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「交通事故」でも過労死 裁判所が画期的な和解勧告

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 1980年代後半に過労死がはじめて日本国内で問題化された時、政府も医学会も「働き過ぎでは人は死なない」と問題そのものを真っ向から否定していた。しかし、長時間労働が原因で突然死する労働者が増加し、補償を求める裁判で遺族が勝訴するなかで、国や行政、医学会も認めざるを得なくなり、「過労死」および「過労自死」が社会的に定着するようになった。

 しかし、年間500件ほどの過労死に関する労災申請が行われているが、それでも氷山の一角に過ぎず、多くの遺族は「泣き寝入り」している状況にあると考えられる。

 そんな中、昨日、過労死に関する取り組みを前進させる一つの画期的な和解が締結された。これまでまがりなりにも認められてきた「過労死」と「過労自死」のどちらにも分類されない帰宅途中の「過労事故死」で、会社の責任を認める内容で遺族と会社が合意に至った。

 今回は、この和解の内容や今後の労働環境に与える影響について考えていきたい。

求人詐欺で入社させて長時間の深夜労働の末、帰宅途中に事故死

 すでに多くの新聞やテレビで報道されているが、昨日、デパートなどでの植物の装飾を手掛ける「グリーンディスプレイ」という会社で起こった過労事故死で、遺族と会社が和解に至った。

 

 渡辺航太さんは2013年10月、グリーンディスプレイ社に入社した。就職難で大学を卒業してもなかなか仕事が見つからず、別のアルバイトをしながら正社員の仕事を探していたところ、ハローワークで見つけたグリーンディスプレイ社の求人に応募したのだ。しかしこの求人が全くのデタラメだったことがわかる。

 「新卒正社員募集・試用期間なし、就業時間 8時50分〜17時50分、時間外 月平均20時間」となっていたにも関わらず、「まずはアルバイトから」と言われ、労働時間に関しても植物の搬送を深夜に行うことも頻繁にあり、深夜・早朝におよぶ不規則な長時間労働を強いられた。「20時間」を遥かに上回る月最大で134時間の残業を行っていた。

 本人はそれでも「正社員になるため」と頑張っていたが、2014年4月に約21時間仮眠なしの深夜勤務を終えた帰宅途中に運転していた原付バイクが電柱に衝突し、24歳の若さで亡くなった。

 遺族は、亡くなった原因は過労と睡眠不足にあるとして、会社に責任を求めて裁判を提起した。事故が起こった日に21時間連続勤務をしていることや、亡くなる月には約90時間の残業に従事していたこと、そもそも深夜勤務が多く十分な量・質の睡眠をとることが難しかったことを上げて、理由は過労以外にないと訴えた。

 そもそも、終電がない時間帯でも出退勤できるようにとバイク通勤するようにと会社に言われていたことも、事故の引き金になっていると考えられ、会社の責任は明らかだった。

裁判所が認めた「過労事故死」

 だが、会社は裁判では全面的に争う姿勢をみせた。社内に仮眠室があったためそれを利用すべきだった、航太さんの睡眠時間が短いのはゲームばかりやっていたからだ、(求人が実態と違っていても)求人を信じるほうが悪い、と完全に開き直る姿勢を貫いてきた。実際には、会社の仮眠室は1つしかなく女性用だったため航太さんが利用することはできなかったにもかかわらずだ。

 さらに、この事件がこれまでの過労死事件と違っているのは、亡くなったのは出退勤時の事故だったことだ。長時間労働で脳や心臓に疾患を負い亡くなる「過労死」や、長時間労働・パワハラなどが原因でうつ病になり亡くなる「過労自死」とは違い、「過労事故死」は裁判で争われたケースがほとんどなかった。

 航太さんが亡くなった翌年の2015年4月に遺族が提訴して、約2年10か月がたった。その間、署名を集めたり、メディアを通じてグリーンディスプレイ社の「求人詐欺」の手口を紹介したりと活動を続けてきた結果、ついに裁判所も会社の責任を認める内容での和解を勧告し、会社も認めざるを得なくなった。

 今回の和解で裁判所は会社側が「適切な通勤方法を指示するなど、事故を回避すべき義務を怠った」とグリーンディスプレイ社に責任があることを認めた上で、「働き方改革」や電通での過労死事件に言及しながら「『過労死』に関する社会の関心が高まってきており、『過労死』の撲滅は、我が国において喫緊に解決すべき重要な課題」だとして、会社に賠償金の支払いと謝罪するよう勧告した。

 さらに、今回の和解では、亡くなった航太さんに関する謝罪と補償だけでなく、今後のグリーンディスプレイ社の労務管理の改善についての約束も結ばれた。特に重要なのは「11時間インターバル制」という、退社から次の出社まで最低でも11時間の間隔を空けることを会社に義務付けた。ヨーロッパではすでに導入されている制度で、これによって長時間労働に一定の歯止めをかけることができる。

 これまでまともに労働時間管理を行ってこなかった会社が、事故の原因が過労にあると認め、かつ今後の労働環境の改善を約束したことは非常に意義がある。裁判でも「過労事故死」が認められたことで、同じように被害にあった人が声をあげる先例にもなるだろう。

過労死をなくしていくために

 長時間労働で運転中に亡くなるケースは、通勤時を除くと特にトラックやバスの運転手に多い。高速ツアーバスの事故や長距離トラック運転手が過労による睡眠不足で事故を起こしてしまった事件を聞いたことがない人はいないだろう。また、夜勤明けの帰宅途中に事故を起こしてしまったり、最悪の場合で亡くなってしまった時の原因が過労にある可能性は否定できない。

 さらに、今回のグリーンディスプレイ社で起こった「過労事故死」は、過労死という問題だけでなく、正社員で働きたい若者を騙して入社させる「求人詐欺」を「ブラック企業」が行う典型的な事例とも言える。

 泣き寝入りしてしまうと、一つの事故として位置付けられてしまうが、もし少しでも会社の働かせ方に原因があると思われるケースがあれば、すぐに専門家に相談してほしい。私が代表を務めるNPO法人POSSEでも「ブラック企業」や「過労死」の相談を受けているし、過労死家族の会という遺族を中心とした団体や、労働問題を専門的に取り扱う弁護士の集団がいる。

 どの団体も基本的に無料で相談を受付けているため、もし身近な人が突然倒れて亡くなった場合や精神的につらそうなときには、すぐに専門家に相談してほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

ブラック企業ユニオン

03-6804-7650

soudan@bku.jp

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

過労死110番

電話:03-3813-6999

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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