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中国の実質金利が再びマイナス化、金需要の鍵を読み解く

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

3月9日に発表された中国の2月消費者物価指数(CPI)は前年同月比+3.2%となり、10ヶ月ぶりの高い伸び率を記録している。春節(旧正月)による一時的混乱の影響なども指摘されているが、早くも温家宝首相が5日の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で設定したばかりの政府インフレ目標3.5%(昨年は4.0%)に迫るぎりぎりのインフレ環境となっている。

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昨年10月時点での中国CPIは、第3四半期をボトムとする急激な景気後退を受けて、前年同月比+1.7%まで抑制されていた。しかし、その後の景気回復ペースが依然として緩やかなものに留まっているにもかかわらず、早くもインフレリスクを警戒しなければならない状況に陥っている。中国の政策担当者にとっては、緩和政策で景気支援を一段と進めるのか、引き締め策でインフレの芽を早めに摘み取るのか、難しい政策判断を迫られる局面と言えるだろう。

一方、金市場の観点から注目したいのは、「実質」金利の動向である。実質金利とは余り聞きなれない用語かも知れないが、インフレ率を考慮に入れた金利水準のことである。計算式は、以下のようになる。

実質金利=名目金利-インフレ率

現在、中国人民銀行(中央銀行)が定めている1年物預金基準金利は3.00%となっており、これが「名目」金利である。すなわち、現金を銀行等に預ければ3%の利益が得られる状況にある。ただ、中国のインフレ率は上述のように3.2%に達しており、現預金の価値は毎年3.2%のペースで減少することになる。このため、名目金利(+3.00%)をインフレ率(+3.2%)が上回る状態にあり、これが「マイナス金利」と呼ばれる状態である。

中国の実質金利は、昨年4月から今年1月にかけて10ヶ月連続でプラスとなっており、2008年のリーマン・ショック後の15ヶ月に次ぐ長期にわたって「プラス金利」状態を維持してきた。しかし、そのトレンドが崩れて再び「マイナス金利」状態に回帰したことが示されたのが、9日に発表された2月の中国CPI統計だったという訳である。

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■実質金利と金需要の関係

さて、こうしてマイナス金利状態に陥った中国の実質金利環境であるが、今後の金需要動向に極めて大きな影響を及ぼす可能性が高い。

これは中国に限定された話ではないが、金は「誰の負債でもない資産」という特殊な位置付けにある関係で、基本的には保管しているだけでは配当や利子といった収益を生み出すことのない無金利資産になっている。ちなみに、こうした発行体の信認に依存しないことこそが通貨安戦争とも言われる局面において、「通貨としての金」が評価されるエネルギーの源泉になっている。

ただ、無リスクで十分な配当・利子収入を得られるのであれば、敢えて無金利資産である金を保有するメリットが乏しくなることも事実であり、実質金利の上昇局面では金需要は落ち込む傾向にある。一方、実質金利の低下局面では無金利資産という金のデメリットが相対的に希薄化することで、金需要は拡大する傾向にある。すなわち、金需要と実質金利は逆相間関係で規定されている。

特に「グレート・ローテーション」とも呼ばれる債券から株式市場への大規模な資金シフトが発生し、世界中の投資家が少しでも高い利回りを求める傾向を強める中、金市場へのマネー流入をつなぎ止めるには、実質ベースでの低金利環境が必要不可欠となっている。

2012年の金需給を振り返ると、宝飾やテクノロジー関連の加工需要(=実需)は2,336トンに過ぎず、これでは新産金の2,848トンさえもカバーすることはできていない。スクラップ供給を合計した総供給4,453トンとのギャップ(2,117トン)を埋めているのは投資需要と公的部門からの購入となっており、特に投機マネーの流入が必要不可欠な需給構造にある。

この需給ギャップである2,117トンは、金額ベースだと1,090億ドル(約10.5兆円、金価格=1,600ドル/オンスで計算)に過ぎず、米連邦準備制度(FRB)が毎月850億ドルもの米ドルを刷っていることと比較すれば、決して大きな規模ではない。投機マネーの流れが僅かにでも変われば、容易に達成できる金額である。ただ、その鍵を握るのが実質ベースでの低金利環境であり、まずは米国がその低金利環境から抜け出すのではないかとの懸念が、今年入ってからのドル建て金相場が軟化している最大の要因である。

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■アジア現物需要の援軍になるか?

こうした観点から改めて現在の中国実質金利環境を見てみると、いかに金投資に適した状況にあるのかは明らかだろう。実質金利がマイナス状態にあるということは、「中国では(人民元の)現預金を保有していると購買力を喪失する」ことを意味する。貨幣には「価値保存機能」があると言われるが、中国に関してはそのような解説は当てはまらない。寧ろ、人民元を保有していては購買力の低下リスクに常に晒される環境になっている。過去5年に限定しても、60ヶ月中で実に34ヶ月の実質金利がマイナスとなっている。

もちろん、中国の金需要に関しては、過去2000年以上にわたって繰り返し政権交代が行われてきたことで、政府発行通貨そのものに対する信認が低いといった歴史的・民族的な土壌もある。中国政府は、人民元の国際化を進める一環として金準備資産の拡充に動いているが、その足元で中国人民がより安全な資産として金志向を強めているのは皮肉な状況とも言えるだろう。ただいずれにしても、これから中国の実質金利が恒常的なマイナス状態となるのであれば、同国の金需要拡大が期待できる状況になるのは間違いない。

足元の金市場で欧米投機筋からの金売却圧力が強まる中、安値があればとにかく買い進む中国の存在が、需給面から金相場の下落リスクを限定する機能を果たしている。その中国で再び実質金利の低下圧力が強くなっていることは、中長期的な金価格のダウンサイドリスクを限定することになるだろう。「欧米投機売り」と「アジア現物買い」の対立構造が続く中、アジア現物買いは新たな援軍を受けた形になっている。アジア現物需要動向を読み解く鍵の一つとして、今後の中国の実質金利動向にも注目したい。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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