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ジャパンビバレッジで「社内労組」が誕生 「社内労組」は役に立つのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

あのジャパンビバレッジ社に「社内労組」が誕生

 この秋、サントリーグループの自動販売機大手・ジャパンビバレッジ社に、新たな労働組合が結成された。

 今年10月、ジャパンビバレッジの各支店において、全従業員を集めた社内ミーティングが開かれた。このミーティングの終了直後、そのまま同じ会場で立て続けに、労働組合への加盟を呼びかける説明会が次々と始まったという。労働組合の名は、「ジャパンビバレッジグループ労働組合」。従業員のみを対象とした「社内労組」の誕生である。

 この1年の間、ジャパンビバレッジ社では、数々の労働問題が発覚してきた。何時間労働をしても残業代が払われない「事業場外みなし労働時間制度」(=「定額働かせ放題」制度)を違法適用したことに対する労基署の是正勧告。

 同社の違法行為を労基署に申告した従業員を狙い撃ちした懲戒解雇未遂事件。クイズに正解した従業員にのみ有給休暇を認めるという「有給チャンス」メール問題……。

 これらの問題を次々と告発し、未払残業代を部分的にせよ全従業員に払わせ、長時間労働やパワハラなど社内の改善を実現してきたのが、「ブラック企業ユニオン」という「外部労働組合」(外部労組)である。

 同ユニオンは、ジャパンビバレッジの外部にありながら、同社の十数名の現役従業員を組合員として擁しており、彼らが立ち上がったJR東京駅における「自販機ストライキ」は記憶に新しいところだ。

本日、JR東京駅の自販機補充スタッフがついにストライキ決行(文春オンライン)

 一連の違法行為をめぐる、ジャパンビバレッジと「ブラック企業ユニオン」の労使紛争は、まだ終わる様子を見せていない。その真最中に結成された「もう一つの労働組合」。一体、ジャパンビバレッジグループ労働組合とはどのような組織なのだろうか? そして、同社の労働問題を本当に解決してくれるのだろうか?

代表も、連絡先も、規約も非公開。でも入会してください!?

 

 もちろんブラック企業に労働組合が結成されることは良いことだ。同じ会社に二つの労働組合があることも、それが従業員の選択肢を広げるのであれば、歓迎されるべきことだといえるかもしれない。

 ところが、今回は首を傾げてしまうところがある。

 参加者によれば、説明会は管理職たちの「今日は組合加入書をお持ちしました」という第一声で始まり、数十分間の説明が続いたという。営業所の建物を利用して、社内ミーティングに続いて実施され、説明を行うのも管理職たち。

 会社側の協力はほぼ疑いないように見える。参加した従業員の一部は、説明会を社内業務の一環として認識していたという。

 さらに驚くべきことに、この説明会では、労働組合に関する基本情報のほとんどが、まったく明らかにされなかったという。組合の代表者も、役員も、組合の所在地も、連絡先も、一切説明がなく、資料にも何ら記載がなかった。

 不審に思った従業員がその点を質問したところ、説明会の担当者はいずれも「非公開」と回答したという。さらに、組合加入にあたり、組合規約を見せてほしいとお願いしたところ、やはり「非公開」と断られてしまったのだ。

 会社側の協力を受けて、大々的な加入説明会が開催されている団体の基本情報が、なぜか「非公開」ばかりというのは、さすがに心配になってしまう。何より、困っている従業員が組合に労働相談をしようにも、組合活動に積極的に参加しようにも、そもそも参加の道が閉ざされているのではないか。

ブラック企業ユニオンとの対話を拒否? 連携に期待したい

 調べてみると、新たな情報がわかってきた。ジャパンビバレッジグループ労働組合は、サントリーグループ労働組合協議会とフード連合(連合加盟)を上部団体としており、すでに3000名の従業員が入会しているという。

 社会労組の「ブラック企業ユニオン」は、ジャパンビバレッジグループ労働組合に話し合いを持ちかけているというが、連絡先が非公開のため直接の連絡を取りようがなく、上部団体のサントリー労組協議会に問い合わせても、面会の日程調整にさえ応じないという。

 また、同ユニオンは、従業員の過去の未払残業代問題に取り組んできたが、この問題に対する「社内労組」の方針は明らかになっていない。

 一部の従業員が「社内労組」の説明会で、未払残業代問題に取り組むのかどうかについて質問しているが、「社内労組」は従業員の要望が強ければ検討するという趣旨の回答をし、残業代不払という違法行為に対し、明確な立場は示さなかったという。

 現状ではわからない点も多いが、ジャパンビバレッジ社で働く労働者から聞き取った現時点での情報を元に二つの組合を比較すると、次のような表になる。

画像

 もし社内労組が同社の違法な事業場外みなし労働時間制を廃止させ、未払残業代の一部を支払わせたブラック企業ユニオンと協力することを拒否するのであれば、「違法行為を黙認する労組」とみなされても仕方ないのではないだろうか。

 違法行為に対する断固とした反対姿勢をとらないのであれば、「労働組合」全体に対する社会の評判はますます落ちていくことだろう。最近では労働組合に対する世間の風当たりは非常に強い。

 労組は違法行為や長時間労働を問題とせず、36協定などで過労死を引き起こしている元凶だ、という批判まで広がっている。違法行為を黙認してしまえば、労働組合の存在意義の問題にもかかわりかねない。

 労働組合への信用が失墜することが、私がもっとも恐れている事態である。

 

 ぜひ、二つの労働組合は一致できる点は協力して、「労働者のため」に活動してほしいものだ。

「社内労組」が「御用組合」になることも

 そもそも「社内労組」と「外部労組」にはどのような違いがあるのだろうか。一般的に、「社内労組」は「外部労組」よりも「御用組合」にやりやすいという弱点を抱えている。「御用組合」とは経営者と癒着して労働者の利益を代表しない労働組合のことだ。

 「社内労組」が「御用労組」になりやすいのはなぜだろうか。一つには、企業間競争に巻き込まれやすいことが挙げられる。経営者が「法律を守ったらうちの会社は競争に負けて潰れる」と言うと、多くの「社内労組」はそこで勢いを削がれてしまうのだ。

 大概はこうした経営者の話は詭弁であって、法律を守っても会社は潰れないのだが、そうした「脅し」に弱いのが「社内労組」である。他方で、「外部労組」の多くは、こうした経営者の詭弁を一蹴する。「日本の法律を守ることが日本で経営する条件です」と。

 そして、一旦「社内労組」が御用組合化すると、社内の出世コースに「社内労組」の役員が位置付けられる。「社内労組」の役員には、将来的に会社の幹部となるという慣習がつくられていることが多い。だから、組合の役員になっても労働者の権利を主張するより、それを抑制して経営陣から評価を上げることに血道を上げるのだ。

 世界的には、こうした御用労組化を防ぐために、労働組合は一般的に「外部労組」の形態をとっている。イギリスもフランスもドイツも、産業別に労働組合が組織されている。また、隣の韓国は、従来は日本と同様に「社内労組」が主流であったが、2000年代に「社内労組」の限界を克服するため、産業別の「外部労組」へと転換している。

 社内の労組は、そうした「外部労組」を補完していたり、あるいは「外部労組」が設定するよりもさらに高い労働条件を求めて労使交渉を行うことが一般的である。

過労死事件への「御用労組」の対応

 「御用労組」とみられる労組が問題を引き起こした過去の実例を紹介しよう。

 大手飲食チェーンすかいらーく社の例だ。すかいらーく社では、これまでに知られているだけで二件の過労死が発生している。いずれも従業員の遺族が東京東部労組という「外部労組」に相談し、その支援の甲斐もあって労働災害として認定されている。

 他方で、同社の「社内労組」は、遺族の労災申請に十分な協力をしていなかったという。従業員の遺族によれば、労災申請の際に「社内労組」の担当者が労働基準監督署へ同行したという。

 ところが、不正確なタイムカード(国の過労死認定基準を下回る労働時間が記載されたもの)をそのまま提出したうえ、それ以外にも多くの労働時間があったことを示す資料や証言を補足しなかったのだ。

 これでは労働災害を「不認定」という判断をもらうために労災申請をしているようなものでる。その後に「外部労組」が資料や証言を補充したことで、労災として認定されたが、それが無ければ認定されなかった可能性が高い。

 また、その社内組合は過去の過労死の事実を意図的に隠蔽していた可能性がある。というのも、すかいらーく社の「社内労組」は「すかいらーく社では過労死が今まで一件も起きていません」と従業員の遺族に説明していたというのだ。その時点では、既に一人目の過労死が労災認定されていたにもかかわらず、その事実を隠していたのである。

 さらに、同社の「社内労組」の委員長は、一件目の過労死が起きた直後に、次のように、遺族の感情を逆撫でするような発言さえしている。

「ある意味、店長は誰の助けもなく、全責任を負って店舗を切り盛りしていかなければならない孤独な存在です。忙しさも半端ではありません。しかし、本当にできる店長、つまり強い店長は、その中でも休みを取れるのです。なぜならば、しっかりマネジメント出来ていれば1人でがんばっている店長を見て、誰かが『店長休んでください。私が代わりに働きますから』と言ってくれるからなのです。ここまでいくにはそれだけの人間的魅力がなくてはなりません」

 これでは、店長が過労死をしたのは、能力不足や人間的魅力の不足によるものだと、言わんばかりである。

 なお、このすかいらーく社では初代労働組合委員長が社長に就任しているほか、3代目労組委員長も関連会社の社長に就任している。

「社内労組」の改革は可能か?

 ここまで「社内労組」が「御用組合」になってしまう背景要因や、「御用組合」と言われている実例を見てきた。「御用労組」ともなれば、過労死した従業員の遺族よりも会社経営陣の利益を優先してしまうことさえあるのだ。

 とはいえ、労働組合一般の可能性を否定するべきではない。労働組合とは、労働法によって保護された労働者が使用者と法的に有利に交渉するための組織である。労働組合の存在抜きには、個人での交渉となるが、それでは権利の保障が難しい。企業内労組もこうした権利行使のための重要な組織であることは疑いようがない。

 歴史的にも、各国で御用組合や一部の従業員の利益ばかりを擁護する「既得権化」した労働組合が問題になってきた。

 しかし、日本における「社外労組」のように、より多くの従業員の利益を守ろうとする労働組合運動が発展すると、それまでは「既得権」を擁護していた労働組合も、次第にその体質を変えていったのである。

 だからこそ、私は、企業内労組に対し、「外部組合」と連携することを強く推奨したい。外部組合と共に違法問題に協力して取り組めば、企業内労組に対する労働者の支持も確実に広がるはずである。

 企業別組合を束ねている「連合」の関係者にも、積極的に協力を要請していこうと思う。

 私にはSNSなどで「社内の御用組合」の被害についてよく告発が寄せられる。例えば、労働者の未払い残業代を、社内労組が勝手に「返上」し、握りつぶしているといった内容だ。

 そのような問題があれば、ぜひNPO法人POSSEまで相談してほしい。連合・社内労組が変わっていくことは、日本の労働環境が変わっていくために不可欠なプロセスである。これからも、積極的に問題を提示し、協力を要請していきたい。

(尚、寄せられた情報については慎重に精査し公開を検討します。また、告発人の許可なく公開することもありません)。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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