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「2人の証言」で実現? 「自己都合」から「会社都合」に離職理由を変える方法とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 数日前、離職理由をめぐる次のTwitterが大きな注目を集めた。パワハラで自主退職した友人がハローワークからの案内で会社都合にすることができた、という内容のツイートだ。

 離職理由をめぐる問題は非常に多く、私が代表を務めるNPO法人POSSE のもとにも「ハラスメントがひどいので退職したいが会社都合になってしまっては生活ができない」「長時間労働が原因退職したが何とか会社都合にできないか」などの相談が良く寄せられる。

 そもそも、失業時に雇用保険の「求職者給付」を受給するにあたっては、自己都合退職の場合と、「特定受給資格者」(倒産・解雇等により再就職の準備をする時間的余裕なく離職を余儀なくされた者)や「特定理由離職者」(家庭の事情や体力低下が離職理由の場合や、希望退職に応じた場合など)では、給付の条件が大きくかわってくる。

 もっとも大きいのは、そもそもの求職者給付を受ける条件が変わってくることだ。一般の離職者の場合、離職の日以前の2年間に、11日以上又は80時間以上働いた月が12か月以上あることが受給の要件となるが、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」の場合には、離職の日以前の1年間に11日以上又は80時間以上働いた月が6か月以上あれば、受給資格を得ることができる。

参考:東京都発行『ポケット労働法2022』

 また、後述するように、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」に該当した場合、離職後の一定期間(2~3か月)給付されない「給付制限」受けず、また、給付日数も多くなる場合があるうえ、失業中の社会保険料が安くなることもあるのだ。そのため、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」となるかどうかは失業中の生活を大きくわけるといっても過言ではない。

 実は、一般的にはあまり知られていないのだが、自己の判断で退職した者であっても、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」として扱われる場合がある。特定受給資格者や特定理由離職者は、冒頭のツイートのケースのようにパワハラに遭っていた場合だけではなく、長時間労働が遭った場合、明示された労働条件と実際が乖離していた場合、心身の障害、家族の看護など実にいろいろな場合に認められる制度だ。

 しかし、これも後述するように、どのような「証拠」があれば、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」として認められるのかについて、一般に情報公開されてはいない。そのため、上記のツイートが大きく拡散される結果となっているわけだ。

 そこで今回は、失業時の生活に多大な影響を与える一方で、あまり社会に知られていない「特定受給資格者」や「特定理由離職者」の内容と認定のされ方について、厚生労働省やハローワークへの聞き取りの結果をまじえて紹介していく。

離職理由ハローワークが判断する

 最初に、離職理由の決定のされ方を見ておこう。

出所:ハローワークインターネットサービス
出所:ハローワークインターネットサービス

参考:ハローワークインターネットサービスより

 上図のとおり、離職理由はハローワークが決定する。

 雇用保険に加入している労働者の労働契約が打ち切られた場合、会社は離職理由を記載した「離職証明書」を所轄のハローワークに提出し、ハローワークからは離職票が送り返されてくる。

 離職票には、会社が記入する欄とは別に、労働者が自分で離職理由を記入する欄がある。離職理由が会社と労働者で一致しない場合は、ハローワークが調査して、離職理由を決定することになる。こうして離職理由が自己都合と会社都合に分けられる。

 自己都合による退職であると判断された場合、離職理由によっては、求職者給付を受ける際に2か月間または3か月間の給付制限期間を付けられてたり、給付期間を減らされたりしてしまうのだ。

 これに対し、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」に該当する場合には、すでに述べたように給付制限や給付日数の制約を受けずに済む場合がある。

多岐にわたる「特定受給資格者」や「特定理由離職者」の範囲

 「特定受給資格者」や「特定理由離職者」の範囲と利点について紹介しよう。

 なお、以下の記述の詳細はハローワークインターネットサービス「定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」および厚生労働省「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲と判断基準」に詳しい。

特定受給資格者の範囲

 特定受給資格者とは、離職理由が、倒産・解雇等により再就職の準備をする時間的余裕なく離職を余儀なくされた受給資格者のことで、「倒産」等により離職した者と 「解雇」等により離職した者の二つに大きく分けられる。特定受給資格者になると給付制限期間がなくなり、所定給付日数が伸びる(下表参照)。

出所:東京都発行「ポケット労働法2022」
出所:東京都発行「ポケット労働法2022」

 「倒産」等により離職した者には、倒産、大規模な整理解雇、事業所の廃止や移転が理由で離職した場合が含まれる一方で、「解雇」等により離職した者には、次のように実に様々理由による離職が含まれる。少し量が多いが、ざっとご覧になっていただきたい。太字は筆者によるものだが、実はこの部分に該当しているのに、気づいていなかった! という離職者の方も多いのではないだろうか。

  • (1) 解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇を除く。)により離職した者
  • (2) 労働契約の締結に際し明示された労働条件が事実と著しく相違したことにより離職した者
  • (3) 賃金(退職手当を除く。)の額の3分の1を超える額が支払期日までに支払われなかったことにより離職した者
  • (4) 賃金が、当該労働者に支払われていた賃金に比べて85%未満に低下した(又は低下することとなった)ため離職した者(当該労働者が低下の事実について予見し得なかった場合に限る。)
  • (5) 離職の直前6か月間のうちに[1]いずれか連続する3か月で45時間、[2]いずれか1か月で100時間、又は[3]いずれか連続する2か月以上の期間の時間外労働を平均して1か月で80時間を超える時間外労働が行われたため離職した者。事業主が危険若しくは健康障害の生ずるおそれがある旨を行政機関から指摘されたにもかかわらず、事業所において当該危険若しくは健康障害を防止するために必要な措置を講じなかったため離職した者
  • (6) 事業主が法令に違反し、妊娠中若しくは出産後の労働者又は子の養育若しくは家族の介護を行う労働者を就業させ、若しくはそれらの者の雇用の継続等を図るための制度の利用を不当に制限したこと又は妊娠したこと、出産したこと若しくはそれらの制度の利用の申出をし、若しくは利用をしたこと等を理由として不利益な取扱いをしたため離職した者
  • (7) 事業主が労働者の職種転換等に際して、当該労働者の職業生活の継続のために必要な配慮を行っていないため離職した者
  • (8) 期間の定めのある労働契約の更新により3年以上引き続き雇用されるに至った場合において当該労働契約が更新されないこととなったことにより離職した者
  • (9) 期間の定めのある労働契約の締結に際し当該労働契約が更新されることが明示された場合において当該労働契約が更新されないこととなったことにより離職した者(上記(8)に該当する場合を除く。)
  • (10) 上司、同僚等からの故意の排斥又は著しい冷遇若しくは嫌がらせを受けたことによって離職した者、事業主が職場におけるセクシュアルハラスメントの事実を把握していながら、雇用管理上の必要な措置を講じなかったことにより離職した者及び事業主が職場における妊娠、出産、育児休業、介護休業等に関する言動により労働者の就業環境が害されている事実を把握していながら、雇用管理上の必要な措置を講じなかったことにより離職した者
  • (11) 事業主から直接若しくは間接に退職するよう勧奨を受けたことにより離職した者(従来から恒常的に設けられている「早期退職優遇制度」等に応募して離職した場合は、これに該当しない。)
  • (12) 事業所において使用者の責めに帰すべき事由により行われた休業が引き続き3か月以上となったことにより離職した者
  • (13) 事業所の業務が法令に違反したため離職した者

 問題は、これだけ多くのケースが「特定受給資格者」に該当してくる一方で、これらを「証明」することが難しいということだ。だからこそ、冒頭のツイートのように「2人の証明」という条件が今回あれだけ拡散されているわけだ。

特定理由離職者の範囲

 次に、特定理由離職者はどうか。こちらは、期間の定めのある労働契約が更新されなかったことによる離職者と、正当な理由のある自己都合により離職した者の二種類に大別される。これに該当する場合、給付制限がなくなる。

 また、特例により離職が2009年3月31日から2025年3月31日までの間にある場合は、期間の定めのある労働契約が更新されなかったことによる離職者については、所定給付日数が特定受給資格者と同じになる。

 「正当な理由のある自己都合により離職した者」の範囲は下記の通り実に広く、こちらも様々な場合に使えるようになっている。

  • (1) 体力の不足、心身の障害、疾病、負傷、視力の減退、聴力の減退、触覚の減退等により離職した者
  • (2) 妊娠、出産、育児等により離職し、雇用保険法第20条第1項の受給期間延長措置を受けた者
  • (3) 父若しくは母の死亡、疾病、負傷等のため、父若しくは母を扶養するために離職を余儀なくされた場合又は常時本人の看護を必要とする親族の疾病、負傷等のために離職を余儀なくされた場合のように、家庭の事情が急変したことにより離職した者
  • (4) 配偶者又は扶養すべき親族と別居生活を続けることが困難となったことにより離職した者
  • (5) 次の理由により、通勤不可能又は困難となったことにより離職した者
  • (a) 結婚に伴う住所の変更
  • (b) 育児に伴う保育所その他これに準ずる施設の利用又は親族等への保育の依頼
  • (c) 事業所の通勤困難な地への移転
  • (d) 自己の意思に反しての住所又は居所の移転を余儀なくされたこと
  • (e) 鉄道、軌道、バスその他運輸機関の廃止又は運行時間の変更等
  • (f) 事業主の命による転勤又は出向に伴う別居の回避
  • (g) 配偶者の事業主の命による転勤若しくは出向又は配偶者の再就職に伴う別居の回避
  • (6) その他、上記「特定受給資格者の範囲」の2.の(11)に該当しない企業整備による人員整理等で希望退職者の募集に応じて離職した者等

特定受給資格者と特定理由離職者が受けられる健康保険料の大幅な減免措置

 給付日数や受給制限の免除に加え、特定受給資格者と特定理由離職者と認められることによる大きなメリットは、国民健康保険の減免措置が受けられることだ。自治体によって細かい扱いは異なるが、ほとんどの自治体は健康保険料を計算する際の給与所得の額を30%に割り引いて計算してくれる。保険料は倍以上違うことになるので、その効果は非常に大きい。

参考:八幡市HP「倒産や解雇による失業のため国保に加入された人の保険料等の軽減制度について」

特定受給資格者・特定理由離職者と認定されるために必要なこと

 以上「特定受給資格者」および「特定理由離職者」に該当することのメリットを確認したうえで、いよいよ肝心の「認定を受ける方法」について紹介していこう。

 NPO法人POSSEが厚生労働省の担当者に確認したところによれば、認定にはハローワークが要件に当てはまると客観的に判断できる証拠を用意する必要がある。そのうえで、認定の判断は行政処分を下す各地域のハローワークに任されおり、統一された基準があるわけではないという回答だった。したがって、特定受給資格者・特定理由離職者の範囲に該当する事柄があれば、失業認定を受けるハローワークにまずは問い合わせるのが良いという。

 そこで、首都圏のハローワーク(ハローワーク船橋)の窓口に認定の方法について尋ねたところ、一定の共通ルールの存在も浮かび上がってきた。例えば、冒頭で紹介したツイートで話題になったパワーハラスメントの場合である。

 ツイートでは、パワーハラスメントで特定受給資格者と認定されるためには、複数人の同僚の証言があればよいと紹介されていたが、これはハローワーク船橋でも同じで、千葉県内のほとんどのハローワークが複数人の同僚の証言でパワーハラスメントによる離職の事実を確認しているという。

 また、NPO法人POSSEに寄せられた過去の相談対応の中でも多くのハローワークが同様のやり方をとっていた。下に示した画像は、ハローワーク船橋で用いられている、同僚からパワハラの証言を集めるための書類である。類似の書類の存在は、その他の地域のハローワーク利用者から寄せられており、例えば、POSSEの支部がある仙台市のハローワークでも類似の書面が使われていることがわかっている。

ハローワーク船橋提供
ハローワーク船橋提供

 パワーハラスメントによる離職を証明するためには、この書式に証言をしてくれる同僚から、離職者と同じ会社に勤めていること、離職者がパワーハラスメントで離職したこと、パワーハラスメントの様子などを書いてもらい、サインと生年月日を記載してもらえばよい。生年月日は雇用保険のデータを調べて証言者が離職者と同じ職場にいることを確認するために必須のものだという。当然だが、この書面に記載のある通り、証言したことは会社には秘密にされる。

認定がうまくいかないことも・・・

 最後に、縦割り行政の官僚的対応によって認定がうまくいかない場合もあるので、その実例も紹介しておこう。

 ここで紹介するのは、九州のトラックドライバーのAさんの例だ。

 Aさんは30~45万円のハローワークの求人をみてB運送会社に応募した。面接に行くと月給25万円ということだったが、それでも応じて就労を開始した。労働条件は書面では示されず、口約束だった。ところが働いてみると月給は14~5万で、しかも賃金計算がいい加減で、基本給が時給の月と月給の月があったり、基本給と歩合給の割合も毎月違ったりした。どういうことか聞いても全く応じてもらえず、Aさんは長く続ける仕事ではないと判断し退職を決めた。

 特定受給資格者について知っていたAさんは自分の退職理由は、「「解雇」等により離職した者」の「(2) 労働契約の締結に際し明示された労働条件が事実と著しく相違したことにより離職した者」にあたるとして、ハローワークに申告した。

ところがAさんは特定受給資格者にしてもらえなかった。B運送社は労働基準法第15条で定められた労働条件明示義務に違反し、Aさんに労働条件を明示する書面を渡していなかったため、ハローワークが労働契約で定められた労働条件が確認できなかったのだ。

 それでも賃金明細を確認すれば労働条件が頻繁に変わっていることは明白だったが、ハローワークが会社に事実確認をしたところ、毎月の労働条件の変更をAさんと合意していたというのである。納得できなかったAさんは2か月以上も食い下がったが特定受給資格者には認定もらえなかった。

 ここで相談を受けた私たちは、Aさんと一緒に労働基準監督署に労働条件明示義務違反で申告し、労働条件明示書の発行をするよう行政指導するように求めた。現在Aさんは労働条件明示書が発行されるのを待っている。

 ハローワークと労働基準監督署はどちらも厚生労働省の管轄であり、今回のような事例は部署ごとの連携で解決できるはずだが、実際には連携がとられておらず、正当な理由が存在していても認定につながらない場合が少なくないのだ。

 このような場合には、行政から独立した立場の専門機関に相談してみることも必要だろう。早めに動き出せば特定受給資格者や特定理由離職者の認定を受けられる場合も多いはずである。

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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