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アップルショックから「派遣切り」へ 製造業派遣で繰り返される求人詐欺と不当解雇の実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今年に入り、iphoneやMacbookを販売するapple社が予測売上高を下方修正したことで、appleの株価が下がり、株式市場や世界経済にも影響を与えている。いわゆる「アップルショック」と呼ばれる事態だ。

 もっとも大きな要因は中国の景気減速による中国でのiPhoneの売り上げ減少が響いているとみられる。また、それ以前からスマートフォンの売り上げが世界的に落ちていることも影響しているのではないかともいわれている。

 アップルショックは日本の派遣労働者の生活を直撃しかねない。Apple製品の部品を供給するサプライヤーである日本企業は55社、台湾、米国に次ぐ世界第三位だ。

 今回のアップルショックによるapple製品の減産は、その製造を下請けしている日本企業の業績にも影響を与え始めており、既にシャープ、アルプスアルパイン、オムロン、ジャパンディスプレイなどの会社が売り上げを大きく減少させる見込みと報じられている。

 こうした事態は、製造業で雇用されている派遣労働者等の大量の「派遣切り」につながるおそれがある。

 海外の経済の急減速が日本の派遣労働者の雇用に重大な影響を与えた事件といえば、まっさきに思い出されるのが2008年のリーマンショックと、その後の大量の派遣切りが年末年始に日比谷公園に約500名もの派遣労働者が集まり生存の保障を求めた「年越し派遣村」だ。

 参考:「「派遣村」から10年 その背景と、現在も続く問題への対処法を考える」

企業の一方的な都合で解雇される派遣労働者

 景気の変動でもっとも影響を受けるのは派遣労働者である。派遣は景気の変動に対応して企業が自由に「調整」できる労働力であることが「利点」とされて導入されてきた。

 通常の労働者を扱う場合には、景気の変動を理由として解雇するとしても、解雇に客観的な合理性があるかどうかが問題となる。

 たとえば労働者を解雇しながら、役員報酬や株式配当などが全く変わっていないのであれば、不当な解雇であるといえる。ところが派遣労働者の場合には、派遣先と派遣労働者の間には雇用契約が成立していないので、こうした客観的な合理性を企業は回避することができてしまう。

 「ユーザー企業」はあくまでも派遣労働者を「物品」として購入するのであり、彼らに対する雇用上の責任は負わないのだ。

Appleの部品工場で働く派遣労働者からの相談

 アップルショックによる減産で、実際に現場で働く派遣労働者の間では不安が広がっている。私が代表を務めるNPO法人POSSEには、Apple製品の部品工場で働く派遣労働者から今年1月に入って工場が大幅な減産となり今後の雇用の先行きが不安だという相談が複数寄せられている。

 

 そのうちの一人、Aさんはこうした派遣労働の現状に対し怒りを覚えている。私がAさんから聞き取った内容を元に、Appleの部品の下請け工場で働く派遣労働者の労働環境や生活の不安を紹介したい。

 Aさんは東北地方出身の30代前半の男性である。10代後半から様々な職場を経験したが、給与は10万円台。実家暮らしだったため生活費は節約できていたものの、なるべく安定した仕事を得たいといつも考えていた。

 高校卒業と同時に交通会社の正社員になれたときは安定した仕事につけたことに安心した。しかし、仕事は12時間にもおよぶ拘束時間があるなど長時間労働であり、同じ日の朝と夕の二回出勤するなど不規則なスケジュールが多く、きちんと休める年間の休日も50日程度しかないなど過酷なものだった。

 さらに給料も一年間に月に500円程度しか上昇せず、身体ももたないため、退職せざるを得なかった。

 Aさんは引きつづき安定した仕事を探したが、とりあえず収入を得る必要があったため、製造業派遣で働き始める。しかし給与は20万円に届くかどうかという水準であった。Aさんは派遣で働きながらも良い求人がないか探していた。

 そして2018年に見つけたのが、「給与30万円以上可、寮費無料」を謳うapple製品の部品工場の仕事だった。求人には「正社員」とある。今よりも給与も高く、寮費も無料であれば実家から独立して暮らせると考え、連絡先に電話すると、別の派遣会社の担当者が対応し、面談後即日で入社してくれという話になった。「正社員」という表示はあくまで派遣会社の正社員としての雇用という意味だった。

 実家から離れ、寮に入り働き始めたAさんは、最初の給与明細を見て驚く。求人では「寮費無料」となっていたにもかかわらず、なぜか寮費として給与から数万円分天引きされていたのである。また、Aさんは一日に2時間程度残業するが、それでも月の給与は、額面で20万円台前半にしかとどかない。欠勤などが多い月は、10万円台前半まで割り込むこともあった。

 同じ派遣会社で働く同僚も同じように寮費無料と聞いて入ったのに寮費を引かれていることに不満を持っていた。Aさんが派遣の担当者に疑問をぶつけると、「寮費は天引きされる社内ルールになっている」という説明を始めて受けた。しかし、何か月たっても「30万円以上可。寮費無料」という求人は訂正されずネット上に掲載され続けている。Aさんは「騙された」と悟った。

 派遣会社は人を集めるために、虚偽の求人を表示し続けていたのである。景気変動の波によって派遣労働者への需要は増減する。生産の必要性があるときには派遣労働者への需要は高まる。

 しかし、詐欺によって集められることで、むしろ労働者の生活は不安定になりかねない。実家で暮らしていれば、少なくとも家賃はかからず、水光熱費などもある程度節約できた。だが、安定していると見せかけた求人に応募したことによって、かえってお金がかかる状況に追い込まれてしまっている。

 このように、「生活できる仕事」を探して転職を繰り返しても状況が改善せず、むしろ求人詐欺詐欺にあって余計に労働条件が悪くなるという事態は、正社員・非正社員問わず現在の多くの労働者に共通する経験だろう。

 さらに悪いことに、Aさんが働く工場でも今回のAppleショックの影響で1月から生産が大きく減少し、派遣社員は全員出勤停止となった。今後の見通しは未だ不透明で会社からは何の説明もなく、Aさんの同僚の間には次の仕事を探したり、減収を補うために副業でアルバイトを始める人が出てくるなど大きな動揺が広がっている。

「派遣村」時の経験=労使交渉で状況を改善

 製造業派遣における求人詐欺は、10年前のリーマンショック以前にもきわめて多くみられた。「月収25万円以上可」などと書かれた求人に引かれて沖縄や北海道、東北、九州などから関東圏に集められた派遣労働者が実際には求人の表示ほど稼げず、辞めたいと思っても既に遠方へ帰る交通費や引っ越し代をねん出できないため不安定な生活状況にとどめ置かれ、さらに最終的にはリーマンショックによって解雇され路上生活に陥る人々まで大量に生まれてしまったのである。

 労働者を嘘の労働条件で集めてより不安定な状況においていながら、いざ景気が悪くなるとすぐに労働者を解雇するという構図だ。Aさんもただでさえ求人詐欺によって困っているところに、アップルショックで工場が減産となり、雇用が切られるおそれまで出てきてしまっている。Aさんは「派遣会社なんてない方がいい」と語るが、それはこうした理不尽な経験を繰り返してきたからこその実感だ。

 今後さらに大規模な景気悪化の波がこれば、Aさんたちの工場でも大量の派遣社員が解雇され、寮から追い出される可能性も高い。Aさん自身は派遣会社に正社員として雇用される常用型派遣だが、リーマンショックの際には常用型派遣も約8割が解雇されてしまっている。10年前と同じ状況になる恐れは残念ながら否定できない。

 だが、こうした状況に対しては、争うことで雇用を守ったり、寮への滞在期間を延ばしたりすることが可能だ。

 昨年、ジャパンビバレッジで働く労働者がブラック企業ユニオンに加入し、東京駅でストライキを行って会社から労働条件の改善を勝ち取ったことが社会的に大きく注目された

 参考:文春オンライン「本日、JR東京駅の自販機補充スタッフがついにストライキ決行」 

 彼らは正社員だが、派遣労働を経験した組合員もいた。安定した仕事を求めて派遣と正社員を行き来するだけでは生活は楽にならないことを皆身に染みて分かっている彼らが見つけ出した解決策が、労働組合に入って権利を求めて争うということだったのである。

 派遣労働も同じだ。景気が悪いから解雇だと言われたとしても、解雇の不当性を争うことができるし、解雇だからといってすぐに寮から出ていく必要はない。

 10年前のリーマンショックでも、寮からの立ち退き期限を労働組合が会社と交渉して、引き延ばすことに成功した事例がいくつもある。

 例えば、大分キヤノンでは、2009年に労働者がユニオンに入って交渉したところ、請負会社「日研総業」で解雇される約700人全員に解決金を支払い、その経費約2億円のうち1億円はキヤノン側が負担することで合意している。

 もちろん、Aさんが受けたような「求人詐欺」についても、組合での交渉によって、差額分の給与の支払いや天引きされた寮費を取り返すことができる。

 Aさんも、今回の求人詐欺は絶対に許せないから派遣会社に給与や寮費の請求を行いたいと考えている。

 私たちも労働組合や弁護士と連携し、全力で派遣労働者の権利主張のサポートをするつもりだ。同じように困っている派遣労働者の方も、ぜひ諦めずに外部の労働相談窓口を頼ってほしい。

無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業ユニオン 

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総合サポートユニオン

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ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業被害対策弁護団 北海道ブロック

*北海道全域の労働相談を受け付ける、「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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