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LGBTQの「アウティング」に全面謝罪 当事者は「制度」をどう活用したのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 労働組合「総合サポートユニオン」は、4月6日は厚生労働省で記者会見を行い、東京都豊島区の保険代理店でLGBTQ(性的少数者)の若者が、意に反してLGBTQであることを第三者に暴露される「アウティング」」の被害を受けた事件について、会社がアウティングの事実関係を認め、会社と加害者が謝罪し解決金を支払った上で、再発防止策や労災申請の協力をするという画期的な解決をしたと発表した。

 今回の事件は私が代表を務めるNPO法人POSSEもマイノリティーの人権問題として支援を行っており、同会見ではPOSSE側も出席した。LGBTQに対する差別は社会的注目を集めている一方で、なかなか表面化しない。

 今回の事件の詳細と解決の内容から、同事件から見える教訓について考えていきたい。

4月6日の記者会見の様子
4月6日の記者会見の様子

社会問題となる「アウティング」

 そもそも、LGBTQとは、L:レズビアン(女性同性愛者)、G:ゲイ(男性同性愛者)、B:バイセクシュアル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(生まれた時の性別と自認する性別が一致しない人)、Q:クエスチョニング(自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない、または決めない人)など、性的少数者の方を表す総称のひとつである。

 LGBTQであることを本人の意に反して第三者に暴露する「アウティング」については、2015年に一橋大学ロースクールで起きた自死事件をきっかけに、生死をも分ける深刻な人権侵害であることが認知されるようになった(なお、私事ではあるが当時私は一橋大学大学院に在学しており、私たちの研究室の入った建物の屋上から投身自殺したと知り、非常に衝撃を受けた)。

 同事件では、ゲイの学生から同性愛の恋愛感情を告白された異性愛の男性が、その後、友人ら7人にグループメッセージでその学生が同性愛者であることを暴露したことをきっかけとして、ゲイの男性が心身に変調をきたし転落死したとされる。

 その後、近年では自治体などでアウティング禁止の条例が広がりつつあり、つい先月も三重県で都道府県で初めてのアウティング禁止条例が成立している。

 また、昨年6月に施行された「パワハラ防止法」においても、アウティングはパワーハラスメントの一種とみなされ、防止策の策定や啓発活動、アウティングが起こってしまった際の再発防止対策などが企業へ義務付けられている。

 しかし、これらのような法制度が拡充される一方、2020年に行われたLGBTQ約1万人を対象とする調査では、LGBTQ当事者の実に4人に1人がアウティング被害にあっていたり、78.9%が「職場や学校で、性的少数者に対する差別的な発言を聞いた経験がある」と答えるなど、未だアウティング被害やLGBTQへの差別は社会的に蔓延していると言わざるを得ない。

参考:アウティング、25%が経験 性的少数者1万人調査

 このデータからも、法整備が進んでいるにもかかわらず、アウティングの被害者はほとんど声を上げることができていないことが読み取れる。また。実際に声を上げても相手が誠実に対応しないケースも多いのが現実だろう。だからこそ、差別行為が繰り返されてしまう。

 こうした中で、本記事で紹介する事件では、会社や加害者の責任を取らせることができたとても珍しいケースである。なぜ、この事件では会社側が全面的な被害回復と再発防止策を講じるところまで話が進んだのだろうか?

 背後には、「労働法」、「条例・行政」、「市民権」といったさまざまな権利を積極的に活用し、解決にこぎつけていった事情がみられた。

「1人くらいいいでしょ」と上司からアウティングされる

 まず、事件の経過から紹介していこう。

 私たちへ相談を寄せたAさん(20代・男性)は、2019年5月に中途採用の営業職として東京都豊島区にある保険代理店へ入社した。もともと入社前からAさんは豊島区のパートナーシップ制度を利用し、同性のパートナーと結ばれていた。

 会社へカミングアウトをするきっかけとなったのは、2019年5月の入社面談の際に、緊急連絡先を会社へ伝える必要が出たことだった。様々な事情からパートナーの名前をAさんは緊急連絡先として伝えざるを得ず、伝えた際にはパートナーシップを結んでいる旨も社長、直属の上司に説明をした。

 これがAさんにとって職場での初めてのカミングアウトだった。そして、カミングアウトの際の約束として、Aさんが同性愛者であることを業務上知る必要性の高い正社員にのみ、Aさん自身から自分のタイミングで伝えると会社と取り決めた。その一方で、パート労働者には伝えないということも会社と確認していた。

 ところが、入社後1ヶ月経過した2019年6月中旬頃から、Aさんがパート労働者へ何度話かけても無視をされるなど、パート労働者のAさんに対する態度が急変した。突然のことに、Aさんは事態を理解できなかったという。

 ちょうど同じ頃に、直属の上司から2人きりの飲み会に誘われた。そこで、Aさんは上司から「同性のパートナーが居ることを、パートに言った。自分から言うのが恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ。一人ぐらい、いいでしょ」と笑いながら告げられ、アウティングの事実を知ることとなった。

 その際に上司からアウティングについての謝罪などは一切なく、あまりの衝撃にAさんは言葉を失ってしまった。そして、Aさんは上司がアウティングをしたためパート労働者の態度が変わったことを理解した。そのパート労働者は2019年7月初旬に退職した。

 その一件以降、Aさんは上司を信用できなくなり、必要最低限の業務上のやり取り以上のコミュニケーションを取れなくなってしまった。それにより、上司との関係性も悪化。もともとあった上司の暴言がエスカレートしていった。

 2019年7月中旬頃から、電話で「ふざけるな」「ばか」「頭悪い」「いい加減にしろ」と暴言を繰り返し言われ、営業会議でAさんが上司の意見に対し発言した際、右頬を叩かれるなど暴力まで受けるようになった。上司への恐怖心が日に日に強くなり、何度も社長へ相談したが「なんとか頑張ってくれ」「わかってるから」などと言われ続け、問題が改善することはなかった。

 結局、アウティングを契機とした様々なパワハラ行為により、Aさんには、動悸、悪寒、震え、対人恐怖、不眠の症状が生じ、電車に乗る事も出来なくなってしまった。「他の社員にも上司が自分の性的指向を広めているのではないか」と不安に感じ、会社に行くのが恐くなり体が動かなくなってしまったのだ。

 会社が問題に対応しないこと、心身ともに限界を感じたこと、自殺念慮が生じたこと等から、2019年11月にAさんは精神科を受診した。その結果、精神疾患の診断がなされ、同年11月末以降長期の休職を余儀なくされてしまった。

「善意でやった」と開き直った会社

 入社後すぐにアウティングの被害を受け心身ともに限界だったAさんだが、幸いなことにパートナーのサポートもあり、徐々にではあるが「こんな理不尽なことは納得できない。同様の被害をなくしたい。泣き寝入りはしたくない」という想いが生まれてきたという。

 相談機関を探したところ、NPO法人POSSEを見つけ相談し、その後、総合サポートユニオンに加入をして団体交渉(会社との話し合い)を行い会社へ責任を取らせることを決意した。両団体には、LGBTQの問題を学んだスタッフがおり、また連携している当事者の方々も支援に加わってくれた。

 会社との団体交渉は2020年3月から始まった。アウティングに関する会社側の主張は、「上司がアウティング行為をしたことは認めるが、Aさんが職場で自身の性的指向をオープンにしていきたいという意向がもともとあったので、善意でやったことだ」というものであった。

 これは事前の約束と異なることはもちろん、本人の同意なく第三者へ性的指向を漏らしたこと自体がアウティング行為であり許されないことだという認識が、会社側には全くないということを表していた。

差別に対して仲間と共に抗議の声を上げる

 以上のような不誠実な対応を続ける会社を前にして、交渉だけでは埒が明かないと思ったAさんと私たちは、様々な「抗議行動」に出ることにした。まず、豊島区の「男女共同参画推進条例」には、「本人の同意なく性自認や性的指向を公表してはならない」と記したアウティングの禁止条項があったため、私たちは豊島区へ救済を申し立てることにした。

豊島区男女共同参画推進条例

第7条  何人も、家庭、職場、学校、地域社会などあらゆる場(以下「あらゆる場」という。)において、性別等による差別的取扱いその他の性別等に起因する人権侵害を行ってはならない。

第7条の6  何人も、本人の同意なくして性自認又は性的指向を公表してはならない。

 Aさんと私たちは、6月12日に豊島区男女平等推進センターへ、会社に対する指導と、今後の被害抑制のため区内職場でのアウティング被害の実態調査、アウティング問題についての啓発・研修活動、アウティングをした企業名の原則的な公表などを求めて申し立てをした。

 豊島区への申し立て後は、会社へも直接抗議をすべく、会社前での宣伝行動を実施した。不誠実な対応をする会社に対して宣伝行動をすることは、「団体行動権」として労働組合法上認められた正当な権利である。「労働者としての権利」を活用することで、LGBTQへの差別に立ち向かうことができるのだ。

 当日は、本社前に多くの組合員や支援者などの仲間が集まり、LGBTQの社会運動の象徴であるレインボーフラッグを掲げ会社の問題が書かれたチラシを配布、通行人にわかりやすいようにパネルも作成しアピールした。そして、参加した仲間たちがマイクを握り、会社の不誠実な対応に対する抗議の声をあげた。同日の会社行動後には、これまでの経緯や当日の取組みについて厚生労働省にて記者会見を行い多くのメディアに掲載され大きな反響があった。

 さらに、会社前行動だけでなく、Aさんたちは9月25日に職場でのLGBTQへの差別に反対するデモを池袋にて行った。多くの人に今回の問題を知ってもらうことと、会社に対してより強く抗議をするためだ。「#LGBTQ差別抗議デモ0925」と題してSNSでTwitterデモも開催した。インターネットでも宣伝したところ、当日は飛び入り参加も含めて200名ほどの抗議デモとなった。

昨年9月のデモの様子
昨年9月のデモの様子

会社の態度の変化

 記者会見やデモなどのアクションをすることと並行して、私たちは豊島区とともに会社と交渉を継続していた。様々なアクションの影響もあってか会社も姿勢を変え、10月末に会社が和解に応じることとなった。和解内容をまとめると以下になる。

(1)B社はAさんに対し、自社の従業員がAさんの同意なく性的指向を公表(アウティング)したことを認め、これによりAさんに精神的苦痛を与えるなど多大なる迷惑をかけたことを深く謝罪し、解決金を支払う。

(2)B社はAさんに対し、アウティング行為に関連して精神疾患を発症したことに対し、使用者としての責任があることを認める。

(3)B社はAさんに対し、今後豊島区男女共同参画推進条例の基本理念を踏まえ、アウティングの再発を防止するための社員教育等を実施することを約束する。

(4)B社はAさんがアウティング行為により精神疾患を発症し労務無能となったことに関し、労災保険適用申請の手続きを行うことに協力する。

 アウティングの事実関係を認め、会社側が謝罪・賠償をし、再発防止策を約束するという包括的な解決は、マイノリティの人権侵害の事件において非常に画期的なことだろう。Aさんが泣き寝入りをせず仲間と共に最後まで声を上げたことによって、大きな成果が上がったのだ。

 そして、今回の解決に至るまでには、「労働法」、「条例・行政」、「市民権」といった実に「さまざまな権利」が活用された。法律の整備は重要だが、これを「活用する」ことがさらに重要だということだろう。

先進的な豊島区の条例もさらにアップグレード

 さらに、今回の事件は、豊島区の条例をアップグレードすることにもつながった。

 昨年6月にAさんらが豊島区へ申し立てをしていた内容について、豊島区の苦情処理委員会が検討した結果である。Aさんの申し立てを受けて、区の苦情処理委員会が検討したのち【意見表明の趣旨】を区に伝え、区が【措置の状況・内容】を公開したという流れだ。

 具体的には、アウティングやカミングアウトに関する企業向けの啓発資料を区が作成し産業関連団体と連携して周知していくこと、アウティング被害の実態調査について新たにパートナーシップ制度利用者へのアンケート項目に追加するとともに、関連する類似調査を活用し、対応指針等アウティング防止施策に反映していくことなどが大きな柱となっている。

 ただでさえ、アウティング禁止条例がある自治体はまだまだ少なく、先進的と言われる豊島区の条例がさらにアップグレードされたというのは、LGBTQの権利拡大にあたって大きな前進といえるだろう。

アウティングに対する対応について(豊島区)

(1)【意見表明の趣旨】アウティングやカミングアウトに関する企業向けの周知資料を作成すべきである。

【措置の状況・内容】令和3年4月までに「多様な性自認・性的指向に関する対応指針」を改訂し、指摘事項を追記する。また、5月までに企業向けの資料を作成し、産業関係団体と連携して周知を行っていく。

(2)【意見表明の趣旨】アウティング被害の実態調査については、当事者の把握が困難であることから、類似の調査等を参考にアウティング被害の防止施策を継続的に検討していくことが望ましい。

【措置の状況・内容】令和3年度よりパートナーシップ制度利用者へのアンケート項目に追加するとともに、関連する類似調査を活用し、対応指針等アウティング防止施策に反映していく。

(3)【意見表明の趣旨】アウティング被害が発生した企業の企業名公表については、条例の規定上現時点では困難であることから、条例改正について他自治体の動向を踏まえ、中長期的に検討していくことが適当である。

【措置の状況・内容】人権侵害が発生した際の相談窓口の周知による速やかな救済とともに、区内企業も含めた区民に対し、さらに予防啓発を進めていく。

職場でのLGBTQに対する差別をなくしたい

 「アウティングがどれほどマイノリティを傷つけるかを知ってほしい。他の人に同様の経験をして欲しくない。声を上げなければ社会は変わらない」とAさんは事あるごとに訴え続けてきた。

 様々な困難な中、会社に対して立ち上がったAさんの闘いとその成果は、多くの声を上げられないLGBTQに勇気を与え、権利の向上につながる行動となっているだろう。そして、それは労働NPOや労働組合、連携している支援者らにつながり、さまざまな権利を巧みに行使した結果だった。

 Aさんと同様の問題を抱えている当事者の方は、ぜひ、専門家に相談をしてほしい。また、マイノリティの労働問題を学びたい、改善の取り組みに関わりたいという方は、ぜひこのような差別をなくす取り組みに参加をしてみてほしい。一人ひとりの行動が、より良い社会を作っていくことになるだろう。

【ボランティア募集】LGBTQの抱える労働問題を改善したい方、ぜひご連絡ください。

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

介護・保育ユニオン

03-6804-7650

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*関東、仙台圏の保育士、介護職員たちが作っている労働組合です。

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

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*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

労災ユニオン

03-6804-7650

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*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

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*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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