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高度プロフェッショナル制度で何が起こるのか? 労働問題の事例から検証する

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 高度プロフェッショナル制度(高プロ)が、早ければ明日31日に金曜日に衆議院で強行採決されようとしている。「働き方改革」の一環として政府が強調するのは、高プロによって多様な働き方が可能になる、という点だ。しかし本当にそうだろうか。高プロによって残業が減り帰宅が早くなるのだろうか。本記事は、高プロが働く人にとってどう影響するのかを事例を交えて考えていきたい。

高プロによって労働時間規制が撤廃される

 そもそも高プロとはどういった制度なのか。いま議論されている「高プロ」とは、残業代の支払いや労働時間管理といった労働時間規制から、一部の労働者を除外するという制度のことを指す。

 しかし、日々、長時間労働に従事している人からしてみれば、そもそも日本に「労働時間規制」などないじゃないか、と思われるかもしれない。確かに、日本には労働時間の厳格な上限規制は存在しない。そのため何時間でも働かせることが法的には可能である。その結果、日本の長時間労働は世界的にも有名になり、過労死を英語で表現する際にはkaroshiとそのまま通じるほどだ。

 とは言え、給料に関して言えば、今でも働いた分の賃金は支払わなければいけないという当たり前の原則は維持されている。いま残業代が支払われていなければ、それは違法に支払われていないだけだ(違法行為に対する相談窓口は末尾参照)。また残業を会社が命じる場合も、会社と労働組合または労働者代表が締結する「36協定」で定める残業時間以内にしなければ労働基準法違反と判断される。残業したら残業代が払われ、残業時間の上限も労使協定で決まる、そうでなければ違法という原則は残っている。

 この原則を高プロは撤廃する。つまり端的に言えば、いくらでも長時間労働を命じることができ、さらに残業代を支払う義務もなくなる、これを認める法律がいま国会で審議されているということである。雇用の多様性などまやかしに過ぎず、長時間無給で働かせることを合法化するのが「高プロ」なのだ。

誰が対象になるかすら決まっていない制度

 先に、高プロは「一部」の労働者に適用されると書いた。ただし、この一部が誰なのかは法案を作った政府ですら「これから決める」と言っている。なんと驚くべきことに現時点では「年収1075万円以上」の「専門職」ということしか明らかになっていない。そして何が「専門職」なのかはまだ決まっていない。

 すでに導入されている類似制度である裁量労働制では、対象は19の業務が専門職(専門業務型裁量労働制)と決められているが、実際には多くの企業は対象業務でない人にも裁量労働制を適用し残業代支払いを回避し続けている。

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 同じように、この法律が成立すれば、ブラック企業によって「専門職」が偽装され、違法に高プロを適用される労働者が後を絶たないことは容易に想像できる。

 また、「自分はそんなにもらっていないから関係ない」と思う人は多いかもしれないが、実は多くの人が当てはまる可能性がある。というのも、年収要件の1075万円にボーナスや残業代を含めるのかどうかもはっきりしないからだ。

 実は、この1075万円は、1日8時間労働で計算する必要がなく、しかも、実際に1年間に支払われる金額である必要もない。

 例えば、現在一日8時間で年収360万円の労働者でも、理屈的には1日24時間働く契約を結んでおいて、実際に働かなったのでと欠勤控除をすることで、年収要件を満たしているように偽装することも可能である。

 さらに、この1075万円という基準そのものが下がる可能性も高い。経団連は過去に「当該年における年収の額が400万円(又は全労働者の平均給与所得)以上」の労働者に対して労働時間規制の適用除外を求めてきた。一旦制度化されれば、「定額働かせ放題」制度が「普通」の労働者に適用される日はそう遠くないだろう。

労働者が拒否すれば高プロ適用除外になる?

 高プロ批判への反論として政府は「労働者が合意しないと適用されない」と述べて一方的に高プロ対象者となることはないと主張する。しかし、現場で毎日働いている方ならこれが嘘だとすぐに分かるだろう。そもそも今ですら残業を拒否するのは非常に難しい。会社から「高プロを適用させてくれ」と頼まれて断れるだろうか?

 「高プロ拒否を理由に解雇や減給はできない」と法律に明記すると政府は言う。しかし、同じことがセクハラ/マタハラの現場で起こっている。妊娠や出産、育児の際の不利益取扱いは法律で禁止されているが、毎日のように妊娠/出産を理由に解雇・契約更新されなかったという事例が新聞に載り、マタハラという言葉があるくらいだ。争いになれば、会社は「能力がなかった」などと嘘の理由を述べて解雇を正当化してくるのは誰にでもわかる。

 本来、労働者の合意が必要な裁量労働制の現場でも、そもそも労働者の知らないうちに裁量労働制が適用されていたり、よくわからない紙を書かされて後で合意書だと知ったり、「裁量労働制を拒否すればクビ/減給」と言われて渋々合意するケースは、枚挙に暇がない。なぜ同じことが高プロでは起こらないと言えるのだろうか。

「健康確保措置」で過労死が起きる

 一方で、労働時間規制の撤廃に対する批判をかわすために、高プロには「健康確保措置」が盛り込まれている。年間104日の休日と有給を5日与えなければいけないというものだ。しかし、少し考えてみればすぐわかるが、1年には52週あるので年間104日の休日とは単に週2日休みになるだけである。

 その休みの日以外は、お正月や祝日を含めて1日24時間働かせても合法になる。これが「健康確保措置」の実態だ。

 なお現在、国は「過労死ライン」と呼ばれる労災認定に使われる残業時間を1か月あたり100時間の残業と定めている。月100時間以上残業していれば過労死するリスクが極めて高くなると国自身が言っている。にもかかわらず高プロが導入されれば、この1か月あたりの100時間を遥かに超える残業を命じることが合法になる。そのため、過労死で家族をなくした遺族の会が「過労死促進法」と批判するのも当然なのである。

労働時間規制の撤廃によって、過労死した際の責任追及が困難に

 さらに、高プロによって、過労死が促進されるばかりか、過労死が起こってしまった際に企業に責任追及することがますます困難になる。具体的な例を見ながら考えていこう。

 私が代表を務めるNPO・POSSEが支援している遺族に、連日の長時間労働によって過労死してしまった方がいる。岩手県にある機械部品製造会社・サンセイで営業技術係の係長として働いていたAさんは、亡くなる直前には1か月あたり最大で111時間もの残業を命じられ、2011年8月、脳幹出血により51歳で過労死してしまった。

 この111時間というのは過労死ラインである残業月100時間を優に超えている。そのため家族は仕事が原因で亡くなったと考えて労災を申請した。労働基準監督署が調査を行った結果、慢性的に80時間から100時間近い残業を行っていたことが会社の書類から明らかになったため、Aさんの死は過労死と認定された。現在、Aさんの家族はAさんが働いていた株式会社サンセイや当時の取締役などに対して、過労死を引き起こした責任を追求するための裁判を行っている。

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 Aさんのようなケースは全く珍しくない。国が認めただけでも年間191人(2016年度)が過労死・過労自死(自殺)している。過労死は誰にでも起こりうることなのだ。

 しかし、過労死が起こったとしても、国が自動的に労災と認める訳ではない。そもそも、遺族が労災を国に申請することで初めて調査が行われる。調査を行う国が労災と認める際に一番重要なのは、亡くなった人の仕事内容や労働時間を示した証拠だ。過労死ラインの80時間から100時間に対して、どのくらいの残業を行っているのかを会社のタイムカードや日報、本人の残したメモや出退勤のsuicaの記録などを集めて労働基準監督署の監督官が判断を下す。

 Aさんの場合は、偶然にも会社が当時のタイムカードと日報を全て残しており、かつそれらに記載されていた時間が実態を反映していたため、この記録を踏まえて労基署が労災だと判断した。

 ここで、高プロが導入されるとどうなるだろうか。今でさえ全て9時−17時でタイムカードを記入させたり、そもそもタイムカードがない会社すら存在する。そこに、労働時間を管理しなくてもよい高プロが加われば、多くの会社でははじめから労働時間の記録を怠る可能性が高い。

 この状況で過労死が起こり、遺族が労災申請したとしても、実際の労働時間に関係なく記録そのものがなければ、国は労災申請を却下することになる。つまり、会社側はわざと記録を残さないことで、リスクヘッジできるのだ。そして、高プロという制度がそれを後押ししている。

 実際に、裁量労働制の現場では、(それが違法に適用されていたとしても)、多くの事業所で労働時間管理を行っていない。その結果、裁量労働制の現場では、過労死してしまった場合に会社の責任をとらせることが極めて難しいのである。

 Aさんのケースで、タイムカードや日報が労基署の調査前に処分されていなかったことは不幸中の幸いだったと言える。多くの場合、遺族側は会社に比べて証拠となるようなものをほとんどもっていない。会社に対して裁判を起こしているAさんの大学生の息子(20歳代)は、「高プロでさらに過労死が起こり、自分のような遺族が増えることになる。実際に長時間労働で働いている人や家族を亡くした人自身がこの制度の問題点を主張していかないといけない」と訴える。

おわりに

 本記事で検証してきたように、高度プロフェッショナルは過労死を促進する極めて危険な制度である。健康確保措置や同意要件、年収要件などで、一見すると「安心」に見えるのだが、それらがこれまでの「実在する」労働問題の実情からして、ほとんど役に立たないことが疑われるのである。

 有権者には、このような法案の「実際の効果」についてもっとしってほしいと思う。また、メディアはこうした危険性について、現場の実態に基づいた取材を行ってほしい。

 (尚、現在も違法な長時間労働・残業代不払いに悩む方は下記の無料相談窓口も参照してほしい)。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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