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休業補償の「次の一手」が見えてきた! 震災時に発動した「みなし失業」制度とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 4月30日の国会で、注目すべき答弁があった。

 公明党の議員から、休業中の失業者に対して、雇用保険の特例措置を適用するなどし、収入を確保するよう求められた安倍首相は、「従業員の立場に立って、何が必要か考えさせたい、検討させたいと思います」と答えたのだ。

 安倍首相 雇用保険の特例措置適用を検討(2020年4月30日 日テレNEWS24)

 このやり取りで念頭に置かれているのは、長引く休業によって生活に不安を抱える労働者を支えるために「生存のためのコロナ対策ネットワーク」が求めてきた「みなし失業」のことだと思われる。

 「みなし失業」とは、休業を余儀なくされ、給与を受け取ることができなくなってしまった人について、実際には離職していなくても、失業しているとみなして、失業給付を受給できるようにする雇用保険の特例措置だ。

 通常、失業給付(雇用保険の基本手当)は、離職して失業状態にある人に対して、次の仕事を見つけるまでの生活の安定を図り、求職活動を容易にするために支給される。

 これを特例的に、仕事を辞めていなくても、失業給付を受けられるようにするのが「みなし失業」だ。この特例措置が適用されれば、長期間の休業を余儀なくされている多くの労働者が安定的な生活収入を確保することができる。

 この措置は、労使双方にメリットがある仕組みだ。労働者は「失業」とみなされながらも、会社には在籍し続けることができる。一方で、事業主からすれば、金銭的負担を負うことなく、従業員の雇用を維持することができる。実現すれば、整理解雇が抑制され、失業者の増加を防止することにつながるだろう。

 今回は、なぜ今「みなし失業」が必要なのか、その理由を解説していきたい。

災害時に適用されてきた「みなし失業」

 仕事を辞めていないのに「失業」給付がもらえるなんておかしな話だと思う方もいらっしゃるかもしれないが、「みなし失業」は実際に何度も導入されている。

 例えば、東日本大震災の時には、地震や津波の被害を受けて休止した事業所の労働者を救済するため、実際には離職していなくても、失業しているものとみなして失業給付を受けられるようにしていた。

 参考:厚生労働省リーフレット「東日本大震災に伴う雇用保険失業給付の特例措置について」

 その仕組みはこうだ。事業主はハローワークに休業証明書(通常の離職証明書と同様の様式)を提出し、特例措置を受けるための手続きを行った上で、労働者に「休業票」(通常の離職票と同様の様式)を交付する。労働者が「休業票」をハローワークに提出すると、その後は通常の失業給付とほぼ同じ流れで失業給付を受けられる。

 このように、比較的簡単な手続きで給付が受けられるようになっていた。

 厚労省が当時出したQ&Aには「必要な書類を準備できなくても、手続きを進められる」とあり、柔軟な対応が取られていたことがわかる。災害の被害により事業所が損壊し、離職手続きができない場合でも救済されるようにしていたのだ。

 コロナ危機が過去の大災害に匹敵する事態だということに疑いはない。激甚災害に指定するなどし、災害時と同様の措置を適用することによって、この危機的状況に対応していく必要があるのではないだろうか。

なぜ今「みなし失業」なのか

 「みなし失業」の実現が求められる背景には、休業を余儀なくされた労働者の少なくない割合が十分な収入を得られていない現実がある。特に、非正規労働者は、休業補償の仕組みから排除されやすい。

 私たちの労働相談窓口には、「非正規には休業手当が支払われない」、「会社が助成金を申請してくれず、解雇されそう」といった労働相談が相次いでいる(末尾に無料労働相談窓口の案内)。

 緊急事態宣言が発令され、協力依頼や要請に従って休業する企業が増加するなかで、これを「不可抗力」と考え、休業手当を支払わない企業が増えているからだ。

 災害などの不可抗力による休業の場合、労働基準法に基づく休業手当の支払義務は免除される。厚労省が曖昧な基準しか示していないこともあり、何が不可抗力に当たるのかは人によって解釈が異なり、裁判で争わない限り答えは出ない。

 もちろん、従業員のためにできる限り休業手当を支払おうとする企業も多いが、「支払義務があるかどうか分からないから、とりあえず支払わないでおこう」と考えてしまう経営者もいる。それ以前に、「資金に余裕がなく、支払うことができない」という経営者も少なくない。

 さらに、休業手当が支払われた場合でも、それだけでは生活できないという方も多い。労基法が定める休業手当は「平均賃金の60%以上」であり、60%というのはあくまで「最低限」の基準に過ぎないが、実際には60%しか支払われないことが多い。

 その上、1ヶ月に受け取れる休業手当の額は、従前の月収の6割ではない。受け取れる金額は、「平均賃金×休業手当支払率(60%以上)×その期間の所定労働日数」であるが、これを実際に計算すると、それまでもらえていた月収の半額にも満たないことがある。

 支払われるか分からない上に、支払われても額が少ない。このような休業手当によって、長期化する休業期間を乗り越えることは困難だ。

 参考:「6割しか請求できない」は嘘? 休業時の生活保障に関するQ&A

 参考:休業手当は給与の「半額以下」 額を引き上げるための「実践的」な知識とは?

雇用調整助成金で普遍的な生活保障は実現しない

 こうしたなかで現在の休業対策の「中心」になっているのが、「雇用調整助成金」だ。雇用調整助成金とは、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、労働者を一時的に休業させ、雇用の維持を図った場合に、休業手当の一部を助成する制度だ。

 5月1日に詳細が発表された新たな特例措置では、休業手当のうち60%を超える部分については助成率が100%となり、休業手当を多く支払っても事業主の負担が増えない仕組みになっている(ただし、現在のところ、対象労働者1人1日当たりの上限が8,330円とされるため、上限を上回る場合には事業主が負担しなければならない。また、対象は中小企業に限られる)。

 参考:厚生労働省リーフレット「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ 中小企業の皆様への 雇用調整助成金の特例を拡充します」

 厚労省は、このように、助成金を活用して100%の休業手当を支払うことを推奨している。「休業手当の支払義務に関する基準が曖昧だとしても、助成金を活用すれば、企業にはそれほど負担がなく休業手当を支払うことができるから、きっとそうしてくれるだろう」。制度の設計者の想定はそのようなものなのかもしれない。

 しかし、この「想定」は、事業主が助成金を申請しない(申請できない)と判断した時点で破綻してしまう。

 すでに数多くのメディアが報じているように、雇用調整助成金の申請は難易度が高く、思うように進んでいない。また、実際に支給されるまでに相当な期間を要するため、すでに資金繰りが逼迫している場合、諦めて労働者を解雇せざるを得ないということもある。

 こうしたなかで、労働者から求められても、助成金を申請しない事業主がたくさん存在する。

 つまり、労働者を直接保護するのではなく、あくまでも「企業への助成」という形をとっているために、政策の効果は「企業次第」になってしまっているのだ。上述したとおり、休業手当の支払義務の有無は曖昧になっており、「企業の善意」をあてにした制度ともいえる。

 もっとも厚労省は、申請書類の簡素化、助成率の引き上げ、審査の迅速化など、制度の改善を図っている。助成金の上限額についても引き上げが検討されている。事業主は、従業員を守るために、この制度を活用して雇用を維持するべきだ。

 参考:厚生労働省リーフレット「雇用調整助成金の申請書類を簡素化します」

 ただ、現実には、そのような努力をせずに、解雇をしたり、無給の休業を強いたりする事業主が今後も出てくるだろう。いくら制度の改善を図っても、「事業主が申請しない限り制度を利用できない」という仕組みを変えなければ、補償を受けられない労働者が出てきてしまう。

 休業手当と雇用調整助成金の組合せによる生活保障の実効性は残念ながら低く、特に非正規雇用差別が政策の効果を下げている。そのため現状では、補償を受けられない労働者たちから、「補償なき休業要請」との批判が出てくるのは自然なことだ。

 参考:政府の助成金を使って「コロナ解雇」を回避してほしい 声を上げ始めた労働者たち

現場の声を取り入れ、制度を整備してほしい

 緊急事態宣言が延長され、自粛期間が長期化するなかで、もっと簡素な仕組みが必要なことは明白だ。そこで対案となるのが、冒頭で紹介した「みなし失業」だ。

 「みなし失業」が実現すれば、解雇をすることなく、労働者に一定の収入が保障されることになる。機能不全に陥っている雇用調整助成金に替わる措置となるだろう。

 

 上述したとおり、「みなし失業」は簡素な仕組みであり、事業主は、多大な手続きの負担を負うことなく、従業員の雇用を守ることができる。

 生活困窮者支援団体や労働組合、弁護士らでつくる「生存のためのコロナ対策ネットワーク」では、新型コロナの影響を受けている労働者の生活を支えるために、かねてから「みなし失業」の適用を提案してきた。院内集会などを通じて、各政党にも働きかけを行っている。

 参考:生存のためのコロナ対策ネットワーク「提言:生存する権利を保障するための31の緊急提案」

 さらに、同ネットワークの共同代表の藤田孝典氏がTBSのニュース番組で「みなし失業」について紹介したこともあり、多くの方に認知されるようになった。

 参考:「雇用調整助成金」ほとんど使えない!『NEWS23』小川彩佳が報じた「制度と実際との乖離」

 本来であれば、休業手当の支払義務が免除される「不可抗力による休業」と評価されうるような事態が生じている時点で、災害時と同じように、休業手当に替わる所得保障の仕組みが整備されなければならなかった。

 その意味では、遅くとも緊急事態宣言を発令するタイミングでこのような制度が整備されるべきであったと思われる(東日本大震災の場合、被災の2日後に「激甚災害の指定に伴う雇用保険の特例について」という通達が出されている)。

 もう一刻の猶予もない。ぜひ、このような現場の声を踏まえ、速やかに制度を整備してほしい。

 

「企業任せ」の政策からの脱却を

 

 大きな視点でみれば、企業に助成を行うことを通じて労働者の生活を支えようとする「企業任せの政策」(このような福祉制度は「企業主義」的な社会政策と呼ばれている)の限界という論点が浮かび上がってくる。

 確かに、かつては、企業を支えることが間接的に労働者の生活安定につながった側面はある。「終身雇用」が前提であり、不況期においても、企業は雇用を維持することを志向したからだ。

 また、非正規雇用労働者の大半が「主婦パート」であったために、非正規雇用だけが解雇され、正社員が守られれば「社会不安」を防ぐことができると、企業も、政策立案者たちも、裁判官も考えていた(とはいえ、中にシングルマザーなどが含まれていたし、そもそも非正規雇用差別自体が不当である)。

 しかし、現在の雇用のあり方はその頃とは異なる。非正規雇用が拡大し、「主婦パート」ばかりではなく、家計を自立する労働者はあたりまになっている。「ブラック企業」が蔓延し、正社員の雇用も不安定化している。

 こうした状況では、企業に雇用を維持する気がなければ、企業への助成制度を整備しても有効に機能するとは限らない。日本型雇用が縮小するなかで、「企業主義的な社会政策」は限界を迎えているのである。今回の雇用調整助成金をめぐる混乱はそのひとつの現れだといえる。

 さらにいえば、企業主義的な政策は差別を内包するものであった。雇用が保障されるのは主に男性正社員に限られ、主婦パートをはじめ、それ以外の労働者は「雇用の調整弁」とされた。

 こうした差別的な性格が、コロナ危機の下での休業補償をめぐる問題にもあらわれている。助成金を活用して雇用を維持するか否かは企業の裁量に委ねられており、正社員だけ助成金を使って雇用を維持しつつ、非正規は解雇するということもできてしまうのだ(実際、そのような労働相談が寄せられている)。

 雇用調整助成金のような企業主義的な社会政策は、問題を抱えているだけではなく、もはや現実にも対応していないのである。「企業が政策を利用してくれない」という悲痛な労働者たちの叫びは、このような政策の問題を明瞭に示している。

 企業主義的な社会政策を維持する限り、必要な人に必ず支援が行き渡る保証はない。企業を中心に整備され、労働者の生活を直接的に保障する機能が弱いという日本の社会保障制度の特質を、コロナ危機を契機に、抜本から見直す必要があるだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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