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妊娠は「迷惑」? 非正規雇用に広がる「マタハラ」の実態と解決方法とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はマタハラのイメージです。(提供:イメージマート)

 日本の労働社会では「マタニティ・ハラスメント」(マタハラ)が横行している。マタハラとは、妊娠や出産・育児をきっかけとして行われる退職強要や解雇・雇止めや精神的・肉体的ないやがらせのことだ。

 厚生労働省が実施した調査(「令和2年 職場のハラスメントに関する実態調査)では、過去 5 年間に妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを経験した者の割合は 26.3%に上っていた。マタハラの被害にあい不本意な離職をしてしまうケースだけではなく、妊娠への配慮がなく子どもを流産してしまうというケースもあいついでいる。

 政府・社会の対応が遅れる中で、会社と直接交渉し問題を解決する動きが広がっている。特に、これまであまり注目されてこなかった非正規雇用の女性たちが、マタハラの被害を訴え始めている。

 今回は、非正規雇用の女性がマタハラを労使交渉で解決した事例を紹介し、マタハラのない社会を実現する方途について考えてみたい。

大手中古車会社で起きたマタハラ事例。妊娠は「迷惑」?

 まず、典型的な事例として、宮城県の大手中古車会社で働いていたAさんの事例を紹介しよう。

 Aさんは2021年12月、中古車の販売店で5か月契約の事務員として働き始めた。入社後の業務は、中古車の販売・納品に関する手続きのために運輸局と会社を車で往復するなどの業務が中心であった。

 新年度をむかえ仕事に慣れてきたころ、Aさんは自分が妊娠していることを知った。その後、つわり等で体調が悪くなり、会社を休むことが多くなってしまった。Aさんは、しばらく休みが必要だと考え、店長に一週間程度の休職を求めたが、これをきかっけにして、Aさんへのマタハラが発生してしまった。

 休職を求めるAさんに対し、店長は「今月のシフトは白紙にします」と一方的にAさんの勤務日を削減した。そして、「今回の欠勤の理由、みんなに伝えたのでお詫びしておくように。わかってるようにだいぶ迷惑はかかっています」と SNS 上でメッセージが届いたのである。

仙台ケヤキユニオン提供。
仙台ケヤキユニオン提供。

 Aさんは、妊娠したことで「迷惑がかかっている」という扱いにされたことに大きくショックを受けた。Aさんは会社の相談窓口にも相談したが、具体的な解決策は提示されず、むしろ退職方法を紹介されてしまったという。

マタハラは違法行為!

 そもそも、マタハラは法律で禁止されている。

 男女雇用機会均等法の第9条第3項や育児・介護休業法第10条等では、妊娠・出産、育児休業等を「理由として」解雇等の不利益取扱いを行うことを禁止している。

 また、2015年には、妊娠・出産、育児休業等を「契機として」不利益取扱いを行った場合も上記法律上の違反に該当するという厚労省の解釈の通達もでている。「理由として」不利益取り扱いをしたことの証明は困難だが(勤務態度など別の理由をつけられることが多い)、「契機として」であれば、幅広く問題が認められることになる。

 さらに、この法令では「就業環境を害すること」を禁止しており、マタハラはこれに該当する。

 この法律に照らしてみると、妊娠したことを「迷惑」とAさんに発言し他の従業員に対する謝罪を求めることや、妊娠による体調不良を理由に出勤日を一方的に削減するといったハラスメントは、妊娠・出産を契機とした不利益取り扱いであり、マタニティ・ハラスメント・違法行為に該当する可能性がある。

 また事業主は、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法において、上司・同僚からの職場でのハラスメントの防止措置を講じることも定められている。会社がAさんから相談を受けたにもかかわらず退職を促すだけだったということは、Aさんを退職に追い込むための組織的なマタハラを会社が行っていたことも疑われる。これも、法律違反の可能性が高い。

 さらに、マタハラを行った会社は、先に上げた男女雇用機会均等法や育児・介護休業法、労働者の労働環境を安全に保つための安全配慮義務に違反しているため、民事上の不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)も問われる。被害者は、精神的苦痛に対する慰謝料などを求めることもできるのだ。

ユニオンに加入して交渉した結果、職場復帰や産休・育休の保障を獲得

 Aさんは、自分が受けたマタハラ被害について、地元にあるコミュニティユニオンの仙台けやきユニオンに相談した。地域のユニオンは個人で加盟でき、会社内組合と同等の権利を持っている。労働組合による団体交渉の要求を会社は法律上拒むことはできない。

 Aさんはユニオンに加盟して、法律に基づく団体交渉によって、職場復帰と産休・育休の権利を求めて会社と交渉することになった。交渉の結果、Aさんは多くの成果を勝ち取った。会社は、店長の発言や対応がマタニティ・ハラスメントだったと認めて謝罪し、ハラスメントを行った店長が異動となった。そして、Aさんは取り消されたシフト分の賃金を補償された。

 職場復帰の際は、妊娠中の配慮として病院から指示された内容(車の運転を控えることなど)を実行する体制を整え、勤務日報や労働時間の削減も約束された。加害者がいなくなり、妊娠中の配慮も実現されたため、Aさんは安心して職場に戻っていくことができた。

 さらに、Aさんは現在の有期雇用の契約期間中に産休に入ことになるが、非正規雇用が育休を取得するためには、子が1歳6か月に達する日の前日までに、労働契約(契約が更新される場合は更新後のもの)が満了することが明らかでないことが求められる。また、会社は労使協定を定めることで、雇用されてから1年未満の者や、休業申出から1年以内に雇用関係が終了することが明らかな者を対象から外すこともできる。

 身分が不安定なために、非正規雇用は育休の「制度」においても差別されてしまうのである。育休の取得が認められない場合、他の家族が面倒をみてくれるなどの援助がない限り、自ら退職するしかない状況に追い込まれてしまう。会社から雇止めがなされなかったとしても、実質的に解雇されてしまうのである。この点についても、今回、Aさんと会社の労使交渉では、産休・育休期間中の制度が利用できることが合意された。

 日本の多くの職場では、非正規雇用労働者は、妊娠が判明したタイミングで雇止めをされたり、退職を強要されてしまう。そもそも育休制度自体、非正規雇用が取りにくい設計になっているため、事業者が育休を取得させないことで実質的な退職強要が可能になっている側面もある

制度の不備を乗り越える「労使交渉」

 今回のAさんのように、会社内の相談窓口に相談しても対応してくれないことが多く、それどころかマタハラの加害者に相談したことが筒抜けとなり状況がより悪化する場合が多々ある。その結果、職場を退職して仕事と育児との両立をあきらめるという事例は多い。

 先にあげた厚労省の調査でも、育児休業等ハラスメントを受けて利用をあきらめた制度としては、「育児休業」(42.7%)が最も高く、続いて「残業免除、時間外労働・深夜業の制限」(34.4%)、「所定労働時間の短縮」(31.3%)が高い。多くの人が権利をあきらめてしまっている現状が現れている。

 今回のAさんの事例は、そうした職場の圧力や制度の不備を乗り越えて、使い捨てにされる女性の非正規雇用労働者が産休・育休などを獲得した事例として、画期的だといえる。

 会社の外にある労働組合は、会社と利害関係はなく、権利の実現を求めて妥協なく交渉ができる。会社が違法行為を改善しないなら、その事実を社会に発信し、社会的な圧力をもって交渉することも可能だ。だからこそ、会社側は即座に適切な対応をとることになった。

 労働組合の権利を活用した労使交渉が、こうした状況を打開していくために極めて有効だということを、この事例から理解することができるだろう。

長時間労働や転勤を当然とする働き方がマタハラをうむ

 すでに述べたように、2015年に男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法の解釈通達が改正され、妊娠・出産、育児休業等を契機としてなされた不利益取扱いは、原則として違法と解されることが明確化されたが、それ以降も被害はあとを絶たない。ここからはその「背景」を探っていこう。

 上司や企業の意識が古く男女役割分業の意識が強いことや、法律を知らない無知なことなどがよく指摘されるが、問題はそれだけではない。女性・非正規の労働を長年取材してきたジャーナリストの竹信三恵子氏は、その要因を次のように分析している(雑誌POSSEvol.23号「マタハラがあぶりだす「標準労働者」の歪み」)。

 竹信氏によれば、マタハラの諸事例は育休後に残業を引き受けられない女性労働者に対する退職強要やハラスメントの「女性活用失敗型マタハラ」と、妊娠・出産を迎えた非正規雇用の女性を雇止めにする「使い捨て型マタハラ」にわけることができるという。

 しかしそのどちらも、過酷な長時間・過密労働を前提とする労働者像が「標準」となっていることが要因となっていると指摘する。日本の労働者はあたかも「働く機械」のようだという。

 これまで日本の労働者の働き方は、主に男性正社員に対して長時間労働や全国転勤などを求め、その働き方を支える専業主婦が家庭で家事労働を担い支えるというものが一般的であった。現在は、労働市場の変化もあり共働き世帯が増え、専業主婦層は減ってきている。

 しかし、多くの企業は、依然として無限定に働くことを労働者に求められており、家庭生活と両立し得ない「標準労働者」が男女に広がっている。日本の経営者が求めてきた働き方は、家庭生活や余暇を極力排除し男性に特化した「働く機械」としての労働者なのである。人間としての生活を極限まで捨象した状態。まさに「機械」のような人間像に当てはまる。実際に、日本の男性は人間としての機能の限界から、「過労死」を多発させるまで働かされてきた。このが、男性から女性に広がっていった。

 1985年の男女雇用機会均等法は、この「働く機械」としての「標準労働者」に女性をあわせていく方向の「平等」を目指してきた。本来は、女性の社会進出に合わせ、男女の働き方を見直し、持続可能な労働形態を模索すべきであったが、実際には、日本の男女平等は、そもそも無理のある日本の男性の働き方に女性が合わせることで実現されてきたということだ。

 その結果、女性は子どもをつくらないという選択や、子どもができても体調不良を無視して働き続けるというような対応も迫られる。これが、少子化や「職場流産」のような問題につながっている。

 女性の就労・活用もこの「標準」で測られるならば、妊娠や出産・育児をする女性は休みや労働時間の配慮が必要になるため、「規格外不良品」として扱われることになる。このことが、マタハラの発生源となっていた。今回のAさんの事例でも、Aさんの妊娠は上司には「迷惑」としてうつったのだろう。

非正規雇用とマタハラ

 「標準」が変化しない中で、「規格外」とされてしまった妊娠や出産・育児を抱える女性たちは会社からはじき出され、職場に戻れても不安定かつ低賃金な有期雇用の非正規雇用労働者での雇用になった。

 有期雇用は、契約更新さえしなければ簡単に雇止めできる。会社はその特性を利用し、女性社員が妊娠や出産、家事・育児を抱えた「規格外商品」になるまでは契約更新をして利用するが、妊娠などで「規格外れ」になると、契約更新を拒否して新しい「規格内商品」と入れ替える。こうして「使い捨て型マタハラ」が繰り返されるのである。

 以上の竹信氏の整理から見えてくることは、妊娠や出産などの機能を持つ女性の身体性を排除した「標準」とされる働き方が、女性を「規格外」「二流」の労働力として扱い、女性の妊娠や出産・育児などを「コスト」としてとらえる労務管理を生み、その結果としてマタハラが起きているということである。個別の上司や組織の「意識」だけの問題ではないのだ。

 企業は、競争に打ち勝ち利益を最大限に追及するために、労働者に「働く機械」としての働き方を求めてくる。この「標準」とされる働き方を変えなければ、女性が生理や更年期障害などを理由として不利益な取り扱いを受ける根本的な要因は取り除かれないだろう。

非正規雇用の女性の権利行使が、「標準」とされる働き方に変化を促す

 「女性活躍」が叫ばれる中、正社員や専門職などで活躍する優秀な女性が妊娠や出産で活躍できないのはおかしいという批判もなされてきた。たしかに、マタハラによって活躍の場が奪われるのは理不尽だ。

 しかしこうした批判は、正社員や専門職として「標準」にあわせた働き方をしている人には育児との両立を認めるべきという話に回収される恐れがあり、子育て・家事負担を押し付けられている非正規女性が対象にならない。

 あるいは、能力が高く企業にとってハイパフォーマンスな労働者に与えられる「恩恵」として、マタハラのない家庭と両立できる働き方を提供するという話にもなりかねない。

 結局は、マタハラの背景である、「標準」とされる働き方にはメスが入らない議論になっていってしまうのである。

 今回のAさんの事例は、非正規雇用の女性が権利行使をし、産休・育休の権利を獲得できたという事例であった。これは、企業が「規格外」として女性を使い捨てにする「使い捨て型マタハラ」を乗り越え、非正規雇用の女性も子どもを産み育てられる環境を作り出す一歩になるだろう。

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NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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