今月10日に投票が行われる参議院選挙では、子育て支援や学費、そして奨学金が一つの焦点になっている。政府はすでに現行の奨学金制度について改善する方向性を示しており、今後、具体的にどのように進んでいくのかが注視されている。

 一方で先月、奨学金の返済義務が半額までである保証人に全額を請求した日本学生支援機構(JASSO)に対して、過払い分と利息の計約200万円の支払いを命じた札幌高裁判決は社会に大きな反響を呼んでいる。判決によれば、日本学生支援機構は、奨学金の返済にあたって本来の返済額よりも多い金額を受け取っており、「過払い分」を返金すべきだとされた。

 しかも、裁判所は、日本学生支援機構は本来受け取るべきではないと知っていながらその分も請求していたと認定している。国の奨学制度を担う公的団体が、返済の必要のない額を保証人に請求していたことが明るみになり、同制度への疑問を社会に強く抱かせる結果となった。JASSOは上告を断念し、原告も上告しない方針で、同判決は確定する見込みだ。

 また、JASSOは原告以外にも過払いのある保証人約2000人に計約10億円を返還すると明らかにした。対象はJASSOにデータが残っている2017年4月以降に返済を終えた保証人や返済中の保証人らだが、それ以前に返済を終えた保証人も証明する資料があれば返還される可能性があるとのことだ。

 この問題については、すでに下記の記事で詳報したところだが、大きな反響があった。関連する多数相談も寄せられてきている。

 そこで今回は、奨学金「過払い」返済の実態やその背景を紹介し、さらに今回の参院選に向けた各党の政策を検討していきたい。

参考:「奨学金の返済が「半額」に? 日本学生支援機構の敗訴で「過払い金」の発生も」

奨学金過払い返済の実態

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、上記の記事を配信した後に、次のような保証人による過払いの相談が寄せられている。

大学院時代にJASSOから第一種奨学金を借りたが、大学院修了後に正社員での就職ができず、数年間の返還猶予の措置を経て、やむなく保証人である親が全額返済した。自分も親も保証人が支払う場合の「分別の利益」(注)を知らず、提示された金額を支払っていたが、過払いになるのではないか。

※注「分別の利益」:保証人が複数いる場合、一人当たりの支払額は人数割りされるという民法上の規定。JASSOの奨学金の場合、保証人は「連帯保証人」と「保証人」の2人であるため、保証人の支払額は最大でも半額となる。

 この事例のように、非正規雇用で賃金が低く、本人が返済できないために保証人が返済するケースは少なくない。年収300万円以下の場合には返済猶予が可能だが、最長10年までしか延長できない。10年経っても賃金が上がるはずもなく、返済困難となることは容易に想像がつく。

 また、今回問題にされている「分別の利益」を知らせないことによる過払いに加え、過去の相談ケースでは、時効(10年)が適用されるはずの債務の返済を求められたケースもみられる。

参考:『ブラック奨学金』(文春新書)

 例えば、東北地方に住む60代のAさんは、姪が借りた奨学金の保証人になっており、約400万円(元金約280万円と延滞金約120万円)を一括で支払えという内容の訴状をJASSOから受け取った。

 Aさんは弁護士を立てて争い、延滞金の一部は10年以上経過しているため時効になっている可能性が高いこと、「分別の利益」が適用される可能性が高いことを主張し、支払額は最大でも200万円になるべきだとした。この主張は裁判で全面的に認められた。

 また、関西地方に住むBさん(50代)は、甥が借りた奨学金約200万円の保証人になっていた。甥は奨学金以外にも1000万円ほどの借金があったため、やむなく自己破産を申し立てた。その後、保証人であるBさんに奨学金の残りを支払うようJASSOから請求された。

 甥が自己破産したのはJASSOの請求が来る5年前であり、Bさんに請求が来るまでに、自己破産後の延滞金が60万円加算されていた。JASSOが自己破産後、即座に請求していれば延滞金60万円以上は払う必要がなかった。Bさんは弁護士に相談し、延滞金の支払い拒否と「分別の利益」を主張する旨の書面を作成し、JASSOに郵送したところ、主張を全面的に認める内容で合意することができた。

 このように、保証人の「分別の利益」だけではなく、時効によって奨学金の過払いが発生するケースもある。しかし、JASSOは過払いが発生していると認識していてもその事実を知らせることなく、時には「不当利得」と知りながら請求するのである。前述の札幌高裁判決では、JASSOを「悪意の受益者」と断じている。

(なお、法律学上の「悪意」とは当該の事実を「知っている」という意味。今回の場合は不当利得であることを知りながら利益を得ていたということだ)

返済無理ゲー社会

 そもそも、考えなければならないのは、奨学金を返済するのが限りなく困難な「無理ゲー」であるという日本社会の現実だ。

 日本の人口構造は人口減少の進行により、すでに「逆ピラミッド」状態である。高齢社会白書によれば、1950年には65歳以上の高齢者1人を12人の現役世代で支えていたのに対し、現在では2人で支えなければならない。

 奨学金の返済が求められている現役世代は少ない人数で高齢者の年金や介護を支え、その上積極的に子育てをすることが求められている。教育費負担は相当なものであり、子ども(0~18歳)一人当たりの家計の教育費支出は1970年から2015年にかけて16倍も増加しているというデータもある。

 このように、人口構造の「逆ピラミッド」状態において現役世代が高齢者の年金・介護を支え、子育てもし、さらに奨学金という名の債務を返済しなければならないのは、教育やケアの負担を個人や家族にしわ寄せしてきた結果である。

人口構造の逆ピラミッドに、従来以上の負担がのしかかる構図。『ブラック奨学金』より
人口構造の逆ピラミッドに、従来以上の負担がのしかかる構図。『ブラック奨学金』より

 日本の社会保障は、他の多くの先進国のように国によって幅広く保障されるのではなく、企業に依存する形で形成されてきた。企業は労働者に年功賃金に加え企業福祉を幅広く提供し、年齢とともに上昇する教育や住居、ケアのニーズを満たしてきた。国の社会政策はその「残余」を埋めるかのように形成されてきたのだ。

 こうした企業を中心とした社会政策は、年功賃金と終身雇用が労働者に保障されている限りでは一定の効果を発揮したが、グローバル化やサービス産業化などを背景に、企業は年功賃金や福利厚生を削り、非正規雇用や限定正社員を増加させている。そのため、日本の社会政策は、すでに機能不全に陥っている。

 親の賃金により教育費を支払えない家庭では、奨学金を借りるか学生自身が学業を犠牲にして長時間のアルバイトに従事せざるを得ない。奨学金の利用者は大学生・専門学校生のおよそ半数であり、借り入れの平均額は324万円(労働者福祉中央協議会、2019年)に上る。多額の債務のために結婚や子育てを断念するケースも珍しくはない。

 「まともな雇用」が減少する中で、親世代の介護、子育て、借金返済…すべてを完璧にこなせる人がどれだけいるだろうか。すでに日本社会は、普通の人にはクリアーできない「ムリゲー」と化しているのではないだろうか?

 奨学金を含む教育保障を国が責任を持って取り組まなければ、若者の苦境は深まるばかりだ。今回の参院選でもその点が問われるべきであろう。

今回の参院選公約比較

 では、今回の参院選の各党公約において、奨学金はどのように取り上げられているのだろうか。各党のホームページを参照し、下表にまとめた。

各党の政策
各党の政策

 まず注目されるのは、与党自民党の公約である(6月7日に閣議決定の「骨太方針2022」などを参照)。

 給付型奨学金と授業料免除は2017年に創設された修学支援制度を指すが、従来から非常に対象が限定的であった。年収要件は4人世帯で380万円以下であり、その上で成績等の要件が設けられている。2020年度の修学支援制度の利用者は約27万人で、高等教育の学生数の7%程度でしかない。

 今回、多子世帯や理工農系学生という特定のカテゴリーに限って要件を緩和する方向が示されているが、もともとの対象が狭い上に微修正を加えている感が否めない。

 また、修士課程の学生を対象に所得連動返還型納付方式を設けるとしている。これはオーストラリアなどで実施されており、在学中に授業料を徴収せず、卒業後に所得連動型で授業料相当額を返済する制度である。

 この制度は、実質的には「所得連動型無利子学資ローン」である。具体的な基準は示されていないが、仮に返済猶予の収入基準が年収300万円で、猶予期間が10年まで、などとなれば既存の第一種奨学金と大差はない。なお、借りた奨学金を所得連動型で返済する制度はすでに2017年に設けられている。

 野党については、程度の差はあれ、どの政党も共通して授業料の減免あるいは無償化や、給付型奨学金を拡充すべきだ主張していることがわかる。世論の高まりと合わせて考えても、与党、とりわけ自民党の消極姿勢が際立っている。

 岸田首相は「新しい資本主義」を掲げ、人的資本への投資を積極的な政策の柱に据えているはずだが、今回の選挙においては、むしろ他政党よりも人的投資に消極的であることが浮き彫りになってしまっている。

奨学金債務の帳消しを求めるキャンペーン

 一方で、学費・奨学金政策の改善は、社会運動がどれだけ政治に圧力をかけていくかにもかかっている。2017年に給付型奨学金が初めて実現した背景にも、弁護士や研究者を中心とした運動が実態を告発してきた事実がある。

 また、アメリカではThe Debt Collective という運動に、教育ローンの債務に苦しむ多くの当事者が参加し、教育ローンの債務帳消しと高等教育の無償化を求めて債務ストライキ(=返済拒否運動)を展開した。草の根の運動の力を受けて、2020年民主党予備選挙では、サンダース氏とワォーレン氏が教育ローンの債務帳消しと高等教育無償化を政策として掲げた。

 現在、バイデン大統領は1人当たり少なくとも1万ドルを帳消しにすると公言しており、今月22日には債務者20万人に対して総額60億ドルのローンを取り消し、返済していた分は返還されるという。これまでにバイデン政権下で130万人の借り手に計250億ドルの返済免除が承認されている。

 同国では教育ローンは住宅ローンの総額に次いで二番目に大きな借金であり年々増加傾向にあり、その総額は、1.7兆ドルを超え、約4,500万人が債務者である。日本とアメリカの状況は類似しているといってよいだろう。

 日本においても、今回の参院選にあわせ、Z世代の若者が「#奨学金返せない 「奨学金」という名の債務の帳消しを求めます!」と題し書名キャンペーンを行っている。その主張は次の二点だ。

「#奨学金返せない 「奨学金」という名の債務の帳消しを求めます!」

①現在貸与型奨学金を借りている人全員に対する、債務の帳消し

②全ての人に教育の権利を実現するための、学費無償化と給付型奨学金の拡充

 奨学金問題は、現役の学生たちだけではなく、債務の返済者、学生を持つ親・祖父母、さらには雇用する企業関係者など、大多数の人々にとって他人事ではない。ぜひ今回の選挙においても多くの方が注目し、争点としてほしい。

 なお、当事者の方で返済に困っていたり、問題を訴えたいという方は下記の窓口にご相談いただきたい。

無料相談窓口

NPO法人POSSE 奨学金相談窓口

03-6693-5156

soudan@npoposse.jp

奨学金問題対策全国会議

03-5802-7015