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「市に話したやつは誰だ!」「誓約書をかけ!」 虐待を隠蔽する保育園の実態とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

隠蔽が相次ぐ中、保育園は調査に正直に回答するのか?

 昨年、静岡県裾野市で起きた事件を受けて、保育園における園児への虐待や不適切保育が、これまで以上に注目されるようになっている。全国でも同様の事件が立て続けに報道されている。とはいえ、明るみになった被害は実態のうちの、ほんの一握りだろう。

 厚労省も2022年12月末から、保育園における虐待の実態調査に乗り出している。しかし、この調査には「限界」がある。というのも、調査対象を監督者の「自治体」と、運営者である「保育施設」のみに限っているのだ。

 なぜ、このことが問題なのだろうか。じつは、裾野市の保育園をはじめ、相次いで報道された虐待事件の多くにおいて、経営者や園長の「隠蔽」や「圧力」によって、職員からの通報が「妨害」された形跡がうかがえるからだ。そのような保育園が国から調査を受けたとして、ありのままの実態を回答するだろうか。

 そもそも、虐待をめぐる議論が高まる中でも、経営者や園長による隠蔽をいかに防ぐかという論点は、さほど注目されているようには見えない。結論を先取りすれば、実態が判明した事例のほとんどは保育士自身や第三者からの告発によるものなのだ。

 そこで本記事では、昨年末に報道されている複数の事例を振り返り、保育園における虐待通報に関する隠蔽や忖度について検証してみたい。そのうえで、労働組合「介護・保育ユニオン」が先週開始したばかりの、保育園の職員を対象とした保育園虐待の調査の回答結果の一部を紹介し、虐待の通報が阻まれてしまう具体的な実態を明らかにしていきたい。

「市に話したやつは誰だ。命令を聞かないやつは、うちの園から出す」

 次々と発覚する保育園の虐待事件を機に、虐待が起こる背景について、様々な議論がなされている。加害者の個人的な資質、保育士の配置基準や低賃金などの労働環境の影響、研修の不足などが指摘されているようだ。

 一方で、虐待を目撃した職員たちが、「忖度」せずに園の上司に相談・報告することができる環境があるか、それを受けた園が隠したり妨害したりせずに、調査や自治体への報告、被害者のフォローなど、適切に対応する環境があるかについては、あまり論じられる機会は少ない。

 いま報道されている事例のほとんどが、職員が上司に相談し、上司が自治体に報告するというスムーズな経緯によって明らかになったわけではない。それどころか、園による明確な「隠蔽」が確認できる事例も少なくない。

 まず、一連の報道の発端となった静岡県裾野市の認可保育園のケースを見てみよう。同園では3人の保育士によって、泣かない園児の額をたたいて無理やり泣かせようとする、頭をバインダーでたたく、カッターナイフをみせ脅す、宙づりにした後に真っ暗な排泄室に放置する、倉庫に閉じ込める、園児の様子を馬鹿にした呼びかけ(ブス、デブ等)、暴言を浴びせるなどの行為が行われ、裾野市によって16項目の不適切行為が認定された。3人は静岡県警に暴行容疑で逮捕、書類送検されている。

 ここで当時の園長の振る舞いに着目したい。園長は、裾野市から虐待について指導を受けた後にわざわざ、全保育士に対して「個人情報」や「機密事項」を外部に漏洩しないという内容の誓約書を書かせている。そのうえ、虐待を告発しようとした保育士に対して土下座し、口外しないよう求めていた。裾野市はこの誓約書について、犯人隠避の疑いがあるとして、静岡県警に当時の園長を刑事告発しているほどだ。

 さらに衝撃的なのは、東京都日野市の認可保育園で起きた事件だ。この保育園では、職員1人が複数の園児に叩く、体を押さえ込むなどの虐待をしていたとされる。日野市が情報を把握したのは、通報を受けてではなく、定期的な実地指導中の職員たちへの個別ヒアリングがきっかけだった。

 しかし、市によれば、園は激しく抵抗した。園は虐待について「やるはずがない。そのような行為は行っていない。市に話したやつは誰だ。命令を聞かないやつは、うちの園から出す」という趣旨の発言を行い、市に虐待行為を証言した人を明かすようにまで迫ったという。これでは、「犯人探し」や「報復」を明言していることになる。

 しかも奇妙なことに、この園では、職員約20人が日野市に対して、署名・押印入りで、市のヒアリング中止の申出書を提出している。ところが一部の職員は、ヒアリングの中止を求める書類であるという説明を受けないまま、意思に反して署名押印をしていたというのだ。事実であれば、経営者が職員たちを無理やり、虐待の隠蔽に「動員」していたということになる。なお現時点でも、園は市の改善勧告にもかかわらず、虐待の事実を認めていない。

 報道や自治体の説明を信じる限り、これらのケースからは、保育園の経営者や園長が、職員による告発の声を封じ込めようとしていたことが明らかだ。こうした保育園においては、園が国の調査に対して、虐待の実態を正直に報告することはもちろん、職員が自治体に通報することも容易ではないだろう。

「声に出せない雰囲気があった」…萎縮と忖度の現実

 それ以外の事例の報道でも、はっきりとした妨害が明確でなくても、職員が告発を萎縮させられ、「忖度」させられていることが見受けられる事例ばかりだ。

 千葉県松戸市の小規模認可保育園で、保育士3人が複数の園児の頭をたたくなどの行為が発覚したのは、退職した匿名のパート保育士からの市への通報がきっかけだったという。その後の市の調査に対しても当初、園は事実を否定していた。在職中の通報の困難さが垣間見えると同時に、職員が問題の行為を園に報告しても、そのまま放置されていた可能性が高いと考えざるを得ない。

 仙台市の企業主導型保育園では、園児に日常的に下着姿のまま食事をさせていたなどの行為が問題になった。市の調査のきっかけは、仙台市に匿名の通報があったことだ。特筆すべきことに、市のヒアリングに対し、他の職員は「(問題の行為について)声に出せない雰囲気があった」と述べており、職員が萎縮させられる環境があったことが明言されている。

 神戸市の認定こども園で、園児の頭をたたくなどの行為が発覚した事件に至っては、行為を告発したのは職員ですらなく、たまたま職業体験で園を訪れていた中学生であった。生徒たちが「子どもをたたく様子を見た」と学校に報告したことによって、被害が明らかになったという。これまでに一度もなかった園児への暴力が、生徒がいるときに偶然起きてしまったとは考えづらく、日常的に職員たちが沈黙させられている実態がうかがえる。

 断片的だが、これらの事例からは、保育園において現職で働く職員たちが告発を躊躇させられ、場合によっては慣らされてしまっている構造が見え隠れする。経営者や園長が、そのような環境を生み出している可能性は否定できないだろう。

 もちろん、虐待が起きた保育園の中には、職員が起こしてしまった虐待に対して、誠実に向き合おうとしている保育園もあるだろう。しかし、保育業界は過去20年間で規制緩和による市場化が進められ、保育の質に関心がなく、コストカットによって利益を最大化することを目的として新規参入した経営者も少なくない。そのうえ、経営者や管理職が、子どもたちを「効率的」に「管理」する方法として、怒鳴ったり閉じ込めたりなど、虐待にあたる行為を「推奨」しているケースもある。

 介護や保育現場のハラスメント事例に詳しい坂倉昇平氏によれば、保育園の職員たちがこうした経営者の考えを内面化し、虐待に疑問を呈する同僚に対して、「自発的」にハラスメントを行っていることが多いという。経営者の方針が職員同士による通報への相互監視作り出している可能性も指摘できるだろう。

参考:坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)

虐待を相談した職員の50%が「何も起きなかった」と回答

 以上から、保育園で働いている職員たちに対する詳細な調査が必要なことは明白だ。経営者や園長に虐待を安心して相談・報告できる環境はあるのか。経営者や園長は、虐待を自治体に適切に報告してくれそうなのか。握りつぶされていないか。より踏み込んだ調査がもとめられるのだ。厚労省の調査では、その観点は欠如していると言わざるを得ない。

 そこで注目したいのが、先週、労働組合が開始したばかりの保育園虐待オンライン調査だ。実施しているのは、保育園で働く労働者らの相談を受け、告発や改善のサポートをしている「介護・保育ユニオン」である。「保育園虐待の実態に関するアンケート」を募集している。

 この調査では、保育園で働いている人、働いていた人を対象として、自身の経験した虐待の実態や、その背景について尋ねている。それだけでなく、虐待を相談できない理由や、虐待を相談したときにどのような対応がなされたかなども質問項目に挙げている。調査結果は、ホームページや記者会見で公表予定であるという。

 筆者は、現在40件が集まっている調査結果(2023年1月21日時点)について介護・保育ユニオンに取材したが、息苦しい保育現場の実態が伝わってくる。

 例えば、虐待が疑われる行為を見聞きしたにもかかわらず、誰にも相談しなかった人の理由としては、「派遣だったため相談しにくかった」「先輩保育士がやっていたこともあり、何も言えなかった」などの声が寄せられている。

 また、虐待が疑われる行為を見聞きして、誰かに相談したと回答のあった30件のうち、相談した後の結果について、50%が「何も起きなかった」と回答し、現時点ではなんと100%が「満足できる結果ではなかった」と回答している。

 その具体的な理由や内容も非常に生々しく、「本人が行為を認めず、「証拠がない」ので、これ以上介入できないとのことだった」「処罰をすると人が退職してしまい、現場が回らなくなってしまうので、何も言えなかったのだと思われる」「経験のある先生が虐待を主にしていて、自分自身は新卒だったので信用してもらえなかった」「法人のトップが隠蔽を指示し、行った職員に指導することなく、園長だけが降格された」などの声があがっており、調査や処分が適切に行われていない現実がうかがえる。

 さらに、相談したことによって「降格を言い渡された」「理不尽なことで注意をされたり陰口をされた」「行事の時に役割を与えない」などの嫌がらせを受けたとの声も少なくない。

 こうした職員を取り巻く実態は、保育園に対する表面的な調査からは見えてこないものだろう。この現実を社会的に知らせるために、自分が虐待を見聞きしたり、保育園の対応に問題があったりという経験のある方は、ぜひ調査に回答してみてはいかがだろうか。

 また、介護・保育ユニオンは普段から労働組合として、虐待の告発や保育環境・労働環境の改善のサポートを行っており、虐待の通報を無視してきた保育園に対して、事実を認めさせ、加害者を処分させたケースもあるという。労働組合であれば、一人で通報することによって嫌がらせを受けるリスクについても、対応することが可能だ。いま勤めている保育園で起きている虐待をすぐにでも問題にしたい方は、ユニオンに相談してみることをおすすめしたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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