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『海獣の子供』『鉄コン筋クリート』のスタジオ4℃で労使紛争! アニメ制作進行の「ブラック」な実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

相次ぐアニメ制作会社の制作進行の労働問題

 アニメ制作にかかわる労働者の労働環境が劣悪であることは広く知られるようになってきた。その中で、本記事が焦点を当てるのはアニメの「制作進行」に従事する労働者の問題である。

 制作進行の業務とは、大まかにいうとアニメーション制作の工程管理だ。TVアニメであれば1話数ごと、劇場用の長編映画であれば、パートや工程ごとを担当し、スケジュール、スタッフ、素材などの管理を行う。

 彼らは、直接作画を担当するわけではないが、アニメーション制作全般を下支えする、非常に重要な業務を担当しているのだが、実は、この制作進行に従事する労働者の問題は、作画などを行っているアニメ―ターとは少し異なっている。

 アニメーターのほとんどは、雇用契約を結んだ労働者ではなく、個人事業主として扱われている。そのため、多くのアニメーターが苦しんでいる劣悪な待遇は、労働基準法や最低賃金法が適用されないことから生じている(中には違法に個人事業主を偽装されているケースもある)。

 一方で、制作進行の職種では、企業に雇われていることが少なくない。こちらの場合には、労働基準法や最低賃金法の保護があるはずにもかかわらず、それらの法律が守られていない。同じアニメ業界であるにもかかわらず、労働問題の現れ方は違ってくるのである。

 そんな中で、今週、映画『海獣の子供』(2019年)、『鉄コン筋クリート』(2007年)などで知られる人気アニメ制作会社「スタジオ4℃」(STUDIO 4℃の表記も。正式な社名は「スタジオよんどしい」)で制作進行を担当している男性が、個人加盟の労働組合・ブラック企業ユニオンに加入し、未払い賃金の支払いや労働環境の改善を求めて、同社と団体交渉をスタートさせていることが明らかになった。

 同社は、アニメ制作会社・スタジオジブリの出身で、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた人物が独立して設立。湯浅政明監督『マインド・ゲーム』(2004年)など、世界的にも評価の高い劇場用映画を制作している。

 参考:【スタジオ4℃(1)】映画『海獣の子供』『鉄コン筋クリート』のアニメ制作会社「スタジオ4℃」で残業代未払い・労働環境改善を巡って団体交渉

 そもそも、私たちにとてもなじみのある「アニメ」という産業だが、その作品の制作がどのように進んでいくのか、なかなか知る機会は少ないだろう。

 そこで今回は、アニメ業界の労働者の中でも「制作進行」に焦点を当てつつ、アニメの制作のプロセス全体についても説明していく。それらを通じて、アニメ業界の労働問題の「多様」な実態を紹介していきたい。

75%が過労死ライン? 長時間労働・低賃金で違法状態の制作進行

 アニメ制作会社の制作進行では、長時間労働は珍しいことではない。NPO法人「若年層のアニメ制作者を応援する会(AEYAC)」が制作進行40名を対象に行った2017年の調査によれば、制作進行の1日平均労働時間は12.4時間、月の残業時間は約3/4が過労死ラインの80時間以上、約半分が120時間を超えていた。

 2010年には過労自死事件も起きている。アニメ制作会社「A-1Pictures」に勤務し、テレビアニメ『おおきく振りかぶって』、『かんなぎ』などの作品を担当していた制作進行の28歳の男性が過労によるうつ病で自死。新宿労基署によって労災認定されているのだ。

 この事件では、うつ病発症までの半年間、残業時間は月134〜344時間に登り、7日連続で会社に泊まることや、3ヶ月休日なしのこともあったとされている。

 

 こうした過酷な労働の一方で、制作進行の賃金の多くは、最低賃金水準である。先ほども述べたように、制作進行はアニメ制作会社と雇用契約を結んでいることが多く、労働基準法が適用されるのだが、残業代が払われていないことも多い。上記調査では、年収150〜300万円の制作進行が7割を占めていた。

 今回声を挙げたスタジオ4℃の制作進行の労働者も、会社の定めた「基本給」は、わずか月15万円台であったという。そればかりか、スタジオ4℃の制作進行には、何時間残業しても追加の残業代が発生しない専門業務型裁量労働制が説明もなく適用され、「定額働かせ放題」となっていた。

 さらに悪質な制作会社の場合は、雇用責任を回避するために「業務委託契約」を締結しているところもある。制作進行については、裁量労働制にしても、業務委託にしても、いずれも違法な残業代未払いとなる可能性が高い。

アニメ制作工程の概要

 では、それだけ過酷な労働環境に陥る制作進行とはどのような業務なのだろうか。それを知るためには、まず、アニメーションはどのような制作工程をたどるのかを概観する必要があるだろう。

 アニメーション制作には、まず最初に、脚本、キャラクターデザインや美術設定、色彩設計などの設定、絵コンテなどを作成する企画・設定段階の過程がある。監督(作品内容の最終責任者)、演出(監督の指示や絵コンテをもとに全体の制作の統括を行う)らがこの作業を行う。

 これが終わると、絵コンテと設定をもとに、制作工程に入っていく。工程は多岐に及ぶが、本記事では中心的な工程である作画・美術・仕上げ・撮影・編集作業をざっくり整理した(ただし、作品や会社によって細部が異なる)。

「絵コンテ」:脚本をもとに、セリフや状況説明などの「文字情報」と、1カット(映像作品における基本単位。実写で言うところの、カメラを回し始めてから止めるまでの映像)ごとのキャラクターの表情や動き、構図が描かれた「絵」で構成される指示書を描く作業。30分枠のテレビアニメだと平均300カット、長編映画だと作品によって大きな差があるが、1000数百カットある。監督や演出、絵コンテマンが担当。

「レイアウト」:絵コンテをもとに、1カットごとに数枚〜20枚程度(劇場作品のカットでは100枚を越えることもある)、キャラクターの動き(動きの始まり・節目・終わり)や背景のラフな構図を紙に描く作業。実際の完成映像の設計図となる。フリーランスや社内に常駐する原画マン(30分のテレビアニメ一話数につき10〜20人ほど参加する)が担当。演出、監督、作画監督(原画の修正や原画マンごとにばらつきのある絵柄の統一を行う)、総作画監督(作画監督ごとの差のある絵柄の統一を行う)がチェックする。

「原画」:レイアウトで描かれたキャラクターなどの絵を、レイアウトチェックで受けた修正指示を反映して清書する作業。原画マンが担当。

「動画」:原画を清書して、原画と原画をつなぐ絵を描く作業。カットごとにフリーランスや社内に常駐する動画マンが担当するが、最近はまとめて国外の「動仕会社」=動画・仕上げをまとめて行う専門の下請け会社に外注することが多い。

「動画検査」:動画に作業ミスがないかチェックする作業。フリーランスや社内に常駐する動画検査が担当する。

「色指定」:色彩設計をもとに、カットごとに色を指定する。以下、「色指定」から「セル検査」までは、社内の仕上げ担当者が担当するか、最近は仕上げ会社に外注することが多い。

「仕上げ」:紙に描かれた動画をスキャンしてデジタル画像化し、デジタルソフトを用いて、色指定をもとに色を塗る作業。

「セル検査」:色の塗られた画像データにミスがないかチェックする作業。

「美術」:レイアウトをもとに、動くキャラクターの背景画を作成する。社内の美術担当者や背景美術専門の下請け会社が担当する。

「撮影」:作画素材、美術素材を合成して、それぞれ特殊効果を加えカットとして完成させる。画像データを映像データに変換する。社内の撮影担当者や撮影会社のスタッフが行う。

「ラッシュ(試写)」「リテイク」:出来上がったカットごとに順次撮影・編集を確認するバララッシュと、最終段階として全カットを繋げて上映し、カット間やシーンの繋がり・統一感などを確認するオールラッシュがある。いずれも作画ミスや色の塗り間違いを確認し、リテイク(修正)指示を出していく。監督・演出以下主要スタッフ、制作進行、各工程の責任者が参加する。

「編集」:絵コンテにもとづいて全カットを繋ぎ、カットごとの秒数を調整して、放映時間の尺に収めたり、間の調節やテンポ感などの演出効果を高めたりする。編集会社のスタッフが行う。

アニメの制作工程

 では、この工程で制作進行は何をするのだろうか? 全部に関わると言って良いだろう。上記の工程を、制作進行の視点から追ってみよう。

「絵コンテ」→「レイアウト」

 まず、制作進行は、納品までの各工程の締切日を設定したスケジュールを作成する。絵コンテが完成したら、監督と演出の打ち合わせ、次に監督と演出、作画監督の打ち合わせを手配し、立ち会う。続いて、原画マンにその作品のレイアウト・原画を担当してもらうように電話で営業をかけ、原画マンのもと(多くは自宅で作業するフリーランス、スタジオに常駐する場合もある)に絵コンテや設定を届ける。また、レイアウト作業の前に、演出と各原画マン一人一人との打ち合わせを手配し、立ち会う。

「レイアウト」→「原画」

 原画マンがレイアウトをあげると、制作進行は原画マンのもとまでレイアウトを回収しに行き、演出、監督、作画監督、総作画監督の順でそれぞれ確認してもらい、OKになったらレイアウトを原画マンに戻し、原画を描いてもらう。これらの配送・手配も制作進行が行う。原画マンが原画を上げると、再び回収に向かう。

「レイアウト」→「美術」

 レイアウトを原画マンに戻す作業と並行して、制作進行は背景美術の作業発注を行う。美術監督と監督、演出との打ち合わせを手配し、立ち会う。レイアウトに演出からOKが出ると、そのコピーをもとに、背景担当者や背景会社に背景画を発注。背景画が上がると演出に確認をしてもらい、OKが出ると撮影担当者に渡す。

「原画」→「動画」「動画検査」→「色指定」「仕上げ」「セル検査」→撮影

 原画マンから回収した原画を演出、作画監督に確認してもらい、OKが出たら、次は動画・色指定・仕上げの工程である。制作進行は動画・仕上げを国外の下請け会社に発注するか、国内のフリーランスの動画マンや仕上げ専門の制作会社に営業をかけるなどして、絵コンテ・設定、そして各素材を渡して動画と仕上げの作業をしてもらう。回収した素材の動画や仕上げを確認(動画検査、セル検査)する各検査担当者に渡し、チェックを受けたら撮影に渡す。

「ラッシュ」→「リテイク」→「編集」

 それぞれの工程で確認が通らなければ、もう一度やり直しである。それらを全てクリアすると、検査済みの色の塗られたデータを撮影に渡して、背景とともに撮影作業を行い、1カットごとの映像が出来上がる。出来上がったカットがある程度貯まっていくと、続く終盤の大仕事としてラッシュが行われる。監督や演出のリテイク指示を制作進行がメモして、修正が行われ、リテイクラッシュが行われる。放送・上映直前にリテイクラッシュと修正が繰り返され、作業が連日深夜や早朝に及ぶことはザラであるという。

 最後に、編集された原版=マスターテープを、編集会社の担当者に渡して終了である。ここまでが作画・美術・仕上げ・撮影・編集までの概要だ。

 上記の工程は、代表的なものを抽出したものだが、ほかにも並行して3DCGの制作、アフレコやダビングといった音響作業などの工程があり、制作進行は基本的にいずれにも関わる。最終的に納品を目指して、これらの工程ごとに素材を繋いでいくのが制作進行の役目である。

 さらに細かくいえば、日々の進捗状況を記録する進行表の作成、あらゆる工程における担当者に対する進捗確認、打ち合わせの資料作成、外部スタッフへの発注伝票の作成、レイアウトや原画のチェック終了ごとのスキャン、スタッフの車での送迎などの制作事務関連の作業も、膨大に担当する。

制作進行は、すべての制作工程を下支えする

 以上がアニメ制作の工程だが、やっかいなことに、上記の工程はすべてのカットが出揃ってから、一度に次の工程に進むわけではない。そのことが、制作進行の労働を過酷なものにしている。

 例えば同じ日に、すでに動画および動画検査が終わって色指定に回っているカットがある一方で、演出が原画をチェックしている段階のカットもあれば、まだレイアウトすら回収できておらず催促中のカットがあることもある。

 テレビアニメ一話数で言えば、1〜300の番号を振られたカットが、カットごとに300とおりのバラバラの速度・段階で、上記の各工程を進んでいくことになる。

 それをたった一人の制作進行が同時にすべて管理して、推進させていくのである。制作進行が管理するスタッフは約30人。与えられた期間は約3ヶ月。短期間で気が遠くなるほど多岐にわたる業務を同時並行させていくため、1日の労働時間が長くなるのも当然である。

 これらの業務全体の中でも、特に原画マンや動画マンに対する原画や動画の催促、回収業務に非常に時間がかかるという。もう一つが、作品完成直前のラッシュ・リテイク作業である。作業は深夜早朝に及び、かなりの身体的負担になるという。

 このように、私たちが楽しみにしているアニメの制作の背後には、作画が過酷を極めているだけではなく、制作進行においても多大な苦労が伴っているのである。厳しい労働に従事し作品を生み出している労働者たちには、それに報いる待遇が必要だ。

立ち上がった制作進行たちの言葉

 今回スタジオ4℃で立ち上がった制作進行の方は、ブラック企業ユニオンのブログで次のように述べている。

「わたしたちは、アニメや映画という「作品」に魅了され、ときにそれを作ることに命がけになってしまいます。わたしたちはそれくらい本気で「作品」を作っており、そしてその作られた「作品」に誇りを持っています。「人生をかけている作品」さえ作れることができれば、お金のことなど二の次で良いと思えてしまうこともあります。しかし、アニメ制作というものを「仕事」とするなら、最低限のあたりまえの健康と安全が守られなければならないことは当然のことです」

【スタジオ4℃(2)】私がスタジオ4℃の現場からアニメ業界に声をあげた理由[前編]

 同じくブラック企業ユニオンで団体交渉をしているアニメ制作会社マッドハウスの制作進行の方も、次のように述べている。

「アニメと言うと、真っ先に「クリエイティブ」だとか「好き」や「才能」という言葉が付いて回り、「労働・仕事」という言葉では中々表現されません。しかし、アニメ制作だって仕事であり、収入を得るための手段です。ですから、労基法をはじめとする各種法令と労働者の権利は絶対に守られるべきです。法令と権利に対するスタッフの無理解をいいことに、“やりがい搾取”という名の滅私奉公に頼っている経営者は、自らの経営能力のなさを自白しているようなものだと気づいてほしい」

 労働環境が「劣悪」といわれ続けてきたアニメ業界で働く人たちが、続々と立ち上がっている。労働条件に悩んでいる人は、ぜひ専門家に相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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