現在、日本の労働市場では「求人詐欺」が横行しており、職種、労働時間、休日、給与のごまかしなどが深刻である。

厚生労働省の調査によると、ハローワークの求人票に記載された内容と実際の労働条件が異なっているという相談は、2014年度には1万2252件にもおよんでいる。また、朝日新聞の報道によれば、大手求人サイト「リクナビ」に掲載されている固定残業代込の月給表示の、実に3分の2に不正が認められたという。

朝日新聞2016年5月27日

給与額を騙す「固定残業代」の問題はたびたび指摘してきたが、最近目立つのは、新卒の若者が「職種」を偽って採用されるという事例である。過酷なことで知られ、不人気な営業職などに職種を騙して採用し、登用するのである。

職種をだまされてしまうと希望するキャリアを築くことができず、結局は早期退職をせざるを得ない。場合によっては悩み、精神疾患を患うこともある。職種についてだまして採用する行為は、「職種詐欺」であるといえよう。

厚生労働省は、2016年6月3日、厚生労働省の有識者検討会は、公共職業安定所(ハローワーク)や民間の職業紹介事業者に労働条件を偽った求人を出した企業と幹部に対し、懲役刑を含む罰則を設けることも検討された報告書をまとめている(「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会報告書」)。

しかし、実際には、国家が求人詐欺の全てを取り締まることは難しく、実際に被害にあってしまった場合には、当事者からの訴えによる権利救済が必要になる(詳しくは、下記の記事を参照)。

政府の「求人詐欺」取り締まり その課題と対策の在り方

そこで今回は、実際に被害事例を紹介しながら、「職種詐欺」への対処法について考えていこう。

新卒労働者2名が名古屋地裁へ提訴

今月初旬、2016年度新卒の20代女性2名が、入社後予定していなかった「営業職」に就くことを求められた上、過重労働を強いられ、精神疾患を発症して退職に追い込まれたとして名古屋地裁に提訴した。2名が働いた企業は、CKCネットワークという名古屋市に本社を置き、ファクシミリやパソコンを利用した家庭学習指導サービスや個別学習指導塾の経営及び指導などを行う教育産業の企業である。2014年5月現在で、社員数は1063名おり、全国に支店も有している(http://www.ckc.co.jp/index.html)。

二人はもともと子供の教育に強い関心を持ち、教育産業への貢献をうたう同社に努めることで、自分たちのキャリアを実現したいと考えていた。実際に、会社の募集内容や面接でも、彼女らの教育への思いを生かせると説明されていた。

また、教育業界には顧客獲得のために熾烈な営業戦が繰り広げられているため、営業担当者は教育とは無縁のビジネスに従事せざるをえない。教育実務にかかわることで専門的なキャリアを築きたいと考えた二人は、営業に回される可能性がないということも何度も確認していたという。

元社員2人が教育関連会社を求人詐欺で提訴 名古屋 (中日新聞)

入社までの「求人詐欺」の経緯

二人が「職種詐欺」の被害にあう詳細な経過は、以下のようなものであった。

Aさんらは、まず、インターネットのホームページ「リクナビ」という就職サイトを介して会社の労働条件を知った。会社が掲載していた労働条件は概ね下記のとおりであった。

「リクナビ」の求人内容

・職種 指導職(個別指導員)

子どもたち一人ひとりに合わせて通信機器を利用した指導をおこないます。長期休みには各地で講習会を企画・運営しています。子どもたちが、“できるって楽しい!わかるっておもしろい!”と感じる環境とつくることで、「自学自習」=「自ら学び、成長する」力を育んでいきます。

また、新規取り組みとして、WEBを使った授業のサービスを提供しています。

・勤務時間 

9:30~18:30または13:00~22:00

※部署により異なります。

・給与・福利厚生(待遇)

給与  大学・大学院卒 月給20万5000円

短期大学・専門学校卒 月給19万5000円

諸手当 交通費支給、その他当社規定による。

休日休暇 日曜日を中心に月8日以上

(夏季・年末年始など含む、当社カレンダーによる)

・その他の情報

主な募集職種   営業系 販売系 専門系 

ここでは営業活動をすることは触れられておらず、「営業系」を「指導職」とは別途記載されている。また給与の内訳として、固定残業代が含まれているなどの記載もなかった。

次に、就職サイトを経由してAさんらが会社に応募した後、会社が示した会社の募集要項は概ね下記のような内容であった。

応募後に会社が示した募集要項

・職務内容 ホームティーチャー(個別指導スタッフ)

・給与   大学・大学院卒     205,000円

諸手当  交通費支給、社宅制度 など

・休日・休暇 日曜日を中心に月8日以上(担当セクションにより異なる)

夏季・冬期休暇、年次有給休暇、慶弔休暇、その他

ここにも職務内容として、営業活動の記載はなく、給与に残業代が含まれているとの記載もない。二人は、他の教育会社に比べ、業務内容に営業業務がないと会社から説明を受けていたという。また、電話とファクシミリを用いた指導であり、生徒一人一人と接する時間が多い指導が出来ると感じたため、会社に応募したのだった。

面接の際にも、「営業はないので指導に専念できる」、専門営業職が別にあり、Aさんらを「指導職として採用する」と明言していたという。二人はそれを信じて入社を決め、内定を得ると同時に他社の採用選考は辞退した。  

ここまでの過程で、二人は会社から雇用契約書等を見せられたことはなく、労働条件については、応募要項以上のことは知らなかった。

ところが、初出社日である2016年3月15日、会社の担当者から、これまで聞いていた内容とは異なる雇用契約書を渡され、署名と押印を求められたのだ。しかし、この時点でも「職種」の詐欺は発覚していない。二人は、いまさらながら契約をしないわけにはいかず、同日、その場で署名、押印したという。

雇用契約書記載の主な条項については、下記のとおりであった。

入社後に渡された契約書の内容

・職種:指導職

・勤務時間、休日、休暇

勤務時間:午後1時00分~午後10時00分(休憩1時間)

所定労働日数:原則として1ヶ月22日とし、詳細は年間カレンダーに別途定める。

休日:年間106日とし、詳細は年間カレンダーに定める。

・賃金(Aさん)

☆本 給 130,000円

☆能力給  9,000円

☆精勤手当 36,000円(超過勤務手当等の固定払い)

☆住宅補助手当  0円

☆研修手当 10,000円(採用の月度から6ヶ月間支給)

☆調整手当 20,000円(上記期間終了後、別項目支給)

(※合計205,000円)

上記の通り、固定残業代や研修手当が給与額に含まれていること、研修手当が6か月経過後に支払われなくなること、年間休日制であり、それまで休みであると聞かされていた月曜日も出勤日となることもあり、その振替休日もないこと、給与額に研修手当が含まれていたため入社6か月後からは減額となることなどが分かり、Aさんらの会社に対する不信感が強まっていった。

入社後に初めて分かった勤務実態

そして、働き始めてからは職種、労働時間まで違うことが明らかになった。

二人は入社後まもなく、JDSA(公益社団法人 日本訪問販売協会)教育登録制度のカリキュラムを受けるように指示され、「訪問販売員教育用ハンドブック2013」が支給された。

ここには、「私たちは、営業活動という企業行動が人や社会に及ぼす影響を認識し、子どもそれぞれに咲く夢への架け橋となるべく、情熱を持って行動する企業であり続けます」などと記載されており、やらないはずの営業活動、しかも訪問販売の教育を受けることとなった。

また、実際の営業は生徒への指導とは関係なく、ノルマも課されていた。

例えば、英語検定のセミナーや長期休暇に伴う講習会、英語専門教材の上乗せ販売、兄弟会員の獲得、ネット環境が整備されていないお宅への回線やパソコンの導入教唆・販売、月謝の未入金宅への催促、教材をなくしたお宅への教材発送手続きなどである。

そして、セミナーや講習会にはベテラン新人関係なく同じパーセンテージでのノルマを課された。「動員」と称し、会員全員に期間限定のセミナー(3万円ほどの別料金)参加への電話勧誘をノルマ付で求められた。

さらに、パソコンがない家庭にパソコン購入を勧めるよう指示されたり、web授業という追加サービス(別料金)を受講する会員数を何月までに何人増やすようにと、迫られた。

このように、「教育の専門職」のキャリアを築くどころか、ハードな営業活動を長時間従事することになってしまったのである。二人は、ノルマのある営業活動を強いられる事が、最も精神的に苦痛だったという。

結局、Aさんらは、求人及び入社前の会社による説明と実際の労働条件とのギャップに悩み、入社直後からの長時間労働や業務による過重な精神的負荷も相まった結果、入社後たった2ヶ月で精神疾患を発症し休職後、退職せざるをえなくなった。

実は、同様の事件は各地で発生している。

昨年、仙台でも職種が異なることを争点とした求人詐欺の訴訟が提訴されている。その事件は、求人では「車の整備スタッフ」ということで募集がされていたが、実際に入社後には人材派遣の営業・管理業務をさせられたということであった。下記はその事件についての記事である。

<求人詐欺>労働条件食い違い 企業を提訴

泣き寝入りせず、早期の相談を!

では、「求人詐欺」や「職種詐欺」の被害にあってしまった場合、どのように対処法すればよいのだろうか。

第1のポイントは、「とにかく証拠を残す」ということだ。内定通知書や求人票、雇用契約書や給料明細といった書類は全て保管しておこう。またさらに、労働時間の記録もがあれば残業代の未払いを後で請求するために必須となる。タイムカードを写メで撮ったり自分でメモを残したりして働いた時間の記録をとっておくことが、後々重要になってくる。

これらの証拠が残っていれば、まず、固定残業代についてすべて取り戻すことができる可能性がある。今回のケースでいえば、もともとの月給20万5000円に対し、一日8時間の場合に発生する時給を単価とし、これに実際の残業時間×法定割増賃金を請求することができるのだ。

また、職種の違いによって就労が継続できなくなったことについては慰謝料を請求することができる。

とはいえ、これらの請求を個人で行うことは難しい。

そこで第2のポイントは、とにかく外部の専門機関に早めに相談することである。無料で労働相談を受け付けている労働問題の専門家が集まる窓口は、私たちのようなNPOをはじめ、労働組合(ユニオン)や弁護士団体などいくつか存在する。これらの窓口では、単なる法律的な知識だけでなく、具体的に明日から自分がどう振る舞えばいいのかといった実践的なアドバイスを受けることができる。被害に泣き寝入りをするのではなく、一度まずは相談をすることを強くお勧めしたい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/