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インド政府の金需要抑制策 ~放たれる第2、第3、第4の矢~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

5月7日付けの「金を持ちたいインド国民、金輸入を制限したいインド中銀」では、経常赤字拡大の最大要因となっている金輸入抑制のために、インド準備銀行(RBI、中央銀行)が本格的な取組みを開始していることを紹介した。

同国の経常赤字は2011/12年度で782億ドルに達しているが、その内の実に492億ドルが金輸入によって生じている。このため、経常赤字が更に拡大することを阻止するために、金輸入量を抑制することが喫急の課題になっている。

インド財務省は今年1月に、金の輸入関税を従来の4%から6%に引き上げることで、価格に敏感なインド国民の金需要を抑制することを目指した。しかし、タイミングの悪いことに4月に金価格が急落したことで同国の金需要は当局の想定を大きく上回る事態になっており、早くも追加対策を迫られる展開になっている。

産金業界団体ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の報告によると、4~6月期の同国金輸入量は前年同期のほぼ2倍となる400トンに達する見通しであり、通年では昨年の864トンから965トンまで拡大すると予測されている。すなわち、関税引き上げを柱とした金需要抑制策を導入したにもかかわらず、金需要が逆に上振れする可能性が高くなっていることが、金需要抑制を巡る議論を加速させているのだ。

4月のドル建て金価格は月間7.7%の急落となっており、2%の関税引き上げを考慮に入れてもインド国民の目には魅力的な金価格に映っている。欧米投機筋は今年に入ってからの金価格のパフォーマンス悪化で金投資に対する関心を低下させているが、少なくともインド国民は価格動向にかかわりなく金保有に強い魅力を有していることが確認できる。むしろ、安ければ安いほどに投資・宝飾需要は拡大する可能性が高い。

■銀行員よ、金を売るな?

さてインド当局が新たに導入した金需要の抑制策であるが、インド財務省は6月4日、現金以外での金購入を完全に禁止する方針を打ち出している。

5月には金購入用の資金を提供することを禁止しており、手付金払いによる金購入を制限していた。その規制を一歩前進させた形であり、今後は原則として現金支払い以外での金購入が不可能になる。輸出向け宝飾業者がこの規制の例外とされていることからは、もはや金輸入の源泉である金需要そのものに打撃を与える意図が隠されなくなっている。金宝飾の輸出は、逆に経常赤字の削減要因になるため、インド政府としては寧ろこうした業者の金購入を奨励したいのが本音だろう。

インド準備銀行もこうした動きと歩調を合わせて、国内銀行に対して金貨販売の抑制を要請したことを明らかにしている。インド銀行協会(IBA)の年次総会では、「我々は金需要を叩き潰す使命を負っている」、「支店では顧客に金投資も金購入も行わないことを要請する」といった発言が確認されている。

ルール上は現金支払いによる金購入は阻害されるものではないが、日本で言う行政指導的なプレッシャーが民間銀行に掛けられ、末端の銀行窓口で金販売にブレーキを掛ける水際戦略までも導入されるステージに達している。インド政府、インド準備銀行の危機感の強さが窺える。

■増税による需要抑制効果は小さい理由

そしてインド財務省は6月6日、1月に6%に引き上げたばかりの金輸入関税を更に8%まで引き上げる方針も確認している。従来の金価格上昇局面であれば金販売ルールの厳格化でも十分な効果を挙げられた可能性が高い。ただ、現在は金価格の下落で割安感・値ごろ感が強くなっているだけに、増税で金価格下落インパクトを相殺する方向性が明確に確認できる。これで年初からの累計で4%の関税引き上げとなり、例えば1オンス=1,500ドルの金価格は、インド国民にとっては実質1,620ドルということになる。

ただ、これで金需要を本格的に抑制できるのかは疑問視される。確かに、4月の急落局面では将来の需要を先取りする仮需が発生したことで、これまでのようなパニック的な買いが続く可能性は低い。ただ、金価格の軟調地合が続く限りにおいては、増税による需要抑制効果のインパクトは限定されることになり、年間ベースでの需要拡大圧力を阻害できるのかは疑問視している。全く効果がないということはないだろうが、「金価格が上昇している局面での増税」と「金価格が下落している局面での増税」とでは、消費者マインドに対するインパクトは全く異なることに注意したい。今年の金価格は昨年末から15%前後の下落となっており、年初からの4%の増税では金価格の下落インパクトの3分の1程度しか相殺できないのである。

「金を持ちたいインド国民」と「金輸入を制限したいインド中銀」との闘いは、金価格が急反発するような事態にならない限り、年後半も継続されることになるだろう。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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