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シェール革命でも増加する米国の中東産原油輸入量

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

米エネルギー情報局(EIA)は3月20日、2013年10月にも「国内の産油量」が「海外からの石油輸入量」を上回るとの見通しを示した。仮にこの見通しに沿った展開になれば、米国は1995年2月以来で初めて、あくまでも計算上ではあるが石油分野のエネルギー需給の自立に成功することになる。

EIAの需給予測モデルに基づくと、米国の産油量は11年の日量566万バレルに対して、12年が647万バレル、13年が731万バレル、14年が788万バレルと予測されており、特に12~13年にかけて「シェール革命」による増産ペースがピークに達するとみられている。一方、純輸入量は11年の日量889万バレルに対して、12年843万バレル、13年758万バレル、14年704万バレルと急激に落ち込む見通しであり、今年後半には「原油輸入量>国内産油量」という過去20年近くにわたって続いてきた関係式が、「国内産油量>原油輸入量」という形に転換することが予測されている。

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2006年にブッシュ米大統領(当時)は一般教書演説で、「米国は石油依存症に掛かっている」と発言し、「2025年までに中近東地区からの原油輸入量を75%以上削減してみせる」と豪語した。この時に想定されていたのは、石油に代わる代替エネルギーの開発、水素自動車やハイブリッド自動車の普及によるエネルギー効率改善だった。その後を継いだオバマ大統領も、当初は「グリーン・ニューディール政策」による「change(変革)」を訴えて、代替・再生可能エネルギーの開発・利用拡大、エネルギー効率の向上などを米国の競争力の源泉とすることを目指した。

しかし結果的には、「シェール革命」という伏兵によって、米国は「石油依存症」にどっぷりと浸かりながらも、その中での最適解を見つけ出すことに成功している。すなわち、ブッシュ政権が打ち出した「脱石油」にこそ失敗したが、「脱中東」に関しては、少なくとも石油分野においては成功する道筋が見え始めている。実際に「脱中東」を行うか否かは別としても、それが可能となる能力を身に付ける流れが加速していることは明確に確認できる。

■机上の計算と現実は違うが・・・

実際には、国内で生産される石油と、製油所など需要部門で必要とされる石油の品質は異なるため、一概に「これで原油輸入は必要なくなった」と結論付けることはできない。特に、製油所はこれまで調達してきた原油に最も適した精製体制を整備してきているため、単純に国内産油量が増えたからそれを輸入原油に置き換えるといったことはできない。

例えば、昨年は欧米が核開発問題に絡んでイラン産原油に対する事実上の禁輸措置を導入したが、その際にはロシアのウラル原油価格が上昇するという、一見すると対イラン制裁とは関係ないかのように思われる動きが観測された。

イラン産原油は、11年当時で総輸出量の2割、日量50万バレル前後が欧州向けに輸出されていた。当初は、サウジアラビアが代替供給を行う意向を示していたことで需給の大きな混乱は回避できるとみられていたが、実際にはイラン産重質油とサウジアラビアン・ミディアムやサウジアラビアン・ヘビーとでは、硫黄含有量が大きく異なっていたため、欧州の石油精製業者は原料となる原油調達に対する懸念を強めたのである。当時、国際エネルギー機関(IEA)は、「(欧州の精製業者)は、特にイラン産の重質油について、性質が似通った代替原油を見つける難しい作業を強いられることになる」と警告を発していた。

もちろん、欧州の環境規制、精製施設に適合するように、サウジアラビア産原油をスィートニング(硫化物除去)するという選択肢もあった。しかし、欧州精製業者が真っ先に行ったことは、イラン産原油と性質が近いウラル原油に対する調達打診という動きだった。通常だと、ウラル原油は北海油田のブレント原油に対して3ドル程度割安な状態にあるが、イランからの供給不安で一時的にではあるがウラル原油がブレント原油を上回ったことが象徴的だろう。

■実は増加している米国の中東産原油輸入

では、こうした石油需給の自立体制が近づく中、米国は中東産原油の調達量をどのようなペース・分量で削減しているのだろうか?

このように書くと、米国の「脱中東」が当然に展開されていることが前提になるが、実際には12年中に米国の中東産原油離れは全く実現していない。すなわち、米国は原油輸入量を削減しているものの、中東地区への石油依存は低下させていないのだ。逆に、昨年は中東産原油に対する依存度を高めるかのような動きが報告されている。

例えば、サウジアラビアからの原油輸入量は、12年通期で日量135.6万バレルとなっているが、これは前年の118.6万バレルを14%も上回っており、08年以来の高水準となっている。また、イラク産原油についても、前年の45.9万バレルに対して47.4万バレルとなっており、こちらも08年以来の高水準となっている。クウェートに至っては、前年の19.1万バレルから30.6万バレルまで急増しており、これは1994年以来の高水準になる。

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すなわち、シェール革命で米国の中東からの石油輸入に対する依存度は低下し、中東からの安全保障から手を引くといった見方は、少なくとも現時点でのデータからは支持できない分析となる。

この一見すると矛盾した動きについては、米国防省で国際エネルギー問題のコーディネーターを務めているカルロス・パスカル氏の指摘が興味深い。同氏によると、北米のシェール革命と南米産原油の増産によって、「中東情勢が混乱した場合、米国への持続的な原油供給が確保できるかと言う深刻な問題」は過去のものになった。米国から見て地球の裏側でしかも不安定な中東からではなく、近くの北南米で安定的に原油を調達できる環境になったことを指摘している。

ただ同時に、「石油は代替可能な国際商品である」として、原油国際価格への影響力の強さから、中東は米国の外交政策において重要な存在であることに変わりがないことも強調している。現在、中国が中東地区における原油海上輸送へのコミットメントを強めているが、最近の米国の原油輸入データは、少なくとも当面の間は「中東産原油の安全保障に関与し続ける」可能性が強く示唆されている。裏返せば、米国の中東産原油が本格的に減少し始めた時が、米大統領が「中東?我が国には関係のないことだ」と発言する時期なのかもしれない。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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