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イラン核問題の進展で、慌て始めた国際原油市場 ~日本経済にとっては朗報~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

イランの核開発問題を巡って、米英仏など6カ国との協議が10月15~16日にジュネーブで行われた。今回の会合はロウハニ政権の下で初めて行われたものであり、イラン側は核兵器開発疑惑の払拭に向けて、新たな提案を行ったとされている。

具体的な提案内容については明らかにされていないが、イランは経済制裁の緩和と引き換えに、核兵器への転用が懸念されている濃縮度20%のウラン製造装置停止などで妥協案を提示した模様だ。

今回はイランと6カ国との協議で初の共同声明も出されており、「実質的で前向きな交渉が行われた」と西側諸国の評価姿勢が示されている。11月7~8日と比較的短時間で次回協議の開催日程もも合意されており、アハマディネジャド前政権時代の対決姿勢から対話姿勢の急激な変化に、国際原油市場は警戒感を強めている。

外交筋からは、「まだ溝は大きい」、「解決が近い訳ではない」など過度の楽観ムードをけん制する発言も多く、実際にイランに対する経済制裁が解除されるまでには多くの時間が必要とされる可能性が高い。ただ、このままイランと西側諸国との対話路線が継続すれば、いずれかの時点でイラン産原油に対する欧米諸国の規制が緩和・解除されるのは確実であり、原油市場はイラン産原油の市場復帰シナリオの検討を始めている。

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■イラン復帰で原油価格は10%下落?

米政府は核開発を続けるイランに圧力を掛ける目的で、2011年末にイラン原油制裁法を成立させた。イラン産原油の輸入国に対して(主に金融)制裁を科すという形で、事実上のイラン産原油禁輸を各国に求めた。12年7月には欧州連合(EU)もこの動きに同調に、イラン産原油に掛かる保険契約の締結が不可能となったことで、イラン産原油取引は大きなダメージを受けた。米国は180日ごとに制裁の是非を検討しており、イラン産原油取引の断続的な削減を各国に求め続けている。

日本もこの制裁の例外ではなく、イラン産原油に対する輸入依存度は10年の9.8%に対して、11年7.8%、12年5.2%まで低下し、今年も1~8月期では5.2%となっている。直ちにゼロにする訳にはいかない規模であるが、2000年代前半に15%前後の輸入依存度があったことを考慮すれば、日本が原油調達先の大幅な変更に踏み切ったことは一目瞭然だろう。

こうした動きは日本以外でも展開されており、イランの産油量は制裁前の日量350万バレル水準に対して、今年下期は260万バレル前後まで減少していると推計される。イランでは、石油施設の建設や採掘に必要な機械類の輸入もできない状況になっており、このままイラン産原油に対する制裁が続くと、原油輸出の減少という一時的な動きのみならず、産油能力の喪失という更に深刻な事態を招きかねない状態になっている。

しかし、イランの核問題を巡る協議が順調に進展してイラン産原油に対する制裁が解除されれば、最大で日量90万バレルもの供給余力が国際原油市場に組み込まれることになる。マーケットでは、制裁解除から3ヶ月あれば50万~75万バレル程度の輸出拡大が可能と見られており、バンク・オブ・アメリカ、メリルリンチなどは、イラン産原油の市場復帰があれば、原油価格は最大10%下落するとの試算を発表している。

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■シェール増産規模に匹敵する輸出拡大余力

現在の国際原油需給を概観すると、北米のシェール革命による大規模な増産圧力を、石油輸出国機構(OPEC)などの中東・アフリカ諸国の減産によって相殺することで、辛うじて国際需給バランスを均衡に近い状態に保っている状況にある。

こうした中、日量90万バレルのイラン産原油が市場復帰するか否かは極めて大きな問題である。国際エネルギー機関(IEA)によると、14年の世界石油需要は前年比で日量+110万バレルの9,210万バレルが見込まれており、イランが市場復帰すれば来年の需要拡大分の82%を吸収することが可能になる。

北米のシェールオイル増産圧力がほぼ2倍になるのと同じ程度のインパクトが生じる計算であり、「イラン産原油の市場復帰はまだ先」とみていた原油市場では、これまでとは逆方向からイラン情勢が注目されることになっている。

従来は、イランがホルムズ海峡を封鎖すれば、原油価格は150ドルや200ドルまで高騰するリスクがあるといった文脈で議論されるのが普通だった。しかし、現在はイランの市場復帰が逆に原油価格を押し下げるリスクが高まり始めているのである。

■日本経済にとっては朗報

冒頭でも指摘したように、これは今後数ヶ月といった短い期間で想定される動きではなく、まだイラン産原油取引に対する制裁解除に向けたハードルは数多い。ただ、これまでの厳しい制裁がイラン国民の疲弊を招き、イラン政府の柔軟姿勢を引き出しつつある大きな流れには注意が必要である。

イラン周辺国がイラン産原油の市場復帰にあわせて、自国の産油量を抑制すれば大きな問題はない。実際に、シェール革命という強力な需給緩和圧力は、サウジアラビアの大規模減産によって乗り越えられており、それが今年の原油相場が100ドルの大台を回復する下地になっている。改めて、原油価格カルテルとしてのOPECの手腕が問われる時代を迎えることになりそうだ。

なお、こうしたイラン産原油を取り巻く環境の変化は、円安と原発事故による火力発電依存で石油調達コスト増に苦しむ日本にとっては、大きな恩恵をもたらすことになる。日本経済への影響という観点でも、今後のイランと6カ国との協議がどのような展開を辿るのか注目したい。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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