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シェールオイルが世界原油市場に組み込まれる時

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

北米のシェール革命が新たなステージを迎えようとしている。

カナダのパイプライン会社トランスカナダ(TransCanada)のスポークスマンは10月2日、同社の「キーストーン XLパイプライン」の建設が95%完了し、2013年末までの操業開始を計画していることを明らかにした。パイプライン建設そのものは10月末までに完了し、11月初めにはテストを行い、そこで問題がなければ年末までに操業を開始できるとされている。

この「キーストーン XLパイプライン」は、カナダ西部のオイルサンドと米中西部のシェールオイルを、石油精製施設の集中するメキシコ湾岸まで輸送する壮大な計画に基づくものであり、北米の原油輸送の効率化において決定打になると見られるものである。今回の決定は、この南部セクションであるオクラホマ州クッシング地区とメキシコ湾岸を結ぶものであり、実際の操業が開始されると米内陸部で生産されたシェールオイルを、メキシコ湾岸の石油精製施設まで輸送する大きな流れが誕生することになる。すなわち、世界最大の産油国の座を視界に入れ始めた米国のシェールオイルが、ついに国際原油需給に本格的に組み込まれる時期が近づいているのである。

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■米内陸部の過剰在庫は解消に向かう

シェール革命は天然ガス分野で先行して始まったが、昨年後半には技術的に難しいとみられた石油分野でも本格的な開発が始まり、WTI原油先物価格を昨年前半の1バレル=110ドル台から一時80ドル割れまで急落させた。

12年年初の段階では3,000万バレル前後だったオクラホマ州クッシング地区の原油在庫は、今年初めには5,000万バレル台まで急増している。シェール革命で大規模増産に成功したものの、それを消費地に輸送する能力の増強が追い付かなかったことで、米内陸部に大量の原油が保管される事態になったのである。しかも、このクッシング地区はWTI原油先物の受け渡し場所になっている関係で、米国の指標原油であるWTI原油相場は、国際油種と比較して異常とも言える安値圏に抑制されることになった。

これは、米企業にとってはエネルギーコスト環境の優位性としてポジティブに機能したが、米国全体としてみれば有効活用されない原油在庫がだぶついていることを意味するため、いかに内陸部の原油をメキシコ湾岸まで輸送するのかが問われることになった。

パイプライン建設には多くの時間が必要なため、昨年後半以降には鉄道や陸上輸送の整備が急ピッチで進められ、海外で調達するよりも安い原油を、消費者(石油精製会社)に届けるための動きが活発化した。その結果、今年上期はクッシング地区の原油「搬入」と「搬出」量が均衡し始め、漸く搬出超過になり始めたのが今年7月以降の動きである。ちなみに、現在のクッシング地区原油在庫は3,300万バレル水準まで減少している。

今回、稼動開始計画が示された「キーストーン XLパイプライン」は、この流れを更に加速させることになり、今後のシェールオイル増産の影響を吸収する機能が期待されている。

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■WTI原油には値上がり要因、国際原油には値下がり要因

「キーストーン XLパイプライン」はカナダと米国との国境をまたぐことになるため、カナダと米国を結ぶ北部セクションに関しては、その建設にあたって米大統領の承認が必要とされている。経済、エネルギー安全保障といった国益のみならず、環境面への影響なども議論されている。ただ、米国務省は環境保護団体の反発を受けて環境審査を終えていないことで、「年内の(建設承認手続き)完了は難しい」(カナダのオリバー天然資源相)情勢にあり、南部セクションの稼動も14年までずれ込む可能性が指摘されていた。

しかし、今回のトランスカナダ社の発表によって、マーケットが想定していたよりは前倒しで稼動が再開されることが確実な情勢になっており、WTI原油先物相場に対しては受け渡し時期の近い期近限月を中心にポジティブ材料となり、国際油種に対するWTI原油相場の割安感解消にも寄与することが想定される。少なくとも、従来のようにWTI原油先物相場が期近限月から値崩れを起こすリスクは著しく低下したとみて良いだろう。

当初の輸送能力は日量70万バレル、最終的には83万バレルまで引き上げられる計画であり、月間2,000万バレルを越える原油輸送能力が獲得されることになる。トランスカナダ社は実際にどの程度の送油が行われるのか明らかにしていないが、「引き合いは多い」として、パイプライン輸送の顧客ニーズに自信を示している。

ただ、こうした動きは、米製油所が海外から原油調達を行う必要性を低下させることになり、国際原油価格全体に対してはネガティブに機能することになる。既にナイジェリアやアルジェリア産原油に対する需要減少が深刻な問題になっているが、今後は米国がどのような原油調達先の選別を行うかによって、国際原油供給のパワーバランスは大きく歪むことになる。

米国の「選択」の結果によっては、日本の原油調達環境も大きな変化を迎えることになるだろう。実際、米国向け輸出の削減を迫られたアフリカの産油国は、アジア地区への販路拡大に向けた動きを活発化させており、アジア諸国にとっては原油調達環境の安定化につながり始めている。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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