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保育士「不足」の最大の理由? 「休憩」問題で画期的な判決 その効果とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

岸田政権の政策を待たずとも、保育園の改善はできる?

 昨年から、保育園の労働環境が話題だ。岸田政権の「異次元の少子化対策」で掲げられている柱の一つに保育園政策があるが、中でも保育士一人当たりの園児数を定めた「配置基準」の見直しなどによる保育士増員が取り沙汰されている。また、昨年から相次ぐ保育園の園児虐待事件の報道において、職員が虐待に至る背景として、保育園の労働環境が注目されたことも記憶に新しい。

 こうした中で強調される保育園の労働問題の一つが、職員が休憩を取れないという実態だ。勤務中にろくに休むことができないため、保育士たちは体調不良や退職に追い込まれ、保育士不足に拍車がかかっている。

 「休憩くらい」と思うかもしれないが、目の離せない子供を見る仕事において、まったく休むことができず、時には食事や排せつさえ我慢して働き続けることは、かなりのストレスになる。そのため、以前から虐待や不適切保育の背景の一つにも、休みの取れなさが指摘されている。

 ところが、国による改善策は一向に進む様子はない。

 そもそも、休憩の不取得は、いうまでもなく労働基準法違反である。もちろん、そこには配置基準などによる保育士不足が影響しているわけだが、明確な違法行為である以上、現在でも改善がしやすいはずだ。国による抜本的な制度の改正をわざわざ待たずとも、いますぐ保育園の現場で改善に着手できる労働問題の代表が、休憩不取得ではないだろうか。

 おりしも、この1年の間、保育士が原告となって休憩不取得の実態について争われていた二つの重要な裁判が相次いで解決に至っている。そこで本記事では、これらの裁判の経緯を踏まえながら、保育園の休憩不取得の問題に注目し、その実態と対策について考えてみたい。

保育士の休憩時間はゼロ! 裁判所が認定した理由とは

 まずは、社会福祉法人が経営する京都府の認可保育園で働いていた保育士が起こした残業代未払い訴訟を紹介しよう。この裁判は2022年に京都地裁で判決に至っているのだが、非常に画期的なことに、2年間で休憩時間が1分も取れていなかったことを裁判所が認めている。

 原告になった保育士は、この園において、園長に次ぐ統括的な役職として働いてきた。ところが、そのうち1年間は、5歳児クラスの担任も一人で兼ねていた。このため、卒園を控えた年長児童のみの行事などをすべて一人でこなさざるを得ず、かなり多忙にならざるを得なかったという。休憩時間中も、連絡帳の記入などの業務を行い、昼食も食事指導として園児と一緒にとっていた。

 別の時期では、クラス一人担任の兼任こそしなかったものの、全ての乳児クラスのアシスタント業務をしており、一人担任の保育士に交代で30分間の休憩を取らせるべく、その業務を肩代わりしていたことから、全く休憩を取れなかったという。

 法人側は裁判で、勤務シフトに設けられた休憩の欄に「○」という記載がされていたことから、原告の保育士は休憩が取れていたはずと反論している。しかし、具体的な休憩時間の記載がないことから、裁判所はこの記録によって休憩が取れたとしては扱わなかった。そのうえで、休憩時間中に上記の業務を行っていたため、原告は2年間いっさい休憩が取れていなかったものと認めたのである。

 休憩時間の保育園の中でも、特に副園長や主任などの全クラスをサポートしながら統括的な立場で働く保育士にとって、この判決の意義は非常に大きいと言っていいだろう。

 正確な勤務実態の把握が難しいことから、あらゆる業種で休憩時間の不取得を裁判所が認定することじたいが稀である。特に、保育の業務は子供への臨機応変な対応が必要であり、運営側が人員や体制を適切に整えな限り、保育士が休憩をとることはできない。

 今回の判決は、いつでも園児に対応しなければならないという保育労働の過酷さを正面から受け止め、使用者に対応を迫ったものと評価できるだろう。

休憩どころかトイレにさえ行けない!

 次に紹介するのは、社会福祉法人が経営する茨城県の認可保育園で働く保育士ら7名が、2021年6月に法人を相手取って起こした裁判である。原告たちは主任やクラス担任、保育補助などを務めており、保育園の職員による経営者に対する集団提訴は珍しい。この裁判では、休憩時間が取れていなかった事実が特に争われており、今年2月に和解になったばかりだ。

 原告たちは保育園の労働者らによる労働組合「介護・保育ユニオン」に加入して、法人に対して団体交渉も行っている。以下、ユニオンの聞き取りに基づいて経緯を解説したい。

 職員たちは、園の保育環境や労働環境を理由に集団退職を迷った末に、2020年に介護・保育ユニオンに加入。園の環境改善を目指して法人と交渉を開始した。それまで保育士らはあまりの多忙さのために休憩を取るどころか、夕方にやっとはじめてトイレに行けるようになるほどで、膀胱炎、胃腸炎を発症した保育士もいたという。

 労働者側の主張としては、休憩が取れていなかった主な理由には、園児と一緒に昼食を取っていることや、午睡中(午後のお昼寝)などで園児の見守りをせざるを得なかったことがあった。また、「休憩時間」とされた時間帯に、園児の体温の測定・記録、保護者へのお便りや配布物などの様々な書類の作成、室内消毒、職員会議の出席、行事の準備や壁面の飾り付けなど膨大な業務を行っていたという。

 そもそも同園では、どの職員がいつ休憩に入るかというシフトが存在せず、それどころか休憩時間の取得を記載する仕組みが何もなかった。さらに職員が園児のいない部屋で休憩することも認められていなかった。園児と一緒の空間にいる限り、さまざまな対応を迫られる可能性があるため、休憩を取得することは困難だろう。

 保育園で休憩時間が取れない理由として、これらの理由は非常に典型的であり、介護・保育ユニオンによれば、労働相談が寄せられる多くの保育園で共通している問題だという。

 同園では、ユニオンの申し入れ後に改善を勝ち取り、保育士たちは就職してからはじめて休憩を取ることができ、園児のいない別室でしっかりと休めるようになった。

 最終的にこの裁判は和解となったため、裁判所によって休憩不取得の事実認定が明確にされたわけではないのだが、裁判所の仲介によって、法人から原告たちが納得できる金額が支払われたという。

 実質的に原告の主張について、園側が受け入れたと言えるだろう。また、本記事執筆時点でも、原告となった組合員の保育士がこの法人の保育園で勤務しており、適切に休憩時間を取得して働けているとのことだ。

保育園の労働問題は、現場から変えられる?

 本記事では、保育園で休憩を取れない問題の実態とともに、保育士らが声を上げることで、現場から問題化に成功した事例を紹介してきた。

 今回の裁判で、保育園の休憩不取得を認めさせることに道が開かれてきた。今回の判決が出たことで、保育園の使用者や、彼らに助言をする社会保険労務士らにとって、「休憩問題は無視できない」という印象を与えることになるだろう。

 後から全額の請求が認められたこともある、というのは経営サイドからみれば大きなプレッシャーになるはずだ。単純計算しても、2年間で400時間以上の労働時間に当たることになる。場合によってはこれに割増賃金や遅延損害金も加わることもある。労働者側から「裁判で全額請求されていることもありますよ」というだけでも効果があるに違いない。

 また茨城県の保育園では、在職の保育士らが集団で立ち上がってユニオンに加入したことで、休憩の環境が改善できている点にも注目される。今回の判決について、労働組合が法律に基づく交渉で指摘すれば、さらに効果的だろう。

 この二つの事件の解決をつうじて、「労使関係」の重要性が浮かび上がってくる。職員の配置基準をはじめ、保育園の環境改善のために、国の制度改正が重要であることは当然だ。しかし、労働者が経営者に対して声を上げれば、現在の法制度内でも改善できることがある。

 さらに言えば、たとえ保育士の配置基準が見直されても、保育園から労働問題がなくなるわけではない。本当に現場の保育環境や労働環境を改善させるには、制度改正と同時に、つねに職場で労働者が問題を監視し、発言できる環境をつくることが不可欠だ。その象徴的な問題が休憩不取得ではないだろうか。

 保育園の労働環境に悩んでいる人は、遅々として進まない国の政策を待たずに、勇気を持って現場から労働者としての権利を行使してみてはどうだろうか。まずは労働組合や、労働問題専門の弁護士に相談することをおすすめしたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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