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監獄のような「貧困ビジネス」が急増中 その手口と「脱獄」方法とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 インフレの影響が続き、10月から酒類・飲料を中心に4000品目以上が値上がりしたとみられる。多くの人が生活の苦しさを実感している。インフレの影響は特に所得が少なく、貧しい人々に大きな影響を与えている。

 今後、おおくの人々が家賃を支払うことができなくなり、ホームレス状態になってしまうこともあるかもしれない。実際に、1990年代から日本経済が長期低迷を続ける中で、繰り返しホームレスが社会問題になってきた。

 ホームレスはバブル崩壊後に大きく注目されるようになり、2008年のリーマンショックにおいては大量の失業者(多くが派遣労働者だった)が日比谷公園に「派遣村」を開設することで政権をも揺るがした。今回のインフレによって、ホームレスが再び社会問題となる可能性はあるのだろうか?

実は「減少」しているホームレス

 ところが、実は公的な統計上ではホームレスは減少の一途をたどっている。国が「ホームレス自立支援法」を制定し、2003年から統計を取っているが、初回2003年の2万5296人から最新2023年の3065人にまで激減しているのである。

 統計上のホームレスが減少している理由として考えられるのは、第一に、公的なホームレスの定義が路上生活者に限定されているためだ。24時間営業のインターネットカフェやファミリーレストランの増加は、「目に見える」ホームレスを減少させ、彼らの存在を「不可視化」させてきた。特に、若者や女性ではこの傾向が強く、「住居喪失者」の実態をより見えにくくしている。

 実際に、2018年に東京都が公表した調査によれば、「ネットカフェ難民」(「インターネットカフェ等をオールナイト利用する住居喪失者」)は1日あたり約4000人いるという。この数字だけで国の統計上のホームレス数を超えている。

 第二に、行政による施設への「収容」が進んでいるからだ。先述のホームレス自立支援法に基づく「自立支援センター」や、生活保護受給者に多い「無料低額宿泊所」などである。

 後者については、厚生労働省が2020年に実施した調査によると16397人が入所しており、路上生活者の5倍以上である。これらの一部には、良心的な事業者もいるものの、劣悪な居住環境であることも少なくなく、生活保護費のほとんどをピンハネされるために「貧困ビジネス」であると批判されてきた

 今回は、ホームレスを収容する「貧困ビジネス」が拡大した背景やその実態を論じていきたい。

貧困ビジネス拡大の背景

 そもそも、日本で「ホームレス問題」が社会問題となったのは前述したように1990年代以降だが、ホームレス自体は常に存在していた。高度成長期には、日雇労働者が簡易宿泊所(いわゆる「ドヤ」)に寝泊まりする「寄せ場」が東京の山谷や大阪の釜ヶ崎に形成された。

 彼らが従事する港湾運動業では、時期や天候による貨物の取引量の変動が大きく、人員の調整が容易な日雇労働者に依存していたためである。さらに、国や自治体は、家族持ちの労働者には公営住宅を斡旋して流出させ、農村や炭鉱から単身男性の労働者の流入を促進することで、政策的に単身日雇労働者を集中させた。

 こうして「ホームレス問題」は一般市民からは不可視化されることになった。要するに、生活困窮者たちを日雇労働者の「スラム」に政策的に囲い込むことで、隔離してきたというわけだ。

 しかし、1990年代には寄せ場における日雇労働市場が解体し、失業が顕在化したことでホームレスが寄せ場を超えて拡大した。さらに2000年代には非正規雇用などのワーキングプアの増加により、貧困や不安定居住が普遍化する「社会の総寄せ場化」が起きたのである。

 そのような状況が露呈したのが、2008年に起きたリーマンショックの時であった。当時、200万人ほどいたと言われる製造業派遣労働者の半数は、故郷を離れて単身で工場に赴任し、会社の借り上げ寮に住んでいた。その多くが一斉に解雇される「派遣切り」により、仕事と住居を同時に失ったのである。

 こうしたホームレス問題が顕在化する中で、受け皿となったのが先ほどの「無料低額宿泊所」であった。無料低額宿泊所の源流は戦前の篤志家による慈善事業とされているが、戦後は先述の通りホームレスは寄せ場に集中したため、無料低額宿泊所のニーズは低下し、施設数は大きく減少していた。しかし、1999年からは施設数が増加に転じ、1998年には43施設だったのが、最新の2020年には608施設へと激増していった。

 無料低額宿泊所にはもともと法定の最低基準が設けられておらず、徴収する費用に対する規制もなかったため、設備やサービスにかけるコストを抑え、受給者から保護費を多く徴収すれば、利益が生み出される構造があった。そのため、ホームレスを相手にした貧困ビジネスが拡大したのである。

 ただし、無料低額宿泊所の拡大は事業者側だけでなく、行政自身が積極的に活用しているという面も忘れてはならない。厚労省の2020年の調査では、入居者が施設を知った経緯の57.5%は福祉事務所の紹介であり、他のルートより圧倒的に多い。

 行政が無料低額宿泊所を活用する理由の一つは、「管理コストの削減」だ。社会福祉法では、生活保護を受給する80世帯に対し、1人のケースワーカーの配置を標準数としている。しかし、現実にはケースワーカー1人が担当する生活保護受給世帯はもっと多く、100世帯を超えることは珍しくない。厚労省の調査によれば、指定市・東京23区・県庁所在地・中核市の全国107市区のうち、配置標準を満たしていない自治体は約7割にのぼるという。

 こうしたケースワーカーの人員不足を背景に、ホームレスの人たちが1カ所にまとまり、かつ管理もしてくれる無料低額宿泊所が「重宝」されてしまっている。普段の生活を施設の管理人が管理(決して支援ではない)してくれて、家庭訪問も1軒ずつ回る手間も省けるというわけだ。いわば、ケースワーク業務の「アウトソーシング」である。

「貧困ビジネス」の実態

 先述の厚労省の最新の調査(2020年)によると、無料低額宿泊所は全国608施設、入所者は16397人である。入所者数の約77%は首都圏の一都三県に集中しており、年齢層は65歳以上が約46%と約半分を占める。入所期間は3年以上が37.4%で最多、1年以上〜3年未満が24.4%と次に多く、1年以上の長期入所が約6割を占めている。

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEで相談を受けた人たちの証言によれば、部屋は個室でなかったり、個室と称していてもワンルームの部屋をベニヤ板で仕切っているだけだったりする(1人あたり3畳程度)うえ、南京虫が湧いた施設もあるという。

無料低額宿泊所の室内(相談者提供)
無料低額宿泊所の室内(相談者提供)

 さらに、食事は古い米が多く、揚げ物ばかりだったり、毎日同じものばかりだったりと評判がよくない。食事、風呂、清掃などの集団生活が辛いという人もいる。また、保護費のほとんどを徴収され、手元に1、2万円程度しか残らないという。

 全てがこのような環境ではないにせよ、窓口で選択の余地を与えてくれることはほぼない。その時に空いている施設を紹介されるだけだ。見たこともない施設に急に入れられるのだから、不安を感じる人も多い。

 このような劣悪な施設に対する批判もあり、国は無料低額宿泊所の最低基準を法制化した(2020年4月施行)。居室の個室化を義務付け、床面積は7.43平方メートル(約4畳)以上を原則とし、「地域の事情によりこれにより難い場合」には、4.95平方メートル(約2.7畳)でもよいとしている。

 

 実際、先述の厚労省調査では、全室個室の施設は全体の約87%となっているが、これは一部に簡易個室(間仕切り壁が天井まで達していない居室)を含んでいても全室個室とカウントされている。つまり、厚労省の最低基準でも3畳に満たない居室が条件付きで許容されている上に、実態としてもいまだに簡易個室が残っているのが現状である。

 以上のように、無料低額宿泊所は設備やサービスのコストを極限までカットし、受給者をできるだけ長期入所させ、保護費の大半を徴収することで利益を生み出そうとしている。入所者の約半数は高齢者であり、介護施設にも入れず事実上の「終の住処」となっているのだ。

 かつての「寄せ場」は貧困者を最底辺の労働力として活用するために形成されたスラムであった。だが、今日の収容施設は労働力としては活用できず、「日本経済の余剰」となっている人々を、低コストに収容し続けることで行政のコストを削減し、なおかつ業者の利益の源泉としているとみることもできるだろう。

新手の「貧困ビジネス」

 さらに最近では、新手の「貧困ビジネス」とも言えるケースが出てきている。ホームレスの人たちに郊外の辺鄙な場所にあるアパートをあてがう代わりに、身分証を取り上げてしまう。しかも、そのアパートも給湯器が壊れているなど劣悪な物件だという。

 そして、入居者が集まったところで高値で転売し、利益を得ているという。入居者が多い物件は高値で売れるため、生活保護者を劣悪な物件に囲い込むことがビジネス化しているということだ。

 無料低額宿泊所を不十分ながら規制したことで、ホームレスの人たちを利益の源泉とする新しい手法を編み出したのかもしれない。しかも、入居者は「就労支援サービスがある」などとだまされて誘い込まれるが、こうした物件は仕事のない辺鄙な場所にあることも多く、失業をも助長しているという。

参考:「生活困窮者を入居→転売」貧困ビジネスの正体

貧困ビジネスからの脱出へ

 では、貧困ビジネスから脱出するためにはどうすればよいのだろうか?

 貧困ビジネスから脱出するためには、まず、初期費用の申請書(一時扶助申請書)を出すのがよい。申請書は自作のものでかまわない。役所に申請書を出せば14日以内(最大30日以内)に費用を支給するかどうか判断しなければならない。これが認められない場合には、文字通りの物理的な「脱出」も手段となる。

 当事者から話を聞くと、無料低額宿泊所などの「貧困ビジネス」は監獄のようだという。しかし、他方で無料低額宿泊所から脱出することには、「脱獄」のような法的なリスクはほとんどない。監獄から脱走すれば脱走犯として警察に追われ続けることになるが、無料低額宿泊所から脱走したからと言って法的な問題は何ら発生しない。福祉事務所と連絡が取れていれば、保護が打ち切りになることもない。

 POSSEでは、無料低額宿泊所などの「貧困ビジネス」からの脱出支援を行っている。脱出したいという方は、社会福祉士資格を持つ専門スタッフが「脱出マニュアル」を作っているので、参照いただきつつ、末尾の相談窓口にご連絡いただきたい。

参考:「生活保護施設からの脱出マニュアル」

無料生活相談窓口

NPO法人POSSE生活相談窓口

TEL:03-6693-6313

火木 18:00~21:00/土日祝13:00~17:00

メール:seikatsusoudan@npoposse.jp

LINE:@205hpims

*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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