Yahoo!ニュース

度重なるセクハラで「東映」を提訴! 「常習犯だから気にする必要がない」との対応も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
記者会見の様子 総合サポートユニオン提供。

 本日12月14日、東映の元社員Xさん(20代・女性)と弁護団、Xさんを支援する労働組合「総合サポートユニオン」が記者会見を開催し、映画製作・配給会社大手の東映株式会社で起こったセクハラ、長時間労働、残業代不払い等について東京地裁へ提訴したと発表した。

 Xさんは、東映で様々な有名番組を担当していたが、その業務に関連し、複数回・複数人からのセクハラや過重労働、残業代の不払いがあり、精神疾患を発症し休職後、退職せざるを得なくなってしまったという。

 近年、映像業界では、セクシャルハラスメントや過重労働が大きな問題となっている。本記事では、総合サポートユニオンのブログ記事や記者会見の内容から、Xさんの労働実態と訴訟に至る経緯、映像業界に広がる労働問題の現状を検討していきたい。

記者会見の様子。左側でマイクを握るのがXさん。総合サポートユニオン提供。
記者会見の様子。左側でマイクを握るのがXさん。総合サポートユニオン提供。

第三者委員会はセクハラ認定も誠実な対応がない東映

 まず、Xさんがどのような労働問題を抱えていたのかについて、訴状に沿ってみていこう。Xさんは、2019年に新卒で正社員として東映に入社し、制作部や演出部などを経て、2020年11月からはプロデューサー補佐(以下、AP)として働いていた。

 APの仕事内容は、出演するキャストオーディションの進行、キャスト周りのスケジュール調整、ロケのケア、脚本打ち合わせや美術打ち合わせなどの会議、美術品・小道具の手配、キャスティング等、幅広い業務であった。

 具体的に生じていた問題としてまず第一に大きかったのは、複数人の男性社員からのセクシャルハラスメントと、会社相談窓口からの二次被害だ。

 一つ目のケースでは、男性スタッフA(60代)から、「寒いね。こんなぶかぶかの手袋だと温まらないでしょ」と言いながら、Xさんの手袋の中に手を入れ、左手の手の甲をAの右手の手のひらで上から包み込むように、指と指の間に指を入れて握ってきたという行為があった。

 また、Xさんに対して「ちゃん付け」で呼ぶことや、電話やLINE、SMSメッセージでの執拗な誘いがあった。以下がAからの執拗な連絡の一例である。

参考:XさんとAとのLINEのやり取り(総合サポートユニオン提供)
参考:XさんとAとのLINEのやり取り(総合サポートユニオン提供)

 次に、男性スタッフのBは、業務中に「彼氏はいるのか?」などと言われたり、必要性もなく肩を触る、急にXさんへマフラーをかけてくるなどというものであった。

 これらの度重なるセクハラ行為について、Xさんは東映社内の相談窓口へ連絡したが、あろうことか、相談窓口から二次被害を受けてしまう。

 東映の相談窓口は、「完全第三者」を「売り」としていたが、実際には本社の、しかも男性が2名担当だったという。セクシャルハラスメントの対応窓口として、明らかに不適切であろう。

 また、対応した社員は、「刑事罰の対象にならず、警察に行っても取り合ってもらえない」、「他の女性スタッフにも変なメッセージを送っている常習犯だから気にする必要がない」などとし、Xさんの訴えに聞く耳を持たなかった。Xさんが加害者の処分を求めても、「君だけじゃないから気にしなくてもいい」と結論づけたという。

 最終的には、「メールやSNSの常識的な利用について」というタイトルで、本件に関する注意書きが社内に出たのみだった。

 東映の適切な対応がないため、Xさんは、その後もセクハラ行為を行うAやBと撮影現場で一緒になることがあった。そのような状況を改善してほしいとXさんは上司へも伝えたが、「短期間の間にいろんな人からモテてすごいな~」と茶化されただけだったという。

 なお、以上のセクハラについては、Xさんが総合サポートユニオンに加入し団体交渉を通じてハラスメントの被害救済や再発防止等を求め続けたところ、「第三者調査」が行われた。その結果、以下の「第三者調査」の結果として、セクハラや会社相談窓口の不適切な対応が事実認定されたという。

【第三者調査によりセクハラ認定をされた点】

  • 加害者AがLINEやショートメッセージを送付し、飲食に誘い、「会いたい」と告げるなどした
  • 加害者Aが撮影中、女性が手袋をつけているのを見て「寒いね。こんなぶかぶかの手袋だと温まらないでしょ」と言いながら、女性の手袋の上から指先の布の部分をちょいちょいと触り、その後に手袋の上から、女性の手の甲を手の平で上から包み込むように、指と指の間に指をかけて、ぎゅっと手を握った
  • 加害者Bが、ロケバスを待っている女性に対して「彼氏はいるか」と聞くなどした
  • 加害者Bが、女性の肩をポンと触った

【第三者調査で不適切であったと指摘があった点】

 上記「セクハラ」認定のほか、「ハラスメント」までに当たらないが、会社として不適切であったと認められているものが以下である。

  • 東映社員C(テレビ企画制作部)が、女性からハラスメントを受けたとの相談を受けた際の対応が不適切または不十分であった
  • 東映社員D・E(監査部)が、セクハラに対するヒアリングを行う際に、我慢するべきという趣旨の発言をした
  • 東映社員D・E(監査部)が、セクハラに対するヒアリングを行う際に、適切な措置を講じなかった
  • 人事労政部が、注意喚起書の掲示を行うにあたり、女性の同意を得ずに掲示しなかった

どれだけ働いても「定額働かせ放題」のAP

 今回の訴訟では、長時間労働や残業代不払いも争点になっている。

 これについて、2021年1月4日にXさんがAPになると、以前から生じていた過重労働や残業代不払いの問題がさらに悪化したという。

 それまでの職種では職場でタイムカードが設置されており勤怠管理されていたが、その後は客観的に勤怠管理がされることがなくなり、さらに「固定残業代」も適用されることとなった。

 タイムカードなどでの客観的な労働時間管理は法的義務であるが、APへの職種変更と同時に何時から何時まで働いたかも記録されなくなったという。

 また、固定残業代とは、一定時間分の残業代を事前に定額で払う制度のことである。対象時間を超えた残業をした場合は追加で残業代を支払わなければならないが、対象時間までは残業をさせることを前提とした労務管理がなされたり、超過分の残業代の追加精算をしないなど、長時間労働や残業代不払いを誘発しやすい制度として批判されることが多い。

 東映においては、固定残業代の金額が、厚生労働省が定める「過労死ライン」である80時間と設定されていた。東映の36協定で定められた月の残業時間の上限は45時間であり、それを超える固定残業代の設定であった。実際には、Xさんは月に80時間を超える残業もしていたが、残業代の追加精算がなされていなかった。どれだけ働いても「定額働かせ放題」の状況であったのだ。

 このような状況について、Xさんが労働基準監督署へ通報をしたところ、2022年4月までの間に、以下の3つが違法と判断され、監督署からは是正勧告が東映へ出ている

・労働安全衛生法66条8の3への違反

2021年11月25日、被告が固定残業代を適用する労働者に対し時間管理ができていないことについて、労基署は「労働者の労働時間の状況を把握しなければならない」(労働安全衛生法66条8の3)として勧告

・労働基準法32条違反

被告は社内労組との間にて特別条項なしの36協定(月45時間)を結んでいたが、2022年2月16日、原告が月に45時間を超過して残業させられていたという事実に対して、労基法第32条違反を認め、是正勧告。

・労働基準法37条違反  

2022年3月28日から4月1日付で、被告が社内労組との協定書記載の「平日55時間、休日15時間」を超過した分の賃金を支払っていないことに対し、労基署が労基法第37条(時間外、休日・深夜労働に対する割増賃金の未払い)違反を認め是正勧告。

 さらに、Xさんやユニオンによると、東映は、是正勧告を受けてXさん以外の労働者へは、各人が自己申告時間分の残業代を支払ったにもかかわらず、Xさんだけはそれを認めず、かなり低額の残業代しか払っていないという。これが事実だとすれば、労働問題を告発したXさんへの「報復」の可能性も疑われる。

映像業界に広がるセクハラや過重労働を変えたい

 このような不誠実な対応を東映が続けてきた為、Xさんらは今回裁判の提訴に至った。未払い残業代の支払いだけではなく、セクハラの被害に加え、本社の不適切な相談対応や長時間労働に対する慰謝料を求めている

 提訴に至るXさんの思いをまとめた動画も総合サポートユニオンから公開されている。

 今回の東映で生じている問題の「告発」は、Xさんだけでなく、映像制作関連の業界に広がる課題だ。2017年以降には、「#MeToo運動」として、ハリウッドの俳優たちへの性暴力の告発を契機に、世界的なセクハラ告発運動へと発展してきた。

 日本の映画業界でも、2021年に、映画界のジェンダーギャップや労働環境の問題に取り組む団体であるJapanese Film Projectが発足するなど、セクハラ・性暴力が後を絶たない業界を改善しようという動きが広がってきている。

 また、メディア業界(放送、映像、広告、出版、新聞)での過重労働については、厚生労働省が出している「過労死白書」の最新版において、重点的な対策が必要だとして分析している。

 同業界で2010年度から2020年度に、いわゆる過労死(業務に起因する脳・心臓疾患と精神疾患)で労災支給決定(認定)された事案の推移をみると、脳・心臓疾患事案の認定数は減少傾向にあるが、精神障害事案は増加傾向となっている。11 年間の総数は 113 件(年平均 10.3 件)であった。

出典:2023年『過労死白書』(厚生労働省)
出典:2023年『過労死白書』(厚生労働省)

 さらに、メディア業界で精神疾患の労災認定がなされた要因は、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」、「2週間以上にわたって連続勤務を行った」などの数値が高くなっている。

 Xさんも、厳しい納期に追われ、仕事内容の変更や多種多様な業務を任されており、長い時には19日の連続勤務もあった。こうしたデータと合わせて考えると、Xさんのような状況は業界全体に広がっており、精神疾患発症の温床となっていると推察できる。

参考:2023年版 過労死等防止対策白書第3章「過労死等をめぐる調査・分析結果」

 メディア業界ではまだまだこの表に出ていない被害が隠れているだろう。Xさんを支援する総合サポートユニオンにも、同業界からの労働相談は多数寄せられており、今後は同業界での相談活動に力を入れていくという(末尾参照)。

 大手映画製作会社を相手取って提訴したXさんの行動は、業界全体を変えていく1つの契機になるのではないだろうか。

*なお、東映にも見解を求める依頼を行ったが、現在までに回答を得られていない。回答があった時点で追記する。

追記:同社から、「弊社に訴状が届いておらず、詳細が分かりません。つきましてはコメントを差し控えさせていただきたく」との回答があった。

Xさんが所属する総合サポートユニオンによる業界ホットライン

メディア・クリエイティブ業界で働く人のための無料労働相談ホットライン

12月22日(金)17時〜21時、12月24日(日)13時〜17時

番号:0120-333-774

主催:総合サポートユニオン

相談無料・通話無料・匿名可能・秘密厳守

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事