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「残業代はいりません」は有効か? 広がる同意書強要の実態と対応策

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 サントリーグループの自動販売機大手・ジャパンビバレッジで事業場外みなし労働時間が無効になり、労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告が出た。実は、この事件には、もう一つの「重要な論点」がある。

(この事件の詳細は4月3日にこちらの記事で紹介したとおりである)。

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 同社は行政指導を受けた今年3月ごろから、実際の残業代に比べて「少額の金銭だけを労働者に支払う」という対策を進行させているという。さらに、労働者に対して、それ以上の'''残業代の請求権を「放棄」する'''という同意書にサインさせているというのだ。

 この少額の残業代のみを払い、「残業代請求権放棄条項」が掲載された同意書へのサインは、名ばかり「働き方改革」の典型的な手法の一つとして、最近では広く用いられている。本記事では、ジャパンビバレッジグループで起きている問題を例に、この手口と対策について紹介したい。

「本当は払わなくて良いのだが、会社の好意で払われるのだから感謝しろ」

 まずは、問題の経緯を確認しよう。

 ジャパンビバレッジに対しては、昨年10月からブラック企業ユニオンに加盟した同社の社員との間で、残業代の支払額などについて交渉が行われてきた。

 その後、12月に、同社に対して労働基準監督署から過去の事業場外みなし労働時間制について無効であるという指導がなされた。

 この結果、ジャパンビバレッジ東京は、自販機の補充等を行うルートセールス職の全従業員を対象として、2015年11月分から未払い残業代を支払うと、ブラック企業ユニオンに認めたという。

 また、ユニオンとの団体交渉では、休憩が取れていない従業員がいる実態を認め、未払い残業代を計算する際には、休憩の取得についてヒアリング調査を行うことを約束している。

 そして、この調査面談に基づく残業代の支払いは、ジャパンビバレッジ東京のみならず、全国のグループ全体で支払われることになり、全国のジャパンビバレッジの支店のルートセールス職の労働者が、上司から面談を受けている。

 ここまではユニオンとの約束通りである(なお、ジャパンビバレッジにおいて、退職者はそもそも調査の対象に入っていない。しかし、退職者も2年間の時効がすぎていなければ、会社に残業代を請求することができる)。

 ところが、同ユニオンには、未払い残業代の調査面談についての相談が、全国のジャパンビバレッジグループの在職者から寄せられているという。その情報によると、全国で行われているのは次のような対応だという。

「突然上司に呼び出されて、同意書にサインさせられた」

「休憩時間について聞かれなかった」

「休憩が取れていないと粘って主張しても、認めてもらえない」

「残業代の金額の計算がおかしい。50時間残業しているのに2万円しか払われていない。」

「本当は払わなくて良いのだが、会社の好意で払われるのだから感謝しろと言われた」

「同意について口外しない、これ以上の請求は行わないという同意書にサインさせられた 」

 このような調査面談が事実であれば、本来支払われるべき金額よりも低く「同意」させ、あたかも残業代請求の権利がなくなったかのように見せかける(社員を騙す)という意味で、非常に悪質な手口であろう。また、「会社の好意で支払う」という見解もまた、法律上の事実を歪めた説明である。

 筆者がジャパンビバレッジホールディングスに筆者(NPO法人POSSE)が取材を申し込むと、同社から回答を得ることができた。その内容は次の通りだ

「当社では従来より労働基準監督署に相談の上、昨年まで事業場外みなし労働時間制度を適法に運用してきましたので、これまで、残業不払いをしていたという認識はございません」

 そもそも、労基署の行政指導じたいを否定したうえで、「残業代の一部のみを受け取ることに合意するよう促してはおりません。従業員と誠実に面談を行っております」と、上記のような一方的な面談を完全否定している。

「残業代請求権放棄」に合意しても、あきらめてはいけない

 労働基準監督署の是正勧告や労働組合の要求を受けて、企業が全社的な残業代未払いを認め、全従業員に対する支払いを認めたにもかかわらず、調査を杜撰に実施し、労働者が萎縮させられてしまうというケースは少なくない。

 2017年から「働き方改革」を進めるヤマト運輸でも同じことが起こっていた。同社では、2016年の神奈川県の支店での労働基準監督署の賃金未払いの是正勧告を受けて、2017年2月から数ヶ月かけて、全社的に未払い賃金に対する調査を実施した。

 ところが、関西のある営業所のドライバーは、上司から「休みが取れないのは努力が足りないからだ」などといった圧力があり、2年間の申請期間のうち、1年間分しか請求できなかったという。また、同じ営業所の同僚の中でも、同じくらいの長時間残業をしていたにもかかわらず、支払われた残業代は10〜150万と大きな開きがあったという。

 このドライバーはこうした状況に納得がいかず、ブラック企業ユニオンに加盟してヤマト運輸と団体交渉に踏み切った。同ユニオンには、全国のヤマト運輸の営業所から同様の相談が寄せられたという。本社としては「働き方改革」を進めるつもりだったのかもしれないが、支社や営業所レベルで意識を変えることができなければ、このような対応が現場では起きてしまう。

 さらに、ジャパンビバレッジにもみられた「これ以上の残業代の請求をしない」として、残業代請求を「放棄」させる手口もまた、ブラック企業の常套手段だ。以前記事で紹介した株式会社コアズでも、今回と全く同様の方法を採っていた。

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 同社は一般の労働者を「管理職」であるとして賃金を払っていなかったのだが、ユニオンの交渉と労基署の是正勧告を受けて、全労働者に残業代を払うとしていた。

 ところが、例えば、本来数百万円に上るはずの過去2年分の未払い残業代を、1か月分程度の賃金(せいぜい20~30万円程度)を支払うことで強引に手を打たせるなどといった方法が、組合員以外の従業員に対してはまかり通っているという相談が寄せられているとのことである。

 この場合にも、これ以上未払い賃金を請求しないという「同意書」にサインさせているという。

同意書に効果はあるのか?

 もしこのような同意書にサインをさせられてしまったとしても、休憩時間や計算方法をごまかされて、明らかに支払われた額のぶんより多い未払い残業の時間がありながら、その分の残業代を払っていないのであれば、追加の残業代支払いを求めて争うことは可能だ。

 労働基準法は、任意の「同意」によって賃金や残業代の請求権を放棄できないように規制しているからだ。もしこれが認められれば、「おまえはノルマを達成できなかったのだから、賃金はいらないという書類にサインしろ」などというやり方がまかり通ってしまう。

 どんな書類を書かされたとしても、「賃金の権利」は決してなくならないのである。

 それにもかかわらず、わざわざこのようなサインをさせているということは、「これ以上争うことは不可能だ、あきらめるしかない」と労働者に希望を失わせ、権利を行使するための意欲を削ぐことが目的であると言ってよいだろう。

 コアズでは、このような同意書を結ばされて少額の「残業代」しか払われなかったことに憤慨して、新たにブラック企業ユニオンに加盟し、団体交渉で合意を撤回させて、追加の残業代を支払わせた労働者もいるという。

 ジャパンビバレッジをはじめ、この手の「やり口」の被害に遭っている労働者の方々は、たとえ同意書にサインしていたとしても、残業代が残っているのなら、残りを請求することができる。あきらめずに、専門家に相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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