称)を検討していることが明らかになっている。要するに、これまでのような補助金による農家所得の保障から、今後は農家が自ら積み立てる保険料を元に、農作物の急激な値下がりによる収入源を保障する市場原理の導入に舵を切ることになる。

林芳正・農林水産大臣は10月29日の記者会見において、こうした収入保険制度を導入する考えを正式に表明している。同相は、既に平成26年度の予算概算要求で3億2,100万円の要求を行っていること、自民党の公約である「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」に「担い手の経営安定のためのセーフティーネットである農業共済の現行制度を踏まえつつ、新たな収入保険の導入等を推進すると共に加入者への還元措置の充実等により共済加入を促進する」との記載があることなども紹介しており、比較的早い段階から水面下で減反政策廃止後の環境整備を進めてきたことが窺える。

この収入保険制度についての詳細は明らかにされていないが、林農相は「過去のデータを踏まえて、保険料や保険金等をどういうふうな水準にしていくか」を「十分に検討をする必要がある」とした上で、「一定の期間が必要になる」との見通しを示している。10月29日付けの日本経済新聞では、「制度の運営に国が関わる可能性もある。ただ国費は投入しない方針で農業者の自助努力を促す」と報じられている。

■収入保険よりもコメ先物取引で

ただ、このような米価下落リスクへの対応を行うのであれば、特に「収入保険」といった複雑な新制度を創設するような必要はない。

大阪堂島商品取引所で取引されている「コメ先物取引」を利用すれば十分なためだ。現在、大阪堂島商品取引所には、「東京コメ」と「大阪コメ」と二つのコメ先物取引が平行して取引されている。

「東京コメ」は関東産(茨城・栃木・千葉県産)のコシヒカリを標準品とするものであり、100俵(6,000kg)単位で取引が行われており、200俵(1万2,000kg)単位で現物の受け渡しも可能である。

「大阪コメ」は北陸産(石川・福井県産)のコシヒカリを標準品とするものであり、こちらはより小規模の50俵(3,000kg)単位で取引が行われており、現物の受け渡しも50俵単位で行われている。

実際に今年9月の場合だと、福島産コシヒカリ3,000kg、千葉県産あきたこまち等3万kg、茨城県産コシヒカリ1万2,000kg、千葉県産コシヒカリ1万2,000kgと、合計57トンのコメが先物市場を通じて現物受渡しが行われている。

当然に、これ以外にも差金決済という形でコメ価格の下落・上昇に備えたヘッジ取引、投機取引なども行われている。このため、減反政策廃止による米価下落に備えるのであれば、先物市場が整備された普通の国であれば、コメ先物市場で価格変動による損失をコントロールするリスクマネジメントが行われるのが一般的である。

具体的には、コメ生産農家であれば先物市場で「売りヘッジ」を行うことで、現物在庫の価格下落リスクを相殺・軽減することが可能であり、安価な保険機能を利用することは決して難しいことではない。

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■コメ先物は、自由化時代の農家にとってもメリット大

ただ、本来はコメ農家経営の安定化をもたらすコメ先物取引について、JAグループなどは「先物取引が広がればコメの価格が投機マネーに左右されかねない」との批判からコメ先物の上場そのものに反対し、8月に2年間の延長が決まった試験上場にも反対してきた経緯から、コメ先物取引の活用という通常の価格リスクヘッジが行われない異常な状況が続いている。

今後は、コメ価格形成が「概算価格」という生産者の論理から、市場原理にシフトする流れにある中、生産者にとってもコメ先物取引の重要性は著しく増すはずである。既にコメ卸商はコメ先物取引に多数参加しており、ここに生産者の参加も実現すれば、取引流動性の観点からもコメ先物取引の活性化が期待できるはずだ。

コメ先物取引の試験上場は2015年までとなっており、それまでに取引量の拡大に失敗すると、せっかく11年に72年ぶりに復活した復活したコメ先物取引の歴史が途絶えてしまう可能性もある。今後、コメ価格が完全な市場原理に晒された際、他国の農家は普通に使える先物市場を利用したリスクコントロールを日本の農家だけが行えなくなる最悪のシナリオが警戒される。コメ農家は、コメ先物取引による価格リスクコントロールのメリットを放棄してでもコメ価格の高値誘導を目指すのか、それともコメ価格の決定は市場原理に任せてコメ先物取引を利用した安定経営を目指すのか、重要な判断を下す時期に差し掛かっている。

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(画像出所)大阪堂島商品取引所

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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