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指を切断しても「使い捨て」? 技能実習生の請求で賠償額が「5倍」に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 今月14日、宮城県の水産加工業で働いていたベトナム人技能実習生が、実習先企業に労働災害を訴えていた事件で、企業側が補償に応じたことが記者会見で明らかにされた。実習生が加盟する仙台けやきユニオンにより報告された。

 日本の外国人労働者は建設産業や製造業など、労働災害の多い危険な業務についている者が多い。そのため外国人の労働災害の被害は年々増加しており、深刻な問題となっている。 

 ところが、労働災害の被害にあう外国人労働者は、被害を適切に補償されることは少ない。今回の事件と類似する労働災害の被害補償をめぐるトラブルは、全国各地で頻発している。

機械で指を切断。会社には労基署からの是正勧告も

 今回の被害を訴えているベトナム人技能実習生のAさんは、2019年の秋から宮城県の水産加工の会社で働いていた。この職場では、会社役員が大声で怒鳴るなどといったハラスメント、出勤時間前に命じられる掃除の時間についての賃金未払いなどが発生していたという。

 そして2021年の5月には、機械を使った作業中に、人差し指を切断する大怪我を負うという労災事故にあってしまった。商品を袋詰する機械が詰まってしまい、機械を止めずに手を入れて詰まりをとろうとしたところ、人差し指を切断してしまったのだ。

 Aさんのいる職場は安全指導を実習生らの母国語では行っておらず、職員が指導する際も日本語でのみ教えるなど、言語に不慣れな技能実習生に対する配慮が不十分であった。ユニオン側は、会社が危険防止の措置を講じなかった会社の責任だと指摘した。実際に、労働基準監督署から会社に対し、労働安全衛生法20条違反等で是正勧告もだされている(2021年6月17日付)。

労災保険の補償だけでは不十分

 労災被害にあった労働者は、国の仕組みである労災保険の適用により、治療費や休業中の賃金を最大8割程度の給付を受けることができる。会社は、Aさんの被害に対し、労災の申請は行った。労災は適用になり、その結果Aさんは治療費を労災給付でまかなうことができた。

 しかし、日本の制度では、労働者は国が管掌する最低限の労災保険に加えて、損害賠償を請求することができる。Aさんの場合、労災保険の給付以外には、会社が加入する任意保険から40万円が支払われたのみであった。

 会社側は、Aさんが労働災害について本来受け取れるはずの損害賠償を十分支払っているとはいえず、少額の支払いで済まそうとしていた可能性があるだろう。

「使い捨て」に立ち向かう

 さらに、Aさんは、2022年2月に些細な「ミス」(牡蠣の数え間違い)を理由に解雇されてしまった。同ユニオンによれば、ハラスメントや未払い賃金など違法行為について、監理団体を通じて指摘するなど、「反抗的な態度」が原因だったのではないかという。

 しかも、技能実習生のサポートをするための機関ではずの監理団体は助けてくれず、外国人技能実習生の権利を擁護するために存在するはずの外国人技能実習機構も同様で、「お互いに問題があった」などと実習生の側を攻め立てたという。

参考:国の機関が「違法行為」に加担? 「混迷」の度を増す外国人の労働問題

 このままでは、日本にいられなくなってしまうと考え、Aさんは仙台のコミュニティユニオンである仙台けやきユニオンに相談し、不当解雇の撤回や労働問題の解決を求めて会社と交渉。

 会社との複数回にわたる交渉の結果、Aさんは会社都合退職での退職扱いとなり、働けなかった日数分の賃金保障、パワハラについての慰謝料、未払い賃金の支払い、労災についての補償を勝ち取ることができた。

 具体的には、Aさんの指は、後遺障害等級14級という診断がおりていたため、それについての慰謝料などが追加で支払われ、合計で220万円になり、当初から比べると、大幅に増額される結果となった。

 労働者やユニオンの側は、労働災害を引き起こし、十分な補償をしないまま解雇するやり方は、「使い捨て」だと指摘。「今回のような解決を当たり前にしていかなければならない」と話している。

外国人労働者に多い労災被害

 日本全体でみると、外国人の労災の被害にあう外国人労働者は年々増加している(下図参照)。

厚生労働省「労働災害発生状況」より作成
厚生労働省「労働災害発生状況」より作成

参考:コンクリの「下敷き」になり死亡も 増え続ける「外国人労災」の実態とは?

 死傷者数(休業4日以上)でみれば、すべての産業を合計した外国人労働者の死傷者数は5715人であった。2020年の4682人や2019年の3928人と比較すると、毎年増えている。国籍別でみると、ベトナムの1718人が圧倒的に多く、全体の30.1%を占めている。

 在留資格別では、労災の死傷者数が最も多いのは、定住者や永住者などが含まれる「身分に基づく在留資格」の2358人で全体の41.3%を占める。続いて、「技能実習」の1912人(33.5%)、「専門的技術的分野の在留資格」の753人(13.2%)、「特定活動」の405人(7.1%)、留学生を含む「資格外活動」の275人(4.8%)となっていた。

 これは、あくまで労災として報告されているものだけだ。会社が従業員のケガや病気について労災として認定されないよう、「労災隠し」を行う事例も数多くある。例えば、今年春に話題となった岡山県の会社の事件では、足場解体作業中に解体部品が男性の顔面を直撃して歯を折るという大怪我を負った際に会社の上司が「自転車で転んだことにして」と伝え、また病院に同行して、団体に代わって日本語で医師に虚偽の説明をしたという。

参考:<上>「守る」仕組み作り 急務 (読売新聞) 

 Aさんのように労災認定されるケースは、全体の中で見ると氷山の一角であろう。

 外国人労働者の人権は日本の労働者に比べてまだまだ守られていない。労働災害の補償が十分になされず、不当に解雇されてしまうことがまかり通れば、「使い捨て」といわれても仕方がない。労働組合、NPOなど市民団体による支援が一層必要とされている。

イベントの紹介

技能実習生の犠牲の上に成り立つSDGs 〜縫製工場で働くベトナム人技能実習生の事件から考える〜(東京)

開催日時:2022年10月22日(土)14時~

「技能実習生に対する人権侵害の横行とその解決のための支援活動」

日時:2022年10月22日(土)15時~(仙台)

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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