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無給でも「辞められない」外国人たち 卒業証明書を奪われ、多額の賠償金の脅しも

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真は助けが求められていることのイメージです。(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 新型コロナウイルスによる感染拡大が続く中、多くの外国人労働者が会社から休業を命じられ、さらには休業手当も受け取れずに生活に困窮している。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEが設置した「外国人労働サポートセンター」には、コロナに関連する労働相談が、今年3月と4月合わせて257件も寄せられ、その大半は休業による生活苦であった。

 そのような中、静岡県や長野県の観光地のホテルに派遣されて働いていた中国人女性4人が労働組合「総合サポートユニオン」に加入し、先月末、派遣会社に賃金の支払いや休業中の補償を求めて団体交渉を申し入れた。

 この事例から見えてきたのは、外国人労働者はコロナウイルスの影響を最も受けやすく、すぐに生活困窮に陥ってしまうという現状だ。

 今回みていくのは、日本の観光を支える外国人労働者がコロナウイルスの影響で無給の休業を命じられ、生活に困窮しているという実態だ。さらに、退職して転職しようにも、会社が転職を封じているという外国人特有の問題も孕んでいる。

 

 外国人労働者は、パスポートや卒業証明書(実質的な日本社会での「身分証明書」)を本人から「預かり」、「辞めた場合の多額の損害賠償」の契約を結んでいることが多いのである。。

 このような「辞めさせない」ための不当な手段をとっている職場は日本中に蔓延しており、今回の事例は、氷山の一角に過ぎない。事件の詳しい経緯を見ていこう。

POSSEのボランティアによる外国人労働相談の様子
POSSEのボランティアによる外国人労働相談の様子

もともと劣悪だったうえに、「コロナ切り」

 今回の事例に関わる労働者たちは、数年前にそれぞれ中国から来日し、静岡県や長野県などの旅館やホテルで、中国人観光客の接客業務に従事してきた。

 みな、「楽星インターナショナル」(代表取締役:藤本明裕氏)という東京にある派遣会社に雇用され、そこから、日本全国のホテルなどに派遣されていた。

 そのうちのひとり、Aさん(30歳代、女性)は、2017年に来日している。もともと中国の大学で日本語を勉強しており、大学卒業後に就職した旅行会社で働いている際に団体ツアーで日本を訪れたことをきっかけに、チャンスがあれば日本で働こうと考えていた。

 そしてインターネット広告で楽星インターナショナルの求人を見つけて応募し、中国で面接を受けたところ採用が決まった。本人の記憶によれば、会社に派遣登録料として約40万円を支払い、別途飛行機代を負担して来日。それまで貯めていた貯金のほとんどを来日費用に消えてしまったという。

 Aさんは東京の事務所で数日過ごした後、愛知県の渥美半島にあるホテルで、週5日、早番の際は朝6時から15時まで、遅番の際は13時から22時まで、中国人観光客の通訳やホテルサービス業務を行っていた。なお給料については、1年目が月収17万円で、毎年1万円ずつ昇給していった。

 しかし、コロナの影響が出る以前から、Aさんの働き方におかしな点がいくつもあった。まず、契約書は書面で渡されておらず、給料明細も交付されなかった。そのうえ、Aさんはフルタイムで働いていたにもかかわらず、雇用保険や社会保険に会社が加入させなかったため、Aさんは自分で国民健康保険に加入しなければいけなかった。

 このように、もともと問題がある労働環境であったが、コロナウイルスの影響で訪日観光客が激減したことで、Aさんの働くホテルは今年4月から完全に仕事がなくなってしまった。夏休みのような繁忙期であれば1日で200人から300人が利用する施設だったが、3月時点で、4月で予約が1件もない日もあったという。

 Aさんは2017年6月から2020年5月末までの3年契約で来日していた。当然、4月以降も働くつもりでいたが、4月1日に派遣会社に呼び出され、「4月は仕事がないので辞めてほしい、新しい仕事を自分で見つけて」と突然、退職勧奨を受けた。Aさんは「辞めたくない」と言ったものの、その後仕事を紹介されることはなかった。

 なお、Aさんのようにコロナによって仕事が減ったため、退職勧奨を受ける外国人は珍しくない。POSSEに寄せられた外国人からの労働相談のうち、6人に1人はコロナの影響によって4月半ばの時点ですでに退職勧奨もしくは解雇されていることがわかっている。特に、ホテルや旅行代理店などインバウンド観光客向けの産業で働く外国人が「コロナ切り」の被害に遭うケースが多い。

収入がなくなり、家賃を支払うことができない

 さらに、Aさんと同じ派遣会社に雇われ、別のホテルで働く他の中国人労働者も、会社から「4月は仕事がないので休んでほしい。5月か6月に状況をみてどうするか伝える」と連絡があっただけで、給料も払われるかどうかわからず休業させられているという。

 労働基準法では最低でも60パーセントを休業手当として支給することを義務付けているため、ホテルの宿泊客が減ったことを理由とするシフトカットや休業の際に、60パーセントを支払わなければ違法となる。さらに、労働契約の観点からすると、労働者は会社側の理由で休む際には会社に対して給料の100パーセントを請求できる可能性もある。

 もともと、給料はそれほど高くなかったため貯金もほとんどできず、休業になり会社から給料が支払われなければ、Aさんは直ちに生活に困窮してしまう状況にあった。Aさんは自分で国民健康保険に加入して保険料を収めていたが、給料がなくなったことでその支払いも困難になってしまった。

 いまでは貯金がほとんどなく、実際、このままでは5月末の家賃が支払うことは難しいとAさんは訴えている。

「違約金」と卒業証明書の会社預かりによって、転職すらできない

 さらに、この事件には、外国人に特有のある深刻な問題がある。それは、会社が「卒業証明書」を保管しているため、退職して転職しようにも転職することができない、という問題だ。

 Aさんは来日の際、「ビザの手続きのために」と言われ、会社に自身の「大学卒業証明書」や「日本語能力証明書」を預けていた。そして、3年契約を満了すればそれらを返還すると会社に言われたとAさんは主張している。

 日本で働く外国人にとって「卒業証明書」は非常に重要な書類である。というのも、在留資格によっては大卒であることが条件となっているため、大学を卒業したかどうかを就職時に証明することが制度上、必要となっているからだ。

 仮にAさんが「楽星インターナショナル」からの退職勧奨を受け入れたとしても、卒業証明書が返還されなければ次の仕事に就くことが事実上不可能になり、ますます生活に困窮してしまうのだ。

 実はこのように、外国人労働者からパスポートや卒業証明書などの身分証明書を会社が「預かる」行為は珍しくない。POSSEが過去に取り組んだ事例として、神奈川県横浜市にある「アドバンスコンサル行政書士事務所」(代表者:小峰隆広氏)が、雇用するフィリピン人労働者のパスポートや卒業証明書を労働者の意に反して保管し続けており、返還を求めて裁判を起こしたケースがある。

 参考:外国人が行政書士事務所を提訴 「パスポートを返さない」「人権侵害大国」日本の実情

 「アドバンスコンサル行政書士事務所」は、フィリピン人労働者に対してパスポートを返還すると「逃げちゃうでしょ」と述べていたことに、身分証明書を「預かる」という行為は劣悪な労働環境でも外国人労働者が転職せずに逃げ出さないようにするためだということが露骨に示されている。

 さらにこの会社は、3年以内に辞めた場合に違約金としてAさんが会社に損害を賠償しなければいけないという文言を契約書に記載していた。仮に3年以内に退職すれば、会社が中国で新規人材を採用するためにかかる面接官と通訳者の往復航空券代、提携している中国の人材派遣会社への仲介料、そして日本のホテルから請求される違約金を、全てAさん個人が賠償しなければならないと契約書に書かれていた。

 このような文言は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とする労働基準法第16条に明らかに違反しており、無効である。しかし、日本の法律をよく知らなければ、「3年間以内に辞めると罰金を支払わなければならない」とAさんが考えてもおかしくはない。

 卒業証明書を会社が保管し、さらに契約書で違約金を定めることでなんとしても最低3年間働かせようとする行為は、「強制労働」と捉えられても不思議ではないだろう。しかし、Aさんが3年間働かなけれんばならない一方で、会社側は今回のようなコロナによる経済危機が一度起これば、一方的に「辞めてほしい」と立場の弱い外国人労働者をまさに「使い捨て」のように扱うのだ。

 Aさんは会社に対して書類の返還を求めたが、会社は応じなかった。困り果てていた4月半ば、インターネットでPOSSEの窓口を見つけて、同じ派遣会社で働く知人とともに相談に訪れた。そしてすぐにPOSSEの連携する労働組合「総合サポートユニオン」に加入して、4月28日、会社に団体交渉を申し入れた。

 Aさんそして同じ派遣会社で働いていた中国人労働者3人は、会社に対して未払い賃金の支払いや休業補償、そして卒業証明書などの返還を求めている。

申し入れの様子
申し入れの様子

声を上げるための高いハードル

 日本で働く外国人は、昨年10月末で約166万人と過去最多を更新した。コンビニやスーパー、ファミレスなどでは外国人労働者がいないほうが珍しいほど、身近な存在となっている。1年前には、いわゆる「単純労働」の分野での外国人労働者を受け入れが始まった。

 ただ、日本で働く外国人の労働環境は改善されているとは到底言えない。ここでみたように、賃金未払いや社会保険の未加入、身分証明書の「預かり」といった法律違反や人権侵害が外国人労働者の働く職場で蔓延している。その上、コロナウイルスの影響によってシフトを減らされた留学生や、解雇された外国人からの相談がPOSSEには殺到している。

 しかし、外国人労働者が職場での問題に対しておかしいと異議申し立てを行うことは日本人以上にハードルが高い。言葉の壁や日本の制度・法律について詳しくないことから、ほとんどの外国人が不当な目に遭っても泣き寝入りを余儀なくされている。さらに、相談窓口も少なく、SOSを発しても支援にたどり着くことが難しい。

 POSSEでは、大学生や大学院生、若手社会人のボランティアが、日本語の文法を簡略化した「やさしい日本語」と英語で相談を受け付けており、就労ビザから留学生、技能実習生など様々な在留資格や職業の外国人の労働相談に対応している。

 このように深刻な労働問題を抱えている外国人の労働相談に対応し、さらに具体的な問題を社会に発信していくことで、外国人が働く職場環境の改善につながるのだと言える。ますます増え続ける外国人の労働問題を解決していくためにも、労働相談・支援の取り組みが各地で広がっていくことが望まれる。

外国人労働者の相談窓口

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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