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相次ぐ「告発」の有効性は? ジョナサン「傷害」事件に大阪王将「ナメクジ」事件

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 先月から、大手チェーンの飲食店で働いていた若手正社員による「告発」が相次いで社会的な反響を集めている。

 まず、一つ目はすかいらーくグループが運営する東京都港区の「ジョナサン」の店舗の事件だ。休職中の30代の正社員のAさんが、店長から殴打による骨折をはじめとした傷害・暴行、暴言を吐かれるなどのパワハラを受けていたことを告発した。

 すかいらーく本社はすでに実態を認め、謝罪を公表している。追って、Aさんの申告を受けた三田労働基準監督署によって、残業代未払い・長時間残業などの是正勧告が出されていることも告発された。

参考:「ジョナサン」店内で暴力事件 肋骨骨折も「勉強になったな」「また折られてえのか?」

 続いて、「大阪王将」のフランチャイズ加盟会社が運営する仙台市内の店舗で起きた事件だ。調理器具や壁に大量のナメクジが発生しているにもかかわらず、清掃や消毒が十分にされていないことなどを、退職したばかりの20代の元正社員のBさんがTwitterで告発した。

 直後に仙台市の保健所が立ち入り検査を実施して指導を行い、大阪王将の本社も一定の事実を認め、謝罪を公表した。Bさんは、ほかにも労務管理など同店舗のさまざまな「不正」をツイートしている。

 この二つの事件には共通点がある。ジョナサン、大阪王将の事件のいずれの「告発者」も、つい先日まで店舗で正社員として働いていた。しかし、休職や退職をしたのちに、社会的な告発に踏み切っているのだ。

 こうした「告発退職」「告発休職」ともいうべき行為が、社会的に非常に大きな支持を集めている。筆者はこれらの告発が今後、増えていくと予想している。今回の事件の特徴をもとに、「告発退職」「告発休職」の有効性、手段、背景を考察しつつ、その可能性を探ってみたい。

退職後・休職後の告発は、なぜ合理的なのか?

 そもそも、彼らはなぜ「退職後」や「休職後」に告発したのだろうか? また、告発のタイミングは「退職後」と「休職後」ではどちらが有利になるのだろうか。

 大前提として、職場の問題の告発を、勤務しながら一人で行うことは、必ずしも容易とは言えない。特に長時間労働やパワハラ、さらには良心に反する不本意な業務などで心身ともに疲弊している場合は、余裕がなく難しいだろう。退職にしても休職にしても、心身や時間に余裕を持てるという意味で、一旦仕事を中断してから告発するという方法は、合理的だといえる。

 まず、告発のタイミングの一つとして、「退職」後を選ぶことは現実的な方法である。退職していれば時間的余裕がある。また、在籍していないため、会社から叱責や賃下げ、異動、懲戒処分などの「報復」を受ける心配もない。

 だが、「退職」後の告発には短所もある。というのも、自己都合で退職してしまうと、雇用保険の失業給付を2ヶ月間受給できなくなってしまうため、すぐに生活に行き詰ってしまう可能性があり、そのため生活不安の問題にすぐ直面してしまい、告発の余裕がなくなってしまう可能性があるからだ(5年間のうち2回まで。ただしやむを得ない事情だったとして「特定理由離職者」や「特定受給資格者」と判断され、すぐに受けられる場合もある)。

 では、もう一方の、「休職」後のタイミングはどうか。精神疾患などの病気にかかっている場合、会社に休職届を出したうえで、健康保険の傷病手当金を使い、元の給与の6割を最大1年半まで受給できる。途中で離職しても傷病手当金は受給し続けることが可能だ。

 また、休職であれば、体調が回復して復職した後に、告発した内容が実際に改善されたかを自分で確認できるという長所もある。

社外での告発の3つの手段

 次に、社外での告発の主な手段を3つに分類してみよう。

SNSによる告発

 大阪王将の店舗について、Bさんは退職後に職場の実態をTwitterに次々と書き込んだことで、反響を集めた。最近はYouTubeによる告発という方法もあるだろう。SNSやインターネットでの告発は、一気に共感を得られる可能性がある。今回のBさんのケースは、かなり効果的だったと言えよう。

 しかし、個人の判断によるSNSへの告発投稿は、会社側から損害賠償を請求されるリスクがある点には注意が必要だ。また威力業務妨害罪、強要罪、名誉毀損罪、信用毀損罪などで刑事告訴される懸念もある。弁護士に相談したり、後述するユニオンを通じたりというステップを踏んだ上での発信であれば、こうしたリスクに対して備えることができるだろう。

行政への告発

 会社の問題を告発するといったときに、一般的に行政を頼るという選択肢を思い浮かべる人は多いだろう。だが、行政への告発は、機動性や発信力において課題がある。

 報じられている大阪王将のBさんの発言によれば、過去にも市の保健所の衛生検査が同店舗に対してあったにもかかわらず、特に改善は見られなかったという。しかし、SNSでの「炎上」後に複数の通報が寄せられ、社会的な注目が集まっていたことから、保健所は動くことになった。個人的な告発を受けただけなら、保健所は丁寧に・迅速に動かなかったと思われる。

 ジョナサンの事件はどうだろうか。労働基準法違反については、Aさんが申告したことで、労働基準監督署が是正勧告を出している。しかし、この是正勧告の内容は、労基署は会社と申告した本人にしか内容を伝えず、一般的には公表されない。このためAさんは是正勧告の事実を、後述する総合サポートユニオンによる宣伝活動というかたちで公表している。

 このように今回の二事例を見るだけでも、行政を通じた告発は、他の告発と併用しないと十分に活用しきれないという問題が発生してしまう可能性が高い

ユニオンによる告発

 最後に紹介するのは、社外の労働組合(ユニオン)による告発だ。ジョナサンのAさんは、初めは筆者が代表を務めるNPO法人POSSEに相談した後、連携している労働組合「総合サポートユニオン」に加盟して、告発に至った。

 労働組合には、団体交渉権と団体行動権がある。団体交渉権によって、会社は労働組合から交渉を求められると応じなければならないという義務が発生する。実際、Aさんはユニオンをつうじて、パワハラの被害の調査をかなり詳細に要求し、予想以上の回答を得ることができた。

 さらに、労働組合は団体行動権によって、労働組合は宣伝活動やストライキなどの行動を法的に保護されたうえで行うことができる。個人でこれらの行動を行えば、前述したような刑事犯罪で問題化される可能性があるが、労働組合の正当な団体行動であれば、これらの刑事責任も問われない。

 また、民事での損害賠償も認められない。それだけ、労働組合には法律で強い権限が与えられているのである。この権利の行使として、SNSやインターネット、記者会見などでの発信もできる。ユニオンは、まさに告発にうってつけの団体であると言えよう

 その上、労働組合に加入した場合、在職中の告発も容易になる。というのも、労働組合で労働問題を訴えたことに対する嫌がらせは違法行為になる。このため勤務中の告発者に対する会社の「報復」を牽制したり、撤回させたりすることがしやすくなるのである。

会社の自浄作用には期待できない!

 最後に、なぜ「告発」が相次いでいるのかを考えてみたい。注目すべきことに、当初は二人とも、会社を通じた改善に対する「期待」が少なからずあったようだ。その期待を「裏切られた」うえで、告発に踏み切っている。

 ジョナサンの傷害事件のあった店舗では、利用者から、店長によるパワハラの音声が店内に響いているというクレームが、カスタマーセンターに約1年間に4回に渡り寄せられていた。

 このクレームはジョナサンの上層部と、店舗のメールアドレスにすべて転送されており、Aさんもクレームの内容が見られる環境だった。しかし、通報は「放置」されて、一向に本社は改善をせず、パワハラが止まない様子にAさんは失望したという。最終的にはAさんは思い切って会社が周知していた「社外窓口」に相談し、しばらく休暇を取りたいと希望したのだが許可されなかったため、社外の総合サポートユニオンに相談したという経緯だ。

 大阪王将に告発をしたBさんは、上司に何度も改善を求めたが、対応されず「怒り」があったという。そればかりか、大阪王将の本部からも衛生検査の担当者が調査をしていたが、評価が「最悪」だったにもかかわらず、そのまま「放置」されたという。そのため退職して告発する道を選んだというのだ。

 以上のように、本社が改善してくれるはずという期待に対する失望や怒りが、本件の告発の発端にある。飲食業に限らず、同様の経験をした人は、非常に多いのではないだろうか。

 会社が通報を「放置」する背景として、飲食業界が象徴的だが、広義のサービス業における「使い潰し」の労務管理の蔓延が挙げられよう。いま日本社会では、長時間の残業をさせ、人員を最低限にまでコストカットして、労働者を「安く・長く」働かせることを利益構造の根幹に位置付けている企業が多い。

 こうした職場では、改善=「コスト」と判断されてしまう。このため、パワハラや労働基準法違反、不衛生な環境を通報されても、現場はもとより本社も無視してしまうというわけだ。

 過酷な労働環境や、「質」を犠牲にしたサービスが横行し、そのうえ自浄作用に期待できない会社が日本中に蔓延しているいま、不正に耐えかねた労働者たちは「告発」を選ぶしかなかったのだろう。

 日本社会における労働者の働き方が根本的に変わらない限り、今後も「告発退職」「告発休職」は増え続けるのではないだろうか。

「告発すると転職できなくなる」って本当?

 ここまで「告発退職」「告発休職」の可能性について論じてきた。この記事を読んでいる方の中には、こうした「告発退職」に踏み切るか迷っている人もいるだろう。特に告発に躊躇する理由としてよくあるのが、転職やキャリア形成に悪影響がないかという心配である。最後にこの懸念について述べておきたい。

 「告発はしたいものの、自分の個人情報が業界や世の中に知れ渡ってしまうのではないか」「次の就職先に知られてしまうのではないか」などの不安を抱く人は多い。

 しかし、告発する情報や、告発の方法を適切に調整することで、自身が「特定」されることは基本的に回避可能だ。また、会社が「報復」のために個人情報を流すことは違法である。

 実際、ジョナサンのAさんが加入した総合サポートユニオンでは、職場の労働問題を告発して記者会見までした人が、その後も心配なく転職でき、違う業界はもちろん、同じ業界でキャリアを着々と積んで活躍しているケースもよく見られる。

 むしろ、告発は転職に有利になることもある。告発を通じて会社に未払い残業代や慰謝料などを支払わせることで、転職活動に余裕を持てたり、自分のスキルアップに投資したりできるケースもあるからだ。告発は、より良い職場への転職の一歩にもなりえるのだ。

 なお、総合サポートユニオンでは、今年度から「告発退職」「告発休職」のサポートを含めた「就労支援事業」を始めている。単に告発「だけ」を支援するのではない。現在の職場でさまざま困難を抱えている人が、転職先の職場で安心して働けるため、あるいは現在の職場における困難を取り除いて働き続けるための支援を労働組合が行うというものだ。

 労働者が一つの職場に留まることを支援するのが労働組合であると思われがちだが、本記事でも述べてきたように、労働者が退職することがいまや一般的である以上、労働組合が就労も含めて継続的に労働者をサポートすることは、当然の取り組みだと言えよう。

 現在の職場が抱える違法行為や人権侵害、不正を許せず、単に退職するだけでは納得できないという方や、改善によって継続的に働いていきたいという方は、支援を受けてみてはどうだろうか。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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